我が子をバイリンガルに育てる方法 | 中島和子・トロント大学名誉教授インタビュー
バイリンガル教育の権威、中島和子さんに訊く 我が子をバイリンガルに育てる方法
新移住者の増加により、日系コミュニティの中でもバイリンガル教育に対する関心がこれまで以上に高まっている昨今。今回はバイリンガル教育の権威で、現在トロント補習校高等部の校長も務めている中島和子さんに、カナダでのバイリンガル教育について語っていただいた。
バイリンガル教育先進国・カナダ
カナダは2つの言語を公用語としており、2つの言語ができる人材が必要だという社会的要請がある国です。ビジネスだけでなく、生活のあらゆる場面で使い分けられる高度なバイリンガル能力が必要な国だからこそ、バイリンガル教育が発達したと言えます。
バイリンガル教育には様々なスタイルがありますが、そのうちの一つ、「イマージョンスタイル(2つの言語を使って教科を教える方法)」の原型はカナダでできたもので、それが様々に姿を変えて世界へ広がっています。
その原型とは5歳児から始める“Early Total Immersion”のことで、はじめは全てフランス語で授業を行い、だんだんと英語の比率を入れていき、小学校5年生ぐらいで同じ割合にするというものです。すでに持っている英語の力に、もう1つのゼロから始めるフランス語の基礎を作っていき、それがある程度できたら両方を使ってバランスを取っていくということで、2つの言語の混乱を防ぎます。 バイリンガル育成には、約5000時間の授業時間がかかるということがカナダでの実験でわかり、この点からも、日本は明らかに接触量が不足しているため、英語ができるようにならないと言われているのです。
バイリンガルを育成するために大切な4つの大原則
その1「接触量と質」
やはりその言語、それも質の良いものに触れていなければ上達は望めません。フランス語を強めるにしても、ただフランス語を言語として教えるのではなくて、フランス語を使って年齢相応の教科を教えるというのが、このイマージョン型の特徴なのです。
今、日本でも幼稚園のレベルでバイリンガル教育が増えているのですが、教え方によっては危険な場合もあります。カナダでは、4歳児は母語を育てる時期だと言われていて、5歳から先生はフランス語で、子供はどの言語でもいいというシステムが取られています。そうやっていくと、6歳で1年生になった時にはすでに1年間フランス語を聴いている期間があって、早い子は1年生の11月頃からだんだんと話し始めるようになります。ここで私が言いたいのは、それだけ時間を与えているのだということ。これは沈黙期(Silence Period)と呼ばれていて、子供によって、その期間も異なります。早い段階で単語をポロポロと話し始める子もいれば、ゆっくりと頭を整理しながら、少し遅れていきなりセンテンスを話し始めるという子もいたりと、その差をきちんと、カナダはイマージョン型で受け止めているのです。まさに「鳴かせてみよう」ではなく、「鳴くまで待とう」と、いうのがカナダの特徴なのですね。
日本であれば、日本語が育つ状況で、その上に英語を育てるということが大切で、芯となる日本語を犠牲にしては絶対にいけません。英語かぶれになってしまう恐れがあり、バランスを取ることが非常に大切です。接触時間がそのまま言葉の力となる時期があるのです。ですから、幼稚園で日本語と英語を使う場面を用意して、両言語バランスを取って教えるというのがいいと思いますね。
その2「言語の面によって、習得に必要な時間は違う」
基本的に自然習得であるバイリンガル教育は、聞くを含む「会話の流暢度」、文字や単語、文法などを覚える「弁別的言語能力」、授業を理解する「教科学習能力」という3段階に分かれており、会話の流暢度には約2年、読み書きを中心とした教科学習言語能力には5年から10年ほどかかると言われています。この5年から10年という差は、第一言語の、基礎となる言葉が強いか弱いかによって変わってきます。親が母語をきちんと育てておかないと、会話力はどうにかなっても、授業についていけないということが起こってくるのです。バイリンガル教育の一番の目的は、教科学習言語能力を培うこと。バイリンガル教育では習得時間の違いをはっきりと意識して育てることが必要です。
その3「2つの言語は別々に存在するのではなく、互いに影響し合う」
母語をすでに習得していて、外国語を学ぶという大学生や成人の場合には、どちらかの言語がその習得に影響を及ぼすということはありませんが、バイリンガル教育のように2つの言語が形成過程にある年少者の場合には、双方は依存的関係にあります。1つの言語で蓄えられた学力はもう1つの言語でもアクセスできること、これがバイリンガル教育の神髄です。時計の読み方や九九などの概念さえわかっていれば、表面的には違う言語でも、学力の面では共有面があるので、その共有面が大きければ大きいほど、双方にプラスの影響を与えます。
その4「その言葉の社会的格差、地位が同じではないということを踏まえる」
自然習得の世界では、子供は周囲がカッコいいと思う言葉を学びます。トロントでは英語が優勢言語ですから、英語を学ぼうしますから、どうしても日本語に対する動機づけは低くなってしまいます。ですから、親が人為的に価値のつり上げをしないと、子供たちは日本語を学ぼうとしないのです。そのためには、仲間づくりがキーワードだと私は思います。いろんな行事や仲間との交流をし、それが楽しければそれが動機づけになっていくのです。
マルチリンガル教育による様々なメリット
人間の脳は素晴らしいもので、5言語くらいは混乱せず操ることができると言われています。私は現在補習校高等部の校長を務めていますが、英語、フランス語、日本語と、3カ国語をきちんと使える生徒が実際にいます。ここまで育てた親御さんの裏方の苦労が偲ばれます。
トロントは大都会で、学校以外の未就学児対象の日本語のデイケアや保育クラブがありますから、そういう施設を上手に使って、小さいときから英語と日本語に触れるチャンスを作るというのが大きなポイントです。でも、そればかりに頼るのではなく、親がしっかりとした家庭使用言語のルールを持って、長期的な構えでいることが大切ですね。
また、継承語教育が行われているのもトロントの特徴です。週末に2時間半、500以上にわたる言語プログラムが行われています。また、補習校は言語だけでなく、その言語を使って学力を高めている、とてもユニークな学校で、高校レベルでは国語は現代文に加え、古典と漢文も学んでいます。私はトロント大学の日本語教育プログラムで、すべてのレベルで教えてきましたが、4年間では現代文の初歩レベルまでしかいけませんでした。それを考えると、中学・高校までの補習校の教育がどれほど貴重なものかがわかりますね。
言語形成期は2歳から12、13歳くらいまでと言われており、私は日本語の場合15歳までかかると思っています。この言語形成期はその言語が固まるという意味で、そこまでは自然習得が可能で、良い言語環境を与えることが大事になってきます。
複数言語で学力を蓄積した子供たちはいろんな面でプラス面があり、思考の柔軟性や言語理解の深まり、第3言語の習得が早くなることや、言葉で人を差別しなくなること、また最近はアルツハイマーになる時期が遅くなるという研究結果も出ています。また、PISAの読解力テストでも、イマージョンの子の平均点がずっと上だという結果も出ています。1960年代にはマイナスなイメージのあったバイリンガル教育ですが、これまでの研究結果によって、非常にその評価が高くなっています。
プロフィール
中島 和子(なかじま・かずこ)
トロント大学名誉教授、トロント補習授業校高等部校長。
東京都出身。国際基督教大学・大学院、トロント大学大学院卒。トロント大学教授を経て名古屋外国語大学教授・日本語教育センター長。専門はバイリンガル教育、継承語教育、日本語教育学。「カナダ日本語教育振興会」と「母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)研究会」会長を歴任し、現在名誉会長。著書に『言語と教育―海外で子どもを育てる保護者のみなさまへ』『バイリンガル教育の方法―12歳までに親と教師にできること』『マルチリンガル教育への招待―言語資源としての外国人・日本人年少者』等。