アート界で活躍した日系カナダ人画家カズオ・ナカムラの軌跡を辿るAGO作品展
少ない色で描く初期の風景画
展覧会は1月27日から始まっている。AGOの保有するナカムラ氏のコレクションの中から、1950年代~1980年代に制作された絵画14点に焦点を当てて展示している。中にはナカムラ氏が自ら寄贈したものもある。同氏の作品展は2004年に同館で開催された大規模な回顧展「Kazuo Nakamura: The Human Measure」以来20年ぶりで、その節目を記念して今回の展覧会開催が決まった。
ナカムラ氏の作品は、初期に風景画や幾何学的なものを表現した抽象画、そして晩年に描いた科学と数学に対する彼自身の集大成とも言える作品にわけられる。本展示会のキュレーターを務めるリネー・ヴァン・ダー・エイボード氏は、「作品の根底には、この世界が何でできているのか、宇宙の中で私たちはどこに存在しているのかということを理解することの意味を常に探し求めている彼自身の考えが詰まっている」と話す。
今回の展覧会に展示されたものの中で最も初期のものは、1950年に描かれた静物画「Autumn」。ブラシの使い方が特徴的で、エバーグリーンの森の木々は太く生命力の強さを感じさせるタッチで描かれているが、対照的にオレンジ色の植物は枯れ始めていて「死」を感じさせる。生と死を並置した興味深い作品だ。
また、「Evergreens, Reflection」(1961年)と「Landscape」(1963年)という風景画では、モネなどのフランス印象派を参考にしているかのような奥行きと光の輝きの感覚をうまく取り入れた点が目に止まる。厚手のブラシを使って油絵の具で濃くキャンバスに色付け、緑と青の2色だけで自然を描いている。木々から差し込む光を、絵の具で色付けしていないキャンバスの白の部分のみで表現した。商業的にも成功したこれらの作品は風景画だが、「非常に幾何学的で、小さな形や筆跡が積み重なって抽象的な構図が見て取れるのがナカムラ氏の作品の特徴」だとリネーさんは説明する。
科学への興味を作品に込める
幾何学的なものを表したナカムラ氏の画風が確立されるまでには、過去の経験が大きく影響している。広島県からバンクーバーに移住した日本人の両親のもとに生まれたナカムラ氏は、アマチュア画家だった叔父の美術雑誌に興味を持ち、絵画を始める。その一方で科学者になりたいという夢を持つ少年時代を過ごしたが、1942年に太平洋戦争の影響で収容所に拘留され、教育を受ける機会が奪われた。このためにプロの科学者になるという夢を諦めざるを得なくなったが、風景画などの芸術には没頭し直線や遠近法を使った画風を確立。
さらに、科学に対する興味を失わなかったナカムラ氏は、まるで原始や粒子のようなものや幾何学的な原理を作品に描くことで科学や数学と美術を融合させたような作品を多く残している。
それが顕著なのが、1950年代半ばに制作された「Inner Structure」という抽象画シリーズだ。青や緑に塗られた背景の上に、太く力強い黒の直線が何本も描かれている。まるで顕微鏡をのぞいて、物質がミクロレベルで何から構成されているのかを描いたようだ。科学者になる夢を諦めてもアメリカの科学雑誌を継続的に読んでいたという彼の作品は、MoMAも購入したほど国際的に評価されている。
2年間の拘留の後、家族とオンタリオ州・ハミルトン、そしてトロントに移住したナカムラ氏は、セントラル・テクニカル・スクールを卒業し、1950年代にはトロントで名の知られた画家へと成長。
「Painters Eleven」というアーティストグループに所属し、「唯一の非白人ながら大きな成功を収めたことは非常に注目に値する」とリネーさんは評価する。
特に、大胆な画風で知られるPainters Elevenの中でナカムラ氏は繊細かつ単色の作品を好んで制作し、風景画も「Inner Structure」も青、緑、黒、白といったモノトーンなものが多い。
晩年は数字を書き込むアートも
風景画などを描いた初期から変遷し、1967年には今回の展覧会のタイトルにもなっている「Blue Dimension」といった抽象画を描くようになった。この作品は藍色のキャンバスに白い直線を等間隔で引くというシンプルな構造ながら、量子力学的な波動粒子の二元性を表現した非常に特殊な科学理論が読み取れる作品だという。リネーさんは「青に対する興味と『Dimension』という言葉の持つ科学的な側面をうまく表現した非常にコンテンポラリーな作品」と話す。
そこから彼はキャリアの最終段階とも言える、「数字」を使った作品を多く残すようになる。1960年代後半以降、正方形のマスに円や四角を描いた幾何学的な作品や、1から順に数学的な法則で数字を書き込んでいった作品など、ナカムラ氏も自身のキャリアの中で重要な作品だと考えている「科学と数学に対する集大成のような作品群」が誕生する。例えば「Number Structure #4」は、79・5×94・5㎝の白いキャンバスに数えきれないほどの数字が羅列された作品だ。ある法則に則って1から万単位の数字が書き込まれている。また、1984年制作の「Number Structure II」はピラミッドのように積み重なる青いマスの中に数字がぎっしり書き込まれた作品だ。まさにナカムラ氏が興味を寄せた科学的な要素と数学、そしてアートを掛け合わせた晩年の貴重な作品と言える。
リネーさんによると、数字などを書き込むような画風は挑戦的であることから美術界でそこまで評価が高いものではなかった。また、ナカムラ氏は風景画や幾何学的な絵画でより知られているため、これらの数字を書き込んだ作品は比較的知られていない。しかしナカムラ氏自身がAGOにこれらの作品を寄贈した経緯があり、「彼はこの作品を誇りに思っていて、見てもらうことを望んでいたのだろう」とリネーさんは語る。
画風の変遷を知る展覧会
日系カナダ人というマイノリティに属しながらも、Painters Elevenで活躍し、第1回カナダ絵画展に選ばれたり国際的な展覧会を開いたりと、生前にキャリアの大きな成功を享受したアーティストの1人であるナカムラ氏。
科学と数学の原理を芸術的に表現したナカムラ氏の作品が、初期から晩年にかけてどう変化していったのかを14作品を通して感じることができる展覧会となっており、リネーさんは「キャリアを重ねながら、彼自身が晩年に『これだ!』と感じた作品が並んでいる。日系カナダ人として成功を収めたナカムラ氏の作品を、日本の皆さんにはぜひ見てほしい」と来場を呼びかけた。
「Blue Dimension」は現時点で展示期間は未定だが、約2年間は展示スペースを設ける予定。入館料は大人30ドル、25歳以下とAGOメンバーは入場無料。展覧会の詳細はAGO公式ホームページへ。
カズオ・ナカムラ
1926年バンクーバー生まれ。日本人の両親と家族とともに、第二次世界大戦中の1942年に拘留された経験を持つ(カナダの戦争措置法による)。1945年にオンタリオ州・ハミルトン、2年後にトロントへ移住。1950年代にトロントを拠点とした抽象絵画グループ「Painters Eleven」のメンバーでもあり、当時の日系カナダ人画家としては前例のない成功を収める。2002年に75歳で死去。幾何学的な抽象画である「Inner Structure」や風景画で知られ、今なお後世の画家に多大なインスピレーションを与え続けている。