アルゼンチンから南極へ(5)―探検家シャクルトンの足跡|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第81回
シャクルトンって誰?
アルゼンチンのウシュアイアでマリタイム・ミュージアム(6月号記)に展示されていた探検家の一人にアーネスト・シャクルトン(Sir Ernest H. Shackleton 1874-1922)がいた。彼は33歳の時初めて南極点を目指したが失敗。44歳の1914年、彼が率いる大英帝国南極縦断探検隊はサウス・ジョージア島(South Georgia Islands)を出発し、南極半島の内側にあるワッデル海(Waddell Sea)から南極大陸に上陸して南極点を通過し、反対側のマクマード湾(McMurdo Sound)に抜けるアグレッシブな計画を立てていた。
しかし観測中にエンデュランス号が大陸沿いのワッデル海で氷に閉ざされ9ヶ月後漂流し南極半島沖で完全に破壊され沈没。船がなくては帰れない。その後の彼の行動が脚光を浴びることになる。
「エンデュランス号」(The Endurance)という映画も2001年にシャクルトンそっくりの俳優まで使って制作された。
エレファント・アイランド(Elephant Island)
シャクルトンを含む28人の隊員は5ヶ月後、氷が割れ始めるのを待って屋根もない3艘の救命ボートに出来る限りの物資を積み込み、危ない氷上のテント生活を繰り返しながら南極半島沿いを北へ進んだ。通信機器はない。もちろん食料が尽きればペンギンやアザラシを食べる。やっと到着したのが小さなエレファント・アイランド。氷河から離れ、落石の心配もない所に陣をとり、そこをポイント・ワイルド(Point Wild)と彼が命名した。ワイルドは彼の右腕でもあった優秀な航海士の名前だ。シャクルトン著の探検記録「サウス(South)」によるとペンギンの匂いで臭かったが岩が多くボートを屋根にして寒さをしのぐことができたという。
この日のエレファント・アイランドは深い霧に覆われていたが船が停泊している間に青空が顔を出し歓声を上げた私たちは100年以上も前に起こった出来事に思いを馳せていた。
最強のチームワーク
この島にとどまっていては救助される見込みはないと見たシャクルトンは5人の隊員を連れて救命ボートの一つ、ケアード号で助けを求めに出発する。島に残された22名の隊員の統率を任されたのはあのワイルドだった。でもシャクルトンは厳しい南極圏のどこに助けを求めに行こうとしていたのか?南米の南端までは約900㎞、フォークランド・アイランドまでは約950㎞、そしてサウス・ジョージア島までは約1300㎞。勇敢にも彼らは一番遠いサウス・ジョージア島を選んだ。なぜなら南米もフォークランドもあの激しいドレイク海峡を渡らねばならない。ちっぽけなボートを漕いで渡るのは死に等しかった。
当初の大胆な南極縦断の目的達成は断念せざるを得なかったが、人命救助に命をかけたリーダーのあり方を示した歴史的なシーンとなったことは確かだ。私は困難に直面して仲間割れし、強いては殺し合いにまで発展したケースを読んだことがある。それが普通の成り行きなのかもしれないが。
ポイント・ワイルド
交代で16日間ボートを漕ぎ、6人が辿り着いたのはサウス・ジョージア島の西側。人はいない。当時盛況だった捕鯨基地があったのは北側。そこから雪と氷の登山が36時間続いた。滑り降りた捕鯨基地で助けを求めたが使わせてくれた船はエレファント・アイランドには到達不可能。本国に救援隊を要請したが1ヶ月かかると言われ、断念。しかし、チリが初回の失敗にもめげず、再度救助船を出してくれ、ついに救出に成功。ワイルドに託された隊員たちは全員4ヶ月間この日を疑わず、生き延びていた。シャクルトンはつまり、死者を一人も出すことなく全員帰国させることができたことで一躍有名になったのだ。その勇気とリーダーシップは今でも広く語り継がれている。
デッキからポイント・ワイルドをよく見るとペンギンたちが右往左往する中に誰かの胸像が立っている。シャクルトンの像か、ワイルドの像か。いや、チリの救助船の船長の胸像だった。チリもここに足跡を刻む必要があったのだろう。ちなみに島にいたペンギンは顎に黒い線が入ったヒゲペンギン(Chinstrap Penguins)だった。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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