九州(4):海のダイヤを 掘り続けた軍艦島(端島)- 2|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第108回
軍艦島へ行くには?

長崎市に4社と野母崎に1社のクルーズ会社があり一人約4〜5千円で2時間半の観光が楽しめる。上陸はドルフィン桟橋を使うので高波の時は上陸できない。個人で軍艦島の上陸は不可。天候を考慮し私は日を変えて2社選んだ。初日の軍艦島上陸クルーズは業界最大級のマルべージャ号(やまさ海運)。長崎港大波止ターミナルを出た定員225人の船は外国人も多い。軍艦島に上陸後、ガイドさんと一緒に既定の3箇所から見学する。

次に乗船したのは定員150人のブラックダイアモンド号(高島海上交通)。所要時間は3時間。港から少し離れた小さな事務所で受け付けている。他社と違うのは高島に寄ること、船内で聞く三菱重工造船所の詳しい話が聞けることだ。高島には石炭資料館があり軍艦島の模型の前で聞く解説も面白い。この日は晴天なのに強風で上陸は叶わなかったが船が左右に旋回し軍艦島を充分眺めさせてくれた。
高島と端島の関係

約3キロ先の高島は、軍艦島に住む人たちのオアシスだった。先月号でも記したが端島は岩礁を埋め立ててできた人工島。高島からバケツで土を運んで端島小学校の屋上に野菜園を作ったというほど自然要素に欠けていた。高島に来ればお花見、ピクニック、ハイキングもできた。端島にも海水を入れたプールがあったが自然の海水浴場とは比較にならない。なお、海底水道が開通したのは昭和になってからで、高島と端島にそれぞれ野母半島から約5キロの鋼管が引かれ、給水船に頼らないで済むようになった。最も顕著な関係は、明治2年に高島炭鉱で使用された蒸気機関動力(グラバー氏功績)による洋式竪坑の採用だ。これが大成功し隣の端島炭鉱もその恩恵を受け、ひいては軍艦島の繁栄に繋がったわけだ。日本で一番長い操業歴史を持つ高島炭鉱は117年間続いた。
高島と端島で儲けた岩崎弥太郎

端島を指さして高島港に立っているのは海運王、岩崎弥太郎の像。グラバー商会から後藤家の手に渡った高島炭鉱が経営難に落ち込み、弥太郎が明治14年に借金の肩代わりに譲り受けた。三菱マークは明治6年ごろ岩崎家と土佐藩山内家の家紋から生まれたと推定されるが、三菱にとってこの高島炭鉱が重要な収入源となり急速に財を成して行った。のちに軍艦島の端島炭鉱も鍋島家から10万円で買い取る。幕府が建設した長崎造船所も三菱が買い締め次第に長崎は日本の船舶製造の重要拠点となっていく。
三菱造船所第2ドックは「戦艦武蔵」が初出港した場所、別のドックには能登半島の地震で活躍した通信船「キズナ号」や海上自衛隊の護衛艦が停泊して壮観だ。余談だが日本の一万円札に載っている渋沢栄一と岩崎弥太郎は協力者かつ競争相手だった。渋沢は三井、三菱を相手に叡智を競った人物だが、弥太郎は栄一を三菱に抱え込もうとしたが成功しなかったという逸話がある。
海底炭鉱ってどんな?

高島炭鉱も端島炭鉱も海底炭鉱だ。竪坑(坑道へ到達する縦に掘られた穴)を鉱員は秒速8mの速さで600mの海底に降り、そこから40〜60度傾斜のある斜めの坑道を通って採掘現場に到着するのだが、一番深いところで1010mにも達していたというから凄い。真っ暗闇の海底で長時間の作業だ。端島の4つの竪坑のうち2つは坑内火災と老朽化で破棄され閉山まで稼働していたのは2つ。

石炭の質は高級原料炭として日本一の品質を誇っていたというがデメリットは石炭の微粉率が高いため自然発火やガスが出やすく死傷者が出やすいこと。端島炭坑開山中の事故死亡者は220人を超えている。こういった鉱員たちの危険を犯した仕事が明治、大正、昭和初期の日本の経済を支えてきたのだ。
死者について一言。端島にはお寺と神社はあったが火葬場とお墓はなかったため、遺体は1キロ離れた小さな中之島に運ばれ、共同墓地に葬られた。
軍艦島出身の同窓会

クルーズを終え、まだ収まらない興奮を冷やそうと、港のアイスクリーム屋に入る。自分が軍艦島に行ってきたことを話すと、オーナーはそこの出身者だという。子供の頃に閉山になり家族全員本土に引き上げた。縁あって埼玉県出身の男性と知り合い結婚、アイスクリーム屋を営んでいる。毎年端島の「同窓会」が開催され、各地に散り散りになっている元気な元端島人が集合し当時の思い出を語り合うのが楽しみなのだそうだ。廃墟と化した故郷にはもう帰れないのが何とも気の毒だ。

石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、『久遠に逢う』東京・熊本、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”。PPOC認定会員、日本写真協会会員、AFP、ESL教師。www.makikoishiharaphotography.com
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