Hiroの部屋 Inokuchi Violin 猪口美樹さん [後編]
良い楽器を作りたい」その想いが家族みんなをカナダへと呼びよせ、後にバイオリンメーカーInokuchi Violinを営むこととなった猪口美樹さん。互いにその道を極めてきた職人猪口さんと美容師Hiroさんの対談後編。「この世に完璧と呼べる楽器は存在しない」と語る猪口さんはどのような想いで楽器作りの道を歩んできたのだろうか。
猪口:新しい楽器製作はプロモデルが5~6本ほどです。さらにAdvanced Student向けのアトリエモデルを10~15本ほど製作しています。また他の楽器店のバイオリンのセットアップの手伝いも受け持っているので、そういったものも含めると常に20~30本の楽器がいつもぶら下がっています。1年にたった数台のみ良い楽器を作ったとしても、やはり手を動かさないことには作り手の技術が落ちてしまいます。
Hiro:なるほど。そういった様々なモデルを製作することで、高品質のバイオリンが多くの方の元へと広がっていくことは弾き手の方々にとっては喜ばしいことですね。バイオリン作りはカナダに移民後、すぐに始められたのですか?
猪口:カナダに移民後、父親(猪口正)がバイオリン製作を始動するのにはやはりそれなりの準備が必要でした。初めはレストランや個人向けに和室や茶室を造るといった仕事をし、同時期にギターを作り始めました。そして母親はShoko Sobaというお店を経営し始めました。当時、日本食レストランはトロントには2、3軒程しかなく、妹たちとお店を手伝っていました。残念ながらもうお店は閉店してしまいましたが、そうやって20年間レストランを経営し、家族みんなで楽器作りを支えてきたように思います。
Hiro:そのような歴史を辿り、楽器作りが出来る今があると思うと感慨深いですね。また、猪口さんは現在トロントにある日本食レストランの内装のお仕事をされているとも聞きました。
猪口:そうですね。お店によって様々ですが、テーブルやレセプションデスク、メニューボード、木のお皿や材料を入れる木箱に至るまで色々と造らせていただきましたね。根本的に「ものづくり」が好きなので、楽器作りだけではなく、そのようなお仕事にも楽しんで取り組んできました。
Hiro:最初に始められた建築の仕事、そしてレストラン経営といった全ての経験があったからこそ、そのような木に関わる多方面の仕事も舞い込んで来るきっかけになったとは、まさに「木(メープル)のエキスパート」でいらっしゃるわけですね。子供の頃からカナダに住み、長年活躍されてきた猪口さんですが、カナダで仕事をしていて良かったと感じる点はありますか?
猪口:楽器作りに関して言えば、カナダに来て大正解だったと思います。こちらでは有名な海外の音楽家の方とも一度お会いして握手をすれば、もうそこからはファーストネームで呼び合う仲になれますし、何を質問しても本音で話してくれるのです。日本ではマネージャーだとか広告代理店だとか色んな人が楽器屋と演奏家との間に入るため、なかなかこうはいかないでしょうね。
Hiro:なぜだか海外ではそういったプロフェッショナルな方々との距離感が一気に近くなるというのは大変共感します。「いい木を使ってこだわりの楽器を作りたい」というところから始まったカナダ移住が、結果として世界的に著名な演奏家たちと猪口親子を結びつけることに繋がったとは運命と呼べるものではないでしょうか。今後このInokuchi Violinは誰かに継承するといった予定なのでしょうか?
猪口:特に誰かに継がせたいということは今のところは考えていません。仮に息子がいたとしても自らやりたいと言いださない限り勧めないでしょうね。「良い楽器を作ろう」という夢を追って、長い間ギリギリの生活を経験し、家族で協力してレストラン経営などいろんなことをやってきました。それほど楽器作りだけで生計を立てるということは並大抵のことではありません。長年の研究時間と努力、そして忍耐力が必要です。もし楽器作りの道に入りたい方がいるのなら、自分のアドバイスとしては、まずは楽器作りの学校に通い新しい楽器の製作、及び修理の勉強をされることをお勧めします。そうして学校を卒業した後は、楽器の製作なり修理なり、自分の進みたい道が見つけられるのではないでしょうか。
Hiro:全て身をもって経験されてきた猪口さんだからこその言葉には、非常に重みがありますね。最後に今後の展望をお聞かせください。
猪口:この世には完璧な楽器はありません。裏を返せば全ての楽器が完璧なのです。それを決められるのは弾き手だけです。そんな追求すればするほどキリがないような楽器の世界だからこそ、これからもずっと、ものづくりの道に生きていくことになるでしょう。大好きなものづくりに関して言えば、現在は父親の夢である手作り飛行機を二人で製作中です。上手くいけば今年の夏には飛べるのではないかと思っています。
(聞き手・文章構成 TORJA編集部)
猪口美樹さん
10歳の頃、家族と一緒にカナダに移住。高校卒業後は本格的に楽器作りの修行に入り、父親である猪口正さんと一緒にInokuchi Violinを営むこととなる。バイオリンに限らず、チェロ、ヴィオラ、コントラバスなどの製作も手がけ、それらの楽器は世界中の演奏者たちの元へと渡る。夏はゴルフを楽しみ、夢はオートバイで日本1周の旅をすること。www.inokuchiviolin.com
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。若い頃から憧れた、NYの有名サロンやVidal Sassoonからの誘いを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。1年目から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再び、トロントのTONI&GUYへ復帰。クリエイティブディレクターとして活躍し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今現在も、サロンワークを中心に著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。
salon bespoke Tel: 647-346-8468
130 Cumberland St. 2nd floor / salonbespoke.ca
PV: “Hiro salon bespoke”と動画検索