在カナダ日本国大使館 山野内勘二大使がカナダ日本レストラン協会(JRAC)と日本レストラン業界の永住権取得問題について意見交換会を行う|特集「日本食の力と担い手たちの未来」
5月2日、山野内・駐カナダ大使はオタワからトロントを訪れ、カナダ日本レストラン協会(Japanese Restaurant Association of Canada)のメンバーと日本食レストラン業界が直面しているシェフなど従業員の永住権取得問題についてZen Japanese Restaurantで意見交換と懇談の会を催した。
当日は、松永健・在トロント日本国総領事も参加したほか、大使館から温井氏と領事館の鈴木氏、JRACからは、木村会長(GINKO)と柏原プレジデント(Zen)のほか、理事の秋山氏(Taro’s Fish)、小沢氏(Ozawa Canada)、吉田氏(Raijin)、佐藤氏(Kappo Sato)とビザコンサルタントの上原氏(QL Seeker)が出席した。
Zenの濱津料理長による日本食材を使った料理と寿司が振る舞われるなど和やかな雰囲気の中、山野内大使からカナダと日本における政治・経済・文化面の良好な関係と明るい未来について説明を受けたほか、トロントを管轄する松永総領事とも問題意識の共有が行われた。意見交換の場では、レストランオーナーの切実な思いと永住権問題の改善への道筋について話し合われ、山野内大使はオタワから連邦政府への働きかけ、松永総領事からはオンタリオ州政府への働きかけなど、協力と心強いサポートの意思を確認できた有意義な1日となった。
なお、懇談の前には山野内大使から首相府に働きかけが行われ、移民・難民・市民権大臣の補佐官の紹介と面談が実施された。また、松永総領事はオンタリオ州のダグ・フォード州知事を訪問した際に、総領事からフォード首相に対し今回の意見交換会をもとにした日本食レストラン業界の懸念ついて話をされるなど、大使や総領事のリーダーシップのもと、少しずつ対話が進んでいる。
カナダにおける日本食レストラン従業員の永住権取得の困難さについて議論
今回のテーマは、日本食レストランで働く料理人などの永住権問題と、日本食文化の継承について議論された。冒頭、参加者らは永住権取得が困難になっている現状を説明し、将来的に日本人の料理人が不足する可能性を危惧した。
参加者は、日本食文化の継承と発展のために優秀な人材の確保が重要であることを指摘し、日本食文化を次世代に継承するための人材の定着と育成の重要性を強調、政府に対して永住権取得要件の緩和を求める必要性が提案された。
山野内大使からは、カナダの移民政策の歴史を振り返り、大規模な移民受け入れを推進してきたカナダ政府だが、移民政策というのは移民希望者にとっての政策でなく、カナダという国のために必要な人材や要件を補う政策なので、現在いくつかのビザや政策に規制が強まっていることを受け、「お願い」ベースではなく、カナダにとって必要な人材である、カナダやオンタリオなど各州にとってメリットがあることを証明し伝えていかないといけないとし、それにはカナダ政府を説得するためのデータや事実に基づいた議論を展開することが重要であるとした。
日本食の具体的な価値、日本企業によるカナダへの投資の高まり、他国コミュニティーとの連携、データとエビデンスによる提言
山野内大使はJRACメンバーからの声を聞き、健康に良いとされる日本食の発展は高齢化社会を迎えるカナダにとっても利益に結びつくという話や、一昨年から始まったミシュランガイド・トロント版での日本食レストランの躍進を通して、トロントの国際都市としての価値向上と観光資源において日本食が優位性を占めることは大きな利点だと指摘した。
また、日本とカナダの政治や経済分野における強い繋がりもポイントであるとした。最近では、ホンダにおけるEV工場建設や商社の双日グループがオンタリオ州交通公社Metrolinx(メトロリンクス)がトロント大都市圏周辺で保有する約900両の鉄道車両保守・改修を一括して請け負う大型事業を受注した例を挙げ、日本企業によるカナダへの投資が積極的に行われていることを受け、こうした産業界のポジティブな動きがある今だからこそ、政府関係者や有力者に働きかけることによって、永住権取得要件の緩和や制度改正、日本食レストラン従業員向けの特例措置を求めるJRACの提言にもプラスに働くチャンスがあると述べた。
さらに、日本人コミュニティーだけでなく、他国・他民族のコミュニティーとも連携することで、より大きな影響力を持つことができるかもしれないとし、欧州やアジア諸外国など食文化の継承の重要性や永住権取得の必要性を訴える、同様の課題を抱えているコミュニティーと連携することで、現状を変えるきっかけとなるかもしれないとアイデアを述べた。
参加者は、日本食は単なる食べ物ではなく、器や書道、お花など、日本文化全体を体現するものであると意見が述べられ、優秀な人材を確保し、正しい日本食文化を継承していくことが重要視された。また、きちんとした日本食の継続と発展は日本食材や日本産品の輸出拡大にも寄与するため、日本国政府にとっても大切であると主張した。
松永総領事からは、日本食レストランの重要性を説明し、ビザ取得要件の緩和を求める上で、日本人の料理人の需要と供給のギャップを示すデータや日本食文化の継承のため日本人料理人の育成が重要であるエビデンス、また、過去数年間の永住権取得者数の推移や、今後の人材不足が予想される具体的な数値などを示すことできれば、説得力を持って議論できるであろうとアドバイスを受けた。
ビートルズとシジャギパニダ
最後に山野内大使は音楽好きとのことでビートルズの話題を持ち出し、20世紀最大のロックバンドと言われたビートルズでも、オーディションに落ちたことがある逸話を紹介。
彼らの才能を見出しマネージャーとなったブライアン・エプスタインとの出会い、大手レコード会社デッカー社のオーディション不合格、その時手元に残った録音したテープがEMIの目に留まり、正式デビューとなったストーリーを話し、少々難しいことでも諦めないでトライしていくことによって道も開けるはずだと勇気付け、日本政府としても自信を持ってこの課題に立ち向かえるようサポートしていきたいと述べた。
そしてお礼とともに一歩ずつ前進したいと語る参加者たちの言葉に対して、韓国のことわざ 『시작이 반이다 (シジャギパニダ) 』という言葉を紹介した。このことわざは 『始まりが半分だ』 という直訳で、何事もやり始めさえすれば、もう半ば成し遂げたのも同じという意味を持つと説明した。はじめたことに価値があり、もう半分まで来たと思えばきっとやり遂げられるはずだとして、共有した課題を形にして、ともに乗り越えていきましょうと激励し会は幕を閉じた。
日本食は今や最高の外交コンテンツ
読者の皆さんもご存知のように、カナダにおける日本食はブームを超え、その人気と浸透は高まるばかりである。寿司、和食、ラーメン、うどん、スイーツなど多種多様な日本食レストランが多くオープンし、トロントやバンクーバーなどの大都市では多くの日本食レストランが、ミシュランガイドの星に輝くなど注目を浴びている。
カナダからの訪日観光客の増加も大きく貢献しているだろう。食通だけでなく、多くの観光客が多種多様な日本食や文化に触れ、訪れる人の多くは日本食の美味しさだけでなく、そのフードカルチャーにも魅了されていることは間違いない。
またマンガやアニメといったポップカルチャーの影響も大きい。今やマンガやアニメなどで日本語を学ぶカナダ人も多く、コスプレなどオタク・コンテンツも海外では現代ポップカルチャーとして多くの若者から支持を集める。そのマンガやアニメには、ラーメンやスイーツなど様々な日本食やカルチャーが登場し、日本食に対する憧れや期待が高まっている。
海外における日本食は今や最高の外交コンテンツでもある。日本の国益にもつながる日本食は、日本とカナダ両国にとって交流の発展にも貴重な役割を果たす。日本とカナダが政治的にも経済的にも文化的にも良好な関係にある中、近い将来に日本食文化やその魅力を伝えていく人材が減少してしまう可能性は、両国の国益を損なう可能性もあるだろう。
JRACの指針には、「小さなコミュニティーだからこそ団結する」「政府や州当局からの情報を得る受け皿的な窓口となる」とある。日本食の技術や心得はもちろん、その文化や新しく生まれる日本食の可能性をカナダで伝導していく将来の人材のためにも、大使や総領事など日本政府の力を借りながら官民一体となり、カナダ政府への働きかけを通して、この問題を突破できることを願いたい。
なぜ日本食に関わるシェフなどの永住権の取得が難しいのか?
これまで飲食業界における代表的な永住権取得の方法は、英語の最低要件を満たす人はエクスプレスエントリー、そうでない人は英語力を必要としない州の推薦プログラム(PNP)を使って永住権を取得してきた。エクスプレスエントリーの施行当初は、クローズドの就労ビザを持って働いていれば、それだけで600点獲得できたのでほぼ永住権取得は確実だったという。
その後このポイントは50点に減り状況はやや厳しくなったものの、連邦スキルドトレードクラス限定のドローが年に2回ほどあり、その時は飲食業をはじめとするトレードの職種の申請者だけが対象とされ、カットオフが低くなりインビテーションを受けた人も多かった。しかし、パンデミックが始まってからはこのスキルドトレードの枠は事実上消滅してしまったことも要因とされる。
また、ここ数年で連邦政府のエクスプレスエントリー登録者は年々増加傾向にある。永住権申請のインビテーションを取得するための最低点は、ここ半年で500点超えとなっており、500点というのはまだ20代で大卒以上で高度な英語力を持ち、カナダで数年の職歴がある人でないと到達できないレベルの点数となっている。
一方、オンタリオ州のPNP(ジョブオファーストリーム)は申請者が急増したことから、2021年4月より先着順からポイント制に変更され、新たに英語力もファクターに加わり、セールスとサービス業界の職種のポイントが低く設定されたため、飲食業の申請者に極めて不利な状況になった。昨年は連邦政府と足並みを揃えてヘルスケア、STEM、建設などの特定の職種を中心に限定的なドローが行われていたので、飲食関係で招待を受けた人はゼロだったという。
飲食業就労者にとって不利なルールの設定、変更
日本食レストランのシェフ(一時就労者)の典型的なプロファイル
JRACの存在と役割
トロントでは、1980年ごろより日本食ブームが始まり、1990年から2000年にかけて日本レストランの第一次ピーク時代を迎えた。当時トロント郊外のレストランも含めると800軒程度にまでに増えた日本レストランだが、その多くは日本人以外のオーナーできちんとした日本料理・生食の基礎教育を受けていない事業者が大半だったとされる。当時の日本人飲食業界関係者の間では、1軒でも食中毒を出してしまえば日本レストランへの影響は計り知れないと状況を危惧していたとされる。
そんな中、アメリカ西海岸で寄生虫「アニサキス」の問題があり、鮮魚を冷凍しなければならないという条例ができたことがトロントにも影響を及ぼす。当時のオンタリオ州政府が日本食について深い知識がないまま、この条例と同じような法案を策定したをきっかけに、トロントの日本人レストラン事業者と日本人シェフが立ち上がり、日本食に適した鮮度の保ち方や保存・冷凍方法を提唱する非営利団体「JRAC」を設立した。そして、日本食文化と伝統、この問題に対する解決策などを提案し署名運動も行い、合計およそ2万人の賛同者を集め当局に提出し、2005年には法案が撤回、現在の日本食業界の繁栄の礎を築いていた。
「日本食文化と伝統の啓蒙・日本の農水産物と食材の振興」を理念に、2005年にカナダ政府から認可され非営利団体として活動しているJRAC。昨今は、日本料理や和食、日本食材、日本酒などの魅力を一般消費者に発信する「和食祭り」を中心に、日本の生産地とカナダの流通業者の橋渡し役となり、地方自治体を巻き込んだ、輸出促進と地方創生が一体となった活動を展開している。また、コロナ禍では、経営悪化した会員レストランの相談に乗るなど、当地の日本食レストランを支える相談役として、セーフティーネット機能の維持にも貢献している。