アルゼンチンから南極へ(6) ―サウス・ジョージア島|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第82回
ノルウェー魂
南極大陸は1820年頃発見されたが誰によってかははっきりしていない。しかし、南極点に到達したのは1911年のアムンゼン(ノルウェー)が最初だった(6月号記)。
ここでノルウェーとクジラの関係を話す必要がある。クジラを捕獲するようになったのは日本では縄文時代、ヨーロッパ、特にノルウェーは紀元前3000年と言われるほど歴史が古い。バイキング時代の冒険・航海・略奪精神のDNAのせいかもしれないが、商業目的のノルウェーの捕鯨活動は世界でも飛び抜けていて1930年にスペインなども含めて全盛期を迎えた。
洋上の捕獲だけでなく、ノルウェーは北海では1889年にアイスランドに、そして南極海では1904年にはサウス・ジョージア島に捕鯨基地を設けた。
サウス・ジョージア島(South Georgia Island)の捕鯨基地
長さ170㎞、幅35㎞のさつまいも型の島は1775年にイギリスのジェイムズ・クック船長が初めて上陸し国王ジョージ3世にちなんでサウス・ジョージア島と命名。とはいえ、無人島だった島は1904年には前述のノルウェーが北側のグリトヴィケンに捕鯨基地を建設し、1907年にはその隣にストロムネス捕鯨基地を造った。海に面した土地が珍しく低地で広かったため基地の建物や工場が建てやすかったのだろう。
イギリス人はクジラでなく主に毛皮目当てのアザラシを捕獲していたようだ。全部で7カ所あった捕鯨基地の捕獲量は1965年の閉鎖までにクジラ17万5千頭以上というから乱獲だったに違いない。
イギリスの有名な南極探検隊(1914〜16年)(9月号記)のシャクルトン隊長が36時間も雪の中を歩いて山から助けを求めて滑り降りてきたのはこのストロムネス捕鯨基地だった。グリトヴィケン捕鯨基地の墓地にはシャクルトンと彼の右腕だったワイルドが眠っている。基地の廃墟にはオオサマペンギンとアザラシが自然の天敵以外、何の妨げもなく繁殖し、人間に対する警戒心も殆ど見せない。
上陸準備―落とさない、拾わない
上陸の前日、私たちの準備体制を検閲するため監視官が船に乗り込んできた。『環境保護に関する南極条約議定書(1998)』により非在来種の持ち込み禁止や有害干渉禁止など、環境保護の規制が厳しくなった。外来者の我々の身についている小さなゴミも環境を破壊する原因になりうる。帽子、手袋、ジャケットのポケット、マフラーすべての持ち物を私たちのエクスぺディションリーダーが念入りにチェック。ピンセットで細かいゴミをつまみ取ったり、バキュームでバッグパックやジャケットのポケットを掃除する。ブーツの底の1ミリのゴミも見逃さない。翌朝、身支度をしブーツで殺菌容器の中を歩いてからゾディアックボート(ゴムボート)に乗りこむ。
上陸したら持ち物は絶対に地面に置いたり落としたりしてはいけない。船に戻る時もまたブーツの底をブラシでこすってからロッカーへ。このプロセスが徹底されていなければ船の接近許可が下りない。ちなみにここは所有国のない南極大陸と違ってイギリスの海外領土になっている。
グリトヴィケン(Grytviken)博物館に日本のクジラの使い道ポスターが!
基地の小さな博物館で我々の上陸に合わせてガイドさんが来ていた。周辺にはクジラの骨やクジラを撃つのに使用された黒い鉄の槍が並べてあり、容赦ない当時の捕獲作業を物語っていた。浜には、いつ崩れてもおかしくない捕鯨船が残骸をさらしていた。クジラをさばく昔の写真が昨日の事のように生々しい。日本製のクジラの使い道ポスターを見たときは驚いた。クジラのどの部分が何に使われるかが詳細に絵で示されている。クレヨン、靴クリーム、香水等々キリがない。ヨーロッパの捕鯨船が日本のそれと出会った時にもらったものらしいがこれほどクジラを利用しまくる国は他になかったのではないか。青森県の捕鯨船の名札もあった。サウス・ジョージア島の唯一の店は博物館内の小さなギフトショップ。そこでTシャツを買った。メイド・イン・チャイナでなかったのが新鮮だった。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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