アルゼンチンから南極へ(8)―サウス・オークニー島|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第84回
航海のルート変更
南氷洋の気候は予測がつかないほど急変する。船上でフォークランド諸島(Falkland Islands)に関する説明会を終え、さて上陸したら島のどこへ足を伸ばそうかと皆ウキウキしていた。しかし、悪天候の報告が入り、サウス・ジョージア島(10月号記、11月号記)を出発した船は再び南極半島方向に進路を変えた。
フォークランド紛争で有名になったこの島は1833年からイギリスの領土で現在4000人弱の人口が住んでいる。アルゼンチンは1982年に領地権を主張して軍隊を送ったが当時のサッチャー首相は陸海空軍を動員してアルゼンチン軍を撃退したのは有名な話だ。アルゼンチンではいまだにフォークランドとは言わず、マルビナス諸島と呼ぶ。フォークランド諸島は自給自足で本国から経済的支援を受けておらず、教育は高校まで無料。ロンドンの大学へ行く者は島の援助で行ける、と説明会で聞いた。歴史的にも文化的にも非常に興味のある島だったが、小さな港で悪天候による大惨事が起きては島の住民たちの迷惑にもなる。惜しみながら断念。
サウス・オークニー諸島(South Orkney Islands)
南極半島の弧を少し伸ばしたところにある島がこれ。大昔は半島の一部だったに違いない。南極大陸のおおきな湾の一つウエッデル海(Weddell Sea)とスコシア海(Scotia Sea)に挟まれた総面積640㎢の小さな諸島だがイギリスとアルゼンチンのどちらが領土権を持つのかいまだに決着がついていない。両国ともこの島に観測所を持っているが、研究員以外住民はいない。しかし、南極圏で一番古い気象観測所がアルゼンチンによって今も管理されている。サウス・オークニーでは何が待っているのか。船はまる1日かけて南緯54度線から60度線に下った。天気は回復してきたようだ。
フィッチーベイ(Fitchie Bay)
サウス・オークニー領域に入ると船内放送でカヤック組とデイ・パドル(Day Paddle)が呼ばれた。カヤックは初めから申し込んでおかないと参加できないが、船内で申し込める二人乗りのデイ・パドル(空気で膨らませたパドルボート)に参加する機会を得た。南米出身のパドルリーダーについて出発。私は小さいのでリーダーが乗る二人乗りカヤックの前に座ることに。氷の溶けた南氷洋に新鮮な空気をありったけ肺に吸い込みながら水と一体になって滑る快感はないにたとえようか。オオフルマカモメ(Giant Petrel)が珍しがって舞い降りてきた。この鳥は弱ったペンギンや幼児のペンギンを襲う獰猛な肉食の鳥だ。浜ではキングペンギンたちが首を水から出してアヒルのような格好で泳いでいる。別の場所で見たアデリーペンギンはジャンプして泳いでいたが。体が大きいキングペンギンはジャンプには向いていないのかもしれない。
サンシャイン氷河(Sunshine Glacier)
サウス・オークニー諸島の中の一番大きな島、コロネーションアイランドの南側にある大きな氷河は夏期の気温上昇で崩れ始め、その氷河の分身が小さな氷塊となってあたり一面無数に浮かぶ。ボートにコトンコトンと音を立てぶつかっては離れていく。上陸したところはすでに氷はなく、地面は金属成分を多く含んだ大小の岩が澄み切った空気の中で博物館の展示品のように美しい色を放っていた。それと対照的に歩く地面はジャリジャリした火山灰。上の方から溶けた氷が新しい小川を作って海に流れ出る。ここに植物は生えていなかった。
シグニーアイランド(Signy Island)
コロネーションアイランドが産んだ子供のように島の中ほどに浮かぶシグニーアイランド。そこにはイギリスの観測所があり、二人の人の姿が見えた。あとで聞いた話だが、スタッフの一人が船のキッチンから持ってきたスイカをプレゼントしたそうだ。ペンギンやアザラシなどの訪問客以外には誰もこない別世界での観測も情熱がなければできない。こういった人たちの観測結果がいずれインターネットに載るわけで、我々はその恩恵を受ける側にいる。スイカ一個では申し訳ない。シグニーアイランドを後に船はドレイク海峡(Drake Passage)を3日かけて横断しアルゼンチンの最南端ウシュアイア(Ushuaia)(6月号記)に帰港する。(南極の旅に興味のある方は www.adventurecanada.com参照。)
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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