トロントで活動する金継ぎ師 Shuichiさんの世界初の金継ぎインスタレーション展 |北米最大の現代アートの祭典「Nuit Blanche」
トロントで活動し、弊誌にコラムを執筆している金継ぎ師のShuichiさんが今年は金継ぎインスタレーション展を開催した。Shuichiさんは、このプロジェクトはこれまでのカナダでの活動の集大成になり、多くの人々に本物の金継ぎとその精神を知ってもらうための絶好のチャンスだと考え、企画を提出したという。タイトルは「Kintsugi: In Praise of Cultural Resilience」、谷崎潤一郎による『陰翳礼讃』の英訳のオマージュだという。
今年のNuit Blancheのテーマ「BridgingDistance」は、まさに私がカナダで行ってきたこと
カナダに来てから、多くの移民の方々より祖国から携えてきた器の修復依頼を受けるようになりました。その品々は時に何十年も前に壊れたものでありながら、ずっとストレージに仕舞い込まれていたのです。彼らにとって金継ぎは、物理的に離れていたとしても、あるいはもう二度と目にすることができないものであったとしても、彼らとそのルーツや文化との精神的な繋がりを回復させるための癒しのプロセスでもありました。
また、Nuit Blancheがトロント市主催であることも、大きな意味を持っていました。北米では、金継ぎが文化的な盗用の対象となり、大企業や博物館が無理解なまま活用する場面も見られます。個人として、正統な金継ぎの技術と精神を伝えようと尽力していても、そのような大きな影響力に対抗するのは容易ではありません。そのため、多くの来場者を迎えるこの市主催のイベントで展示と同時に金継ぎの教育を行えることは、非常に魅力的な機会でした。
世界初の金継ぎインスタレーション展として、金継ぎ作品そのものよりも、その器に宿る移民たちの物語に焦点を当てた
来場者はこれらの物語に触れ、自身の内面との静かな対話を促されるよう設計されています。初めての出展にも関わらず、19時の開場前から翌2時過ぎまで区画を超える長蛇の列が続き、大盛況を収めました。会場の至るところで、多くの方が「Nuit Blancheの全展示の中で一番良い」とお話しになっていたことがとても嬉しかったです。
薄暗く、天井も高く、穏やかなヒーリング音楽が流れ、古いお香の香りが漂う会場は、まるで瞑想空間のようでした。通常、Nuit Blancheでは多くの会場を足早に巡ることになりがちですが、この展示では、多くの人が自身の内面と向き合う穏やかで静かな時間を過ごされていました。
Shuichiさんの想い
伝統工芸の技術とは、何千年もの間、自然との調和を保ちながら生きてきた日本人の身体に刻まれた、自然との付き合い方の知恵や感性、文化が芸術的な形に昇華されたものです。
現代社会では、システムや物質の均一化と効率化が進んでいますが、私たちの身体と心は依然として、揺らぎ、不均一で、変化し続ける天然素材の「生き物」です。そうした身体と共鳴できるものもまた、天然素材であり、それらの素材が身体と最大限響くように形作れるのは、計算ではなく、身体を通して考え作り出されたものに他なりません。
伝統工芸が単なる産業のひとつではなく、縄文時代から積み重ねられた知恵の結晶であることを多くの人に知って頂くとともに、その技術と精神を未来に繋いでゆくことへの関心が更に広がることを願っています。
来場者の感想
「アーティストの表面的な自己満足ではなく、地に足着いた、そしてアートと見る側の私たちを地続きにする展示だった。こんな展示は他になかった」
「心を揺さぶり、大事な記憶を思い起こした」
「金継ぎの展示は今夜の中で一番のお気に入りでした!没入感あふれる体験を作り上げるために、細部にまで心が込められているのがとても良かったです。アートの説明から、壊れた記憶の物語と修復された作品の紹介、そして内省の部屋に至るまで、どれも素晴らしかったです。私のNuit Blancheの夜を締めくくる完璧な体験でした!」