ベトナムへ(1)ハノイ到着|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第111回
なぜベトナム?

東京の正月気分も抜けたところで思い切って1月の温暖なベトナムへ。正式名はベトナム社会主義共和国。ベトナム共産党による一党支配が憲法で定められている国だ。日本から長年多額のODA(Official Development Assistance=政府開発援助をうけている(ODA: 途上国発展のために資金や技術の提供をする国際援助基金で日本は米国、ドイツ、英国に次ぐ4位の出資国)。ハノイのノイバイ国際空港もODAの援助でできた一例だ。共産党の支配とはいえ、親日国なので安心感がある。
20年も前に友達とベトナムに行ってきた娘が言っていた。「これからどんどん旅行者が入ってくる。ホテルがあちこちに建設中だった。物価も上がるから行くなら早く行ったほうがいい。」もうかなり時間が経つがその発展ぶりを見てみたくて3泊5日の旅にでることにした。
なぜ3泊5日なのか。ベトナム行きは往復とも夜間飛行だ。だから夜を2泊機上で片道約6時間過ごすことになる。残り3日間がまるまる遊べる時間だ。
日本航空とベトナム航空が運行しているが私は機内食期待派なので前者を選ぶ。東京でホテルと航空券のパッケージを安く求め、あとは良さそうなオプションツアーを選ぶ。
普通には英語が通じない
これまで、どの外国にいっても大抵の場合は英語が通じるという利点があった。ところがベトナムは違う。まず空港で軍服姿の係員に「エクスキューズミー」と声をかけても何度も無視された。何機が同時着陸したのかはわからないが、税関は人で充満していた。どんなに混雑していても効率の良い日本の税関とは違い、到着が遅れたのも相まって深夜の時間はどんどん経過するばかり。気が気ではなかったが、日本語が話せるガイドさんが午前2時まで空港で待っていてくれたのは助かった。言葉の問題と深夜の安全のため、空港からホテルまでの出迎えを東京の旅行業者に前もって頼んでおいてよかった。
ホテルのカウンターでさえ英語が話せる人が常時いるわけではなく、むしろカタコトの日本語が頻繁に使われている。間違って英語で聞くとキョトンとした反応がかえってきて、しまったと気づく。ベトナムは昔フランス領だったのでむしろフランス語なら良かったのだろうか?でも学生時代のフレンチなど即時には出るわけがない。
ベトナムのお金の単位(ドン)

緊急用に円をドンに変換して持参したが、ベトナムで両替したほうがレートはいい。東京で1万円が153万ドン、ベトナムのホテルで160万ドン、空港で163万ドンという具合だ。すべての紙幣にホーチミンの顔が描かれている。

お札に印刷されている桁数が半端でない。8万ドンが500円と覚えれば小さなものは換算しやすく、それだけあれば路上食堂で麺類一杯たべられる。事実、6万5千ドンという〝高額に感じる〟海鮮麺をホテルの近所で食べた。隣のフレンチ・カフェで食べた菓子パンとコーヒーはその倍はしたが。土産物類は数十万ドン単位で売られているので要注意。


紙幣の大きさに違いはあるが、0がいくつ付いているのか確認してから支払わないと払い過ぎになることもあれば、少ないと言われることもある。
足りない分を円で払える店もある。大きな土産物店では値札にドル表記もあり、安いのか高いのかがわかりやすい。日本円表記の値札は見なかったが。
ハノイ市内交通

政治、文化都市といわれるハノイ市で経験したカルチャーショックともいうべき道路事情が凄過ぎ。大通りは大抵4車線だが、2車線が車両、2車線がオートバイというルールなのに、それを守る人はいない。バイクがバス、タクシー、トラックの隙間に入り込んで少しでも先に進もうとする。一人乗りから4人の家族乗りまで乗れればいい、という感覚だ。交通規制をしている警官らしき人材も見当たらない。

車はといえば、EVに特化したベトナム国産VinFast(ヴィンファスト)社の車が主流、国内車の数はトヨタを抜く。海外輸出は東南アジア、中東、アフリカがターゲットだ。それと対照的に市内の建物は大正初期からあったような時代ものが塀を共有して乱立している。地震がないのが幸いだ。使える建物はとことん使うのだろう。なかには植民地時代を思わせる建物も。

南の経済都市ホーチミン市(旧サイゴン)へはハノイ駅から電車でいけるが、それは次回にするとして。とりあえず今回は日本語を話すベトナム人ガイドさんについてハノイ近隣の世界遺産をツアーで巡ることにした。

石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、『久遠に逢う』東京・熊本、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”。PPOC認定会員、日本写真協会会員、AFP、ESL教師。www.makikoishiharaphotography.com
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