vol.17|『『短くて恐ろしいフィルの時代』|翻訳の窓から – 書評で読む世界
あるところに、内ホーナー国という一度に一人しか入れない小国があった。国民は全員ひよわで背が低く、ぐうたらと見なされている。国境は一時滞在ゾーンと呼ばれる緩衝地帯でぐるりと囲まれ、その外側には外ホーナー国という大国が取り巻いていた。外ホーナー国の国民は太って色艶がよく、内ホーナー人を馬鹿にし、隣国に対して強硬策をとろうとしている。そのさらに外側には、外ホーナー国を囲むようにして大ケラー国なる幅15センチの帯状の国があり、国民が楽しく暮らすことを国是に掲げ、国民はグルメコーヒーに走っている。
この三国の国民は、機械や植物のパーツを集めた「抽象的な図形」の姿をしている。外ホーナー国の大統領は高齢で認知が相当に歪み、それをチャンスと捉えたフィルという平凡な男——ラックの形をしていて、脳がねじでラックに固定されており、時々ねじがゆるんで脳が転がり落ちる——が大統領の座を奪う。フィルは内ホーナー人に恨みを抱いているので、彼らに不当な重税を課しては苦しめ、反抗者を容赦なく解体しては見せしめに晒すという暴虐の限りを尽くす。
内ホーナー国と外ホーナー国の深刻な対立に気づいた大ケラー国は介入か無視かの選択を迫られるが、なんといったって「楽シミ」を大切にし「悲シミ」を忌み嫌う国なので逡巡する……というヘンテコな不条理の世界を寓話的に描いているのが、ジョージ・ソーンダーズの『短くて恐ろしいフィルの時代』(岸本佐知子訳、河出書房新社)なのである。
原著は2005年、アメリカの同時多発テロ以降に書かれ、当時のブッシュ政権を風刺していると読んだ人も多かったそうだ。独裁政治、排外主義、国民の盲従、政権に迎合するメディア、コンセンサス形成に時間のかかる民主主義などが痛烈に批判されているようにも読めるし、不条理の可笑しさもある。さあ、この三国はどうなるのか! それは作品を読んでのお楽しみ。

新田享子
書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。国際政治、文芸理論、歴史衣装など縦横無尽にさまざまな分野の書籍を訳す英日翻訳者。kyokonitta.com





