四国ってどんなところ? ―(5)高松~小豆島|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第76回
高松城跡
しまなみ海道(3月号)を楽しんだあと今治で一旦レンタカーを返却し、特急で東に約2時間、高松に到着。翌朝、散歩がてら高松城跡に行ってみた。16世紀に生駒親正がこの土地を「高松」と命名して城を築き、17世紀には松平家の居城となって19世紀に解体されるまで約400年の歳月が流れた場所。だが国史跡に指定されて公開されるまであと100年かかっている。かつて天守閣のあったところまで登ると静かな内堀とその向こうに見える大海を同時に眺めことができる。殿様はここでどんな思いを馳せたのか。城址公園の中に松平家の別邸だった明治の木造家屋があり、日本の建築美にしばしうっとりする。
香川県小豆島―寒霞渓(かんかけい)
高松でまたレンタカーを借り、小豆島へフェリーで渡り寒霞渓を目指す。日本三大渓谷美の一つに入る寒霞渓は代表的な瀬戸内海の景勝地。ロープウェイでも登れるが、私たちはあえて駐車場から歩いて登る。紅葉を眺め、森林浴をあび、時々道からそれて崖からの眺めに奇声をあげつつ。傾斜も気にならないほどの楽なハイキングコースだった。途中、瀬戸内海アート(3月号記)の展示品の一つでもある地球型を網にしたような『空の玉』(青木野枝作)に出会う。これはハイキングしていないとお目にかかれない。さて小豆島を北から南に縦断するつもりでいたが、どうやらGPSは島を東にぐるりと回るように指示していた。気づくのが遅かった。
小豆島は醤油の島
遠回りしたおかげで醤油蔵が並ぶ醤の郷に出る。香川県の醤油生産は全国第五位でその半分を小豆島産が担う。昔からの木桶仕込みが小豆島の醤油造りの基本なのだとか。醤油アイスクリームも食べてみた。「醤油が入っている」と思って食べればうなずける味に、頑張っているんだなあ、と感心。醤油作りは400年ほどまえに遡り大阪からきた職人が紀州の醤油を持ち込んだことに始まる。明治時代には400軒の醤油蔵があったというからかなり繁盛していた。現在は22軒。他の醤油との違いは木樽で醸造しているので乳酸菌や酵母菌が生息しやすい環境なのだとか。そのせいで発酵調味料の旨味で一味違うらしい。今まで気にもせずテーブルにある醤油に手を出していたが、これからどこ産の醤油か見てから使うことにしよう。
『二十四の瞳』映画村
壺井栄の小説が映画化されたのは戦後だが、ストーリーは戦時中の話。平成以降に生まれた人には馴染みがないかもしれないが、昭和生まれの人なら聞いたことのある映画だ。私はこの映画をみた記憶はないのだが、存在は知っていた。当時女の先生は珍しく、洋服姿で自転車ともなれば注目の的だ。その先生と12人の子供たちの物語が展開されたのが小豆島の南の小さく今も辺鄙な半島にある部落。実際に撮影に使われた木造の文教所も1971年に廃校となったがそのまま残っている。戦時中の村のセットも興味深い。昭和の教室は木の机や椅子。廊下も天井もドアもみな木製。都会ではもう見られない昭和の過去がここで大事にされている。『二十四の瞳』は映画村でも上映中。
エンジェルロード」ってどこにある?
潮の満干で出没する道は世界中至る所にあるが、小豆島にもある。土庄港近くのホテルに宿泊したら朝、ホテル前の弁天島と中余島が砂州で繋がっていた。前日チェックインの際、絵馬を渡されたのだがその札の裏に願い事を書いて弁天島の頂上に吊るすと願い事が叶うという観光客にお勧めのアクテイビティーに使うためだ。友は「人を愛せるように」と書き、私は「早死にしないように」と書いたら自分勝手だと彼女に怒られた。ほとんどの願い事は恋人同士の淡い思いをかいたものが多い。別名〝恋人の聖地〟と言われる所以だ。弁天島のてっぺんで近くにいた若い男女の写真を撮ってあげたら超喜ばれた。私、これで長生きできるかも。ロードを楽しんだあと小豆島から岡山行きのフェリーに乗り無事7日間の四国巡りに幕を閉じる。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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