久しぶりの熱海:大人の一泊時間|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第91回
のんびりバス旅行
トロントには日本企業の駐在員とその家族がかなりいた時期があった。何十年も前の話である。そんな時知り合ったママ友二人と今でも付き合いがある。私が日本に戻る都度必ず連絡を取り合い会っていたのだが今年はなぜかなかなか三人の予定がうまく合わず、会うのに2ヶ月を要した。
待った甲斐あって、三人ともOKの日が二日続けてあったので思い切って熱海の一泊バス旅行に決定。
熱海といえば昔から温泉で有名だが古い熱海のも歳月とともに訪れる客数は減少し、今は外国人観光客が目立つ。最近テレビで外国人観光客に人気のスポット第5番目に入るほど脚光を浴びていると知った。
寛一、お宮って誰?
東京を出発して約3時間。バスは 熱海に入り、海岸国道沿いの「寛一、お宮」の銅像の前を通り過ぎ、熱海湾に面したホテルへ向かった。寛一がお宮さんを蹴っ飛ばすシーンのこの銅像は男尊女卑とは批判されても最近の若い観光客は背景を知らない。
文豪、尾崎紅葉が明治時代に新聞に連載していた熱海を舞台にした小説『金色夜叉(こんじきやしゃ)』に出てくる場面だ。寛一とお宮は許婚の間柄だったが、お宮は富豪の家に嫁いでしまう。逆上した寛一は「来年の今月今夜のこの月を、僕の涙で曇らせてみせる」の有名セリフを残した。お金のためにお宮に捨てられた寛一はのちに高利貸しとなって金銭主義に身を落としていくという筋書きで資本主義による人間破壊がテーマらしい。
熱海城
チェックイン前に錦ヶ浦山の日本一短いアタミロープウェー(273m)に乗りパノラマ展望台の海空テラスで記念写真。そこから3分登ればお城に着く。熱海にお城?いや、ここは歴史的な城ではなく、地下一階から6階まで観光客向けのアトラクションを目的に建てられた城。展望をみながら1階で足湯も楽しめる。6階の天守閣は海抜160mで眺めが良い。
城の中には江戸体験コーナー、江戸時代に伝わる甲冑、武家城郭資料館、マッチ棒城郭模型の芸術品、浮世絵の展示などがある。マッチ棒で作った日本の城の模型の数々は一見の価値あり。体験コーナーで肥やし桶を担いで見た。若い人ならインスタ映えするか??地下は遊戯センターでボルダリングやゲーム施設で若者たちや家族連れが遊ぶ。
起雲閣って何?
第一世界大戦で財を成した海運王の内信也が大正8年(1919)に実母の静養の場所として別荘を建てたのが始まりだ。大正14年(1929)には鉄道王と呼ばれた根津喜一郎に引き継がれ洋風な部屋が加えられ、昭和22年(1947)になると石川県出身の政治家・実業家の桜井兵五郎がここを旅館「起雲閣」と命名して営業していた。
そして日本を代表する谷崎潤一郎、志賀直哉、太宰治らの文豪らがここに泊まり、談義したり創作したりしたわけで部屋に入ると彼らの懐を垣間見るような気がする。
〝麒麟〟の大広間の壁は数年前、私が石川県のお屋敷で見たあの高貴な「群青色」だった。一度見たら忘れられない色。日本離れしているようで日本間にマッチしたなんとも言えない深い味のある紫系の藍色のような色合いだ。
迎賓用の〝金剛〟のタイル張りの床はイタリア風。文豪たちの和風客室は日本庭園に面しており、瞑想に耽るにふさわしい雰囲気がある。見学のフィナーレは館内の上品でモダンな喫茶室〝やすらぎ〟で過ごす優雅な時間。
熱海山口美術館
2020年に実業家山口伸廣氏が創設した新しい美術館。ルノワール、ルオー、横山大観、岡本太郎など、西洋画、日本画、陶器、彫刻が国と世代を超えて13の小さな部屋に鎮座する。山口文化財団貯蔵の約2000点の一部が展示されている。
ピカソと岡本太郎の作品を同時に展示してある部屋では二人の作品の比較ができて面白い。
重要文化財の〝千手観音像〟も初めてみた。一本の手で25の願いを叶える観音像は40の腕をもち合計1000本分の力があると言われている。大きな美術館をぎゅっと凝縮したような中身の濃い美術館だった。
最後に美術館の喫茶室で人間国宝が作った茶器で抹茶をいただき、熱海の締めとした。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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