湿度との戦い|金継ぎ開拓民のお茶休憩

“Oh, it’s 72 today….”
そう数字を呟くだけで、にわかに目の色を変える生徒さんたち。「なるほど、確かにこの空気はそうだ」と納得し、「それならば」と、より気を引き締めます。
これは何かというと、湿度の数字です。
通常、接着剤や塗料を塗った後に硬化する過程を「乾かす」と言います。それは文字通り、水分や溶剤を飛ばして乾燥させるからです。ところが漆の場合は、同じように「乾かす」と言いながら、実際は湿度を与えて硬化させます。そのため、金継ぎ師をはじめ、漆芸に携わる者は常に室内の湿度を気にしながら作業しています。
トロントは日本に比べ、年間を通して非常に感燥しています。特に冬は、外気が乾いているうえに、室内もセントラルヒーティングの影響を受けて湿度が10%台前半まで下がることもあります。そのため、作業中に漆が固まるということがあまりなく、基本的にとても作業しやすい環境です。
漆を硬化させる時は、密閉した空間に文明の利器であるヒーターと加湿器をセンサー付きのコントローラーに繋いで入れて運用します。一般的に、漆に湿度を与えるための空間を漆風呂といったり室(ムロ)と言ったりします。
しかし、そんなトロントでも夏は湖が近くにあるため湿度が60−75%まで高くなることがあります。漆の硬化は60%後半くらいから目に見えて早まり、75%になると作業中にも漆の状態がみるみる変わっていきます。いわば、作業部屋そのものが巨大な漆風呂となってしまうのです。
とはいえ、漆は粘度が高いため、手を速く動かしてすぐ終わらせられるものではありません。唯一できることは、集中して手数を少なく、効率よく漆をつけてゆくことのみ。
夏は、今まで低湿度という環境に助けられてきた生徒さんたちが、より気を引き締めて作業に取り掛かる季節なのです。
季節の変化に翻弄されつつ、その都度対応を変えていかなければならないのは、天然素材ならではの大変さであり、面白さでもあります。金継ぎは、室内にいながらにして、漆を通して自然への感度が上がる営みでもあるように思っています。







