九州(3):海のダイヤを 掘り続けた軍艦島(端島)- 1|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第107回
チャンス到来

かなり前から興味を持っていた端島、通称軍艦島。熊本の写真展の帰りに長崎を巡り、当たり前のように島に渡る日を決めた。2009年に上陸禁止が解除された幽霊島。そこに日本の近代史の一面が眠っている。ワクワクしながら船を予約する。今のところ見学できるのは3箇所に限られていてガイドさんについて歩く。老朽化した建物は危険なので入ることはできない。
軍艦島の始まり

漁民が1810年に小さな島で石炭を発見し採炭し始めたのがことの始まりだ。その後色々な人の手に渡り1890年に三菱が10万円で買い取った。その10年前には三菱は隣の高島炭鉱も買い取っている。
話の途中だが、高島という島の存在が端島の人々にとって大事だったということをまず記しておく。高島で採炭が始まったのも1787年と軍艦島より古い。この島無しには端島の存続は困難だったとも言える。端島はもともと岩だけの岩礁だったが高島は海岸あり、土地あり、草木が茂り、人が生活できる島だからだ。

高島については後で述べることにして端島の生い立ちを続けよう。端島で採掘された出炭量は1891年には既に約2万トンに達し前途有望だった。明治の主要動力資源であった石炭が豊富に取れるこの島の存在は国策として最も力を入れるべき場所となったわけだ。この岩礁を34年間、6回に渡って埋め立てし、採掘・精炭・貯炭場だけでなく、炭鉱員やその家族が住めるように各種の建物を建設していった。
1958年には4階建ての病院もできた。結果、軍艦のように見えたので軍艦島という別名でも呼ばれ、馴染まれている。正式には今も端島だ。1941年には端島炭鉱で年間出炭量41万トンを越えたというから凄い(国内最大は三池炭鉱、三井が開発)。
世界一、日本一満載の端島

島の人口は1960年に5267人にも達し、一家に10人という大家族もいたようだ。0.063㎞のスペースに1㎞当たり8万3600人という世界一の過密状態。当時の東京は5000人にも満たなかった。集合住宅として1916年に施行された高層鉄筋コンクリートアパート30号棟は日本最古のRC構造。本土にもなかった代物だ。

各家庭には100%テレビがあり、普及率日本一を誇っていた。洗濯機も冷蔵庫も1950年代に飛ぶように売れたという。日本一高層の学校も建てられ、1〜4階が小学校、5〜7階が中学校、6階に講堂、図書館、音楽室など本土の学校顔負けだ。1962年の最盛期には1170人の生徒がいたそうだ。端島保育所は超大型アパート65号棟の屋上、海抜27m。幼児が天国に一番近いところで遊ぶ世界一の空間。でも階段なし!家賃は水、電気、風呂全て込みで10円!まさに天国。

三菱造船所初の鉄船かつ日本初の軟鋼整ボイラー装着の定期便、「夕顔丸」は長崎港―高島―端島間を島民の大切な足となって日に3往復し、当時75年という日本最長の運航記録をもってリタイヤした。島民に最も愛された夕顔丸は最後に島を一周して別れを告げたという。
明治日本の産業革命遺産―世界遺産

軍艦島は旧グラバー邸、高島、と個々に23の産業革命遺産施設に数えられており『西洋から非西洋への産業化の移転が成功したことを証言する』産業遺跡群として世界遺産に登録されている。一つで世界遺産になっているわけではない。遺産は「製鉄」「鉄鋼」「造船」「石炭」産業の4部門に分かれていてグラバー邸、軍艦島、高島も石炭産業の部に入っている。
1787年に始まった高島の採炭は原始的な方法だったが、1869年にトーマス・グラバー(10月号記)が佐賀藩とともに蒸気機関を動力に使った日本初の洋式竪坑の技術を導入、高島炭鉱は大きく発展した。あまり知られていないが彼は高島にも邸宅を持っていた。その後、三菱の創始者、岩崎弥太郎が1880年に高島炭鉱のオーナーとなり三菱高島炭鉱がスタートする。
前述の通り、彼が端島炭鉱を買ったのはその10年後のことだ。つまり端島炭鉱は高島炭鉱で実証済みの洋式竪坑技術を使って効率よく採炭できたと言える。
しかし明治大正の重要資源として国を支えてきた端島炭鉱も世界的に動力資源が石炭から石油に移行する流れの中で1974年に、高島炭鉱は1986年に閉山となった。軍艦島は無人島となったが、高島は今も住民が生活し、夏は海水浴客で賑わう。

石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、『久遠に逢う』東京・熊本、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”。PPOC認定会員、日本写真協会会員、AFP、ESL教師。www.makikoishiharaphotography.com
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