イタリア(8):モンテ・オリベート修道院、キウズーレ(2) |紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第33回
ファームでオーガニックの朝食を取り、さあ出発だ。心を引き締めてハンドルを握る。穴があくほど地図を見た後、行き先の場所をGPSに入れる。知らない道の10分は慣れた道の10分とは違う。前日はシエナからクレテ・セネージ(Crete Senesi)の白い丘陵を眺めながらブオンコンヴェント(Buonconvento)経由で到着したのだ。ドライブ2日目は10キロ先のモンテ・オリベート・マジョーレ修道院(Abbazia di Monte Oliveto Maggiore)を目指す。ローマ・カトリック教会の前身とも言われるベネディクト派の修道院だ。
修道院の背景は、シエナ出身の銀採掘業で富を得たトロメイ家の子孫、ベルナルド・トロメイ(Bernardo Tolomei 1272-1348)が「この丘に教会を建てよ」と神のお告げを受けたことに始まる。オリーブが茂る土地にちなんでオリヴェート派と称し14世紀に質素な形でスタートした。
ゴシックアートが神を崇めるものだったのに対し16 世紀のルネッサンスアートでは巡礼することやオリヴェート派への勧誘が主体となりこの建物もかなり立派なブリックの建造へと変遷して行く。宗教も時代によって観点が変わりそれを象徴する芸術作品やそれを展示するスペースも大きく変わって行ったわけだ。2009年にはトロメイ氏も聖人となる。
深い森の中に立つこの建物は16世紀の巡礼者が見た時とほぼ同じ形で保存されているという。入口を抜けるとすぐルネサンスの画家ソドマ(Il Sodoma)やシニョレッリ(Luca Signorelli)による聖ベネデイクト(6世紀)の生涯や巡礼者を物語るフレスコ画が並ぶ回廊に出る。ソドマとは彼の性格をからかって付けられたあだ名だ。
画家として既に名の売れていたシニョレッリはフレスコの3分の1だけ仕上げてもっと給料の良い仕事に移ったという逸話もある。芸術の裏に潜む人間像も面白い。絵画に興味のある人なら彼らの3Dや遠近法の技術に圧倒されるに違いない。ここの修道僧の聖歌隊は有名で、時間帯によっては観ることができる。
目覚ましいのは「木工のミケランジェロ」と言われたジョヴァンニ(Fra Giovanni 1457-1525)の作品だ。日本の「寄木細工」の超難度版とも言える見事な聖歌隊席の装飾。塗料を使わず全て自然の木の持つ色合いで16世紀とは思えない卓越したはめ込み技術を駆使している。16世紀の書物が今でも貯蔵されている図書館のドアは細かい彫刻が施されている。触れたら粉になってしまいそうなくらい漂白してしまっている大量の書籍を見ているとタイムマシンで16世紀に連れ戻されそうになる。修道院には駐車場はあるが機械でお釣りは出てこない。うっかりやってしまった。釣り銭が必要ならどこどこへ申請してくれ、という音声。これもまた中世風であろうか。諦めがつくのにそれほど時間はかからなかったが。
ドライブはまだ2日目なのに私の最もお気に入りの場所が見つかった。それは修道院から15分ほど離れた人口90人に満たない小さな村、キウズーレ(Chiusure)だ。日本語ではキウスレと紹介されているがそれは間違った読み方。前号で書いたがこの辺一帯は粘土質の丘陵が多く村の建物もブリック造りだ。若者が流出して人口の多くは高齢者だがのんびりしていていい。観光地化していないが眺めはトスカーナの田舎ではトップだと思う。坂道が多く車道が細いせいで大人数入れない。昔城だったところは養老施設になっている。
キウズーレに到着したのは遅い午後。撮影している間に食事を取っていなかったことに気付く。はて、と探したがカフェらしいものは皆閉まっている。やっと見つけたレストラン風の店に入ってみると閉店の準備中。村の客がビールを飲みながら店番の女性と会話していた。何か食べるものはないだろうかと尋ねると、レストランタイムは終わっているけど簡単なサンドイッチでよければということでパンにチーズとサラミを挟んだだけのサンドイッチを出してくれた。太陽の沈むまでほんの少しの間、私だけの貸切りのバルコニーで猫と空腹を満たした。また来ることがあったらゆっくりしてみたい。泊めてもらえるところは養老施設かも?
石原牧子
石原牧子 オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。 makiko.ishihara@gmail.com