【やり続け継承する大切さ津軽塗から伝えたい】映画『バカ塗りの娘』鶴岡慧子監督|#トロントを訪れた著名人
日本が誇る伝統工芸、津軽塗。6月に開かれた日本映画祭で、その津軽塗をテーマにした映画『バカ塗りの娘』(2023年)が上映された。上映にあたって脚本と監督を手がけた鶴岡慧子さんがトロントを訪れ、観客と交流する時間も設けられた。
昨年のバンクーバーでの上映に続くトロント上映の感想から、テーマである「津軽塗」の魅力、そして社会問題にまで踏み込んだ作品をなぜ作るにいたったのかについて、特別インタビューとして話を伺った。
日本とは違う感覚での上映
―今回トロントに招待されてのお気持ちをお聞かせください。
非常に嬉しいです。そうそうたる作品と一緒に上映していただけたのも嬉しいですが、何よりトロントに来ることが初めてなので、現地に来られてとても良かったです。
―トロントで作品を初上映されてのお気持ちはいかがですか?
非常に幸せなひとときでした。生後3ヶ月から102歳まで幅広い年齢層の方に映画をご鑑賞いただき、とても豊かな時間だったと思います。日系の方も多く、日本で見るのとはまた違う感覚で自作と向き合いました。作品を通じて日本の風景を楽しんでいただけたなら幸いです。トロント滞在は非常に短かったですが、映画祭スタッフの皆様が大変もてなしてくださりとても思い出深い旅となりました。みなさんには大変感謝しています。
〝バカ丁寧〟に作る漆器
―今回の作品は「津軽塗」がテーマということですが、伝統工芸をテーマに映画を作ろうと思ったきっかけはなんだったんでしょうか。
もともと『ジャパン・ディグニティ』(著:髙森美由紀)という原作小説があって、それをプロデューサーに勧めていただいたのが最初です。ものづくりに非常に関心があったこともあって、それを映画にするのがおもしろそうだなと思いました。20代半ばの主人公が津軽塗をするうちに真剣に自分のしたいことと向き合っていくというプロットが、その当時自分がしたいと思っていたこととフィットしたということも理由の1つです。そこから職人さんを紹介していただき、話を伺ったり実際に工程を見せていただいたりしながら打ち合わせをして、トータルで3年半かけて脚本を完成させました。
―3年半はすごいですね。ところで、なぜ『バカ塗りの娘』というタイトルにしたのですか?
原作の「ジャパン」は漆器という意味ですが、映画の中身が伝わりきらないと思ってタイトルを変えました。「バカ塗り」は津軽塗を呼ぶ俗称としてもともとあった言葉です。「バカ」という言葉を使っているのであまりよく思わない人も中にはいらっしゃるようですが、要するに手間をかけてバカ丁寧に作るというニュアンスで「バカ塗り」と言われるようです。自分たちをさげすんだように使う表現ではありますが、ちょっとインパクトもあるし映画のタイトルにどうかと思って現地の職人さんに相談したら、「おもしろいんじゃないですか」とお墨付きをいただいたのでタイトルに入れました。
ユニークに生きる難しさも描く
―今回の作品は家族の話でもあるかと思います。父と娘という関係にフォーカスを当てた理由はありますか?
もともと原作にあったからではありますが、今の日本社会で家族の構造というものが変化を求められている時期ではないかと感じていて、そこを少しでも描けたらというふうには考えました。親世代の人たちがイメージしている家族というものが、子どもたちに枠からはみ出ない生き方を強制しているような構造もあるのではないかと思ったんです。この映画では、必ずしも家族みんなが仲良しのふりをしてまとまることもないということや、これからはお互いにお互いがしていることを認め合っていかないといけないということをテーマに描いています。
―主人公は自分に自信がなく、やりたいこともちょっとわからないというような人物ですが、モデルになった人がいたのでしょうか。
原作よりも映画の方がさらに引っ込み思案というか、自分がやりたいことも見出せないし人とコミュニケーションをとる時も全然機転が利かないキャラクターを強めて描きました。
明確なモデルがいるわけではありませんが、今まで出会ってきた人たちの中で自分が本当にやりたいことに目を向けるということすらしてきていない人たちがいたので、彼女たちのことを思い浮かべながら脚本を書いていきました。
でもそうなってしまったのはその人だけの責任ではないと思っています。社会のしがらみに囚われたり、レールから外れたりすることを恐れる人はまだまだ日本には多いですし、ユニークであることが難しいという文化が色濃くあると思っています。
―ユニークというところで言うと、同性愛も作品の中で描いていますよね。
主人公の兄が同性愛者という設定になっています。LGBTQのようなテーマや認識って、日本でも一見広がっているようで言葉だけが一人歩きしていて、実際に自分の近くにLGBTQの人がいるのに全然気づいていないような状態は変わっていないんですよね。それが東京から離れれば離れるほど色濃くなっていて、おそらく地方で同性愛者が周りに隠すことなく生きていくというのはまだ難しい現状があると思っているので、そういう状況だということを作品の中でも感じ取れるようにできたらいいなと思って描きました。
―カナダでは、日本よりもLGBTQについて考える機会が多いように思います。
先日も、日本で同性婚が可決されないからカナダに難民申請した方がいらっしゃいましたよね。自分らしくのびのびと生きるために、日本を捨てるという選択をしないといけなくなっているんですよね。
映画の舞台になっている青森県弘前市は、東北で初めてパートナーシップ宣誓制度を導入した市なんです。たまたま私たちが脚本を書いているときにその制度が導入されたんですが、導入にあたって市がパブリックコメントを募集したところ辛辣な意見が多くて。「青森にそんな人はいません」というようなことが堂々と書かれていて、このテーマはちゃんと取り上げないといけないとより感じました。
何百年と伝えていく伝統工芸
―映画の中に「やり続けること」というセリフがあって、とても印象的です。
実は最初にお会いした職人さんが実際に言ってくださった言葉なんです。60代のベテランの職人さんでしたがものづくりに純粋なモチベーションを持っていらっしゃって、「やり続けること」という職人さんの言葉はものづくりの本質を表しているなと感じました。そんな大層なことをしたり名誉のためだったりではなくて、とにかく漆がおもしろいからやり続けたいという気持ちが一番強いんだなと思ったんです。それでセリフに使わせていただきました。
―鶴岡監督が感じた津軽塗の魅力はなんですか?
とにかく丈夫で、全国の漆器の中でもトップクラスに丈夫なところだと思います。映画のタイトルにも入っている「バカ」は、実は「丈夫」という意味もあるんです。単純に塗り重ねる量が多くて、塗りまくってその後で塗った量の半分以上を研いじゃうんです。すごく非効率的な工程とも言えるかもしれませんが、その分本当に分厚く作られているので、とても丈夫だしすごく手馴染みが良いです。優しい感じもあって、とても良い工芸品だと感じています。
―最後になりますが、改めて読者にメッセージをお願いします。
まずは津軽塗のおもしろさを知ってもらいたいというのが一番です。やはり津軽塗は斜陽産業です。でも漆器ってすごく便利で、落としても割れないし塗り直しができるので何十年、何百年単位で継承していけるものなんですね。変わっていかなきゃいけない部分もあるけれど、大事にやり続けたり継承していったりする姿勢が大事なんだというこの作品のテーマにもなっている部分が、津軽塗を通して伝われば嬉しいです。
1988年生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学科卒業。卒業制作の初長編映画『くじらのまち』(2012年)が、第34回PFFアワード2012グランプリとジェムストーン賞をW受賞する。東京芸術大学大学院の映像研究科映画専攻監督領域に進学し、『はつ恋』(2013年)が第32回バンクーバー国際映画祭でタイガー&ドラゴン賞にノミネート。2014年『過ぐる日のやまねこ』で劇場デビュー。同作品は第15回マラケシュ国際映画祭で国際映画祭審査員賞を受賞した。神戸芸術工科大学メディア芸術学科の助教も務める。