【トロント国際作家祭特別インタビュー】“暴力”を考えるために暴力を描く漫画『ヴィンランド・サガ』の作者 幸村 誠さん|トロントを訪れた著名人|特集「インタビューで綴る、文化の交差点 マンガ・アート・茶の世界」
かの地の名はヴィンランド―。コロンブスがアメリカ大陸を発見するはるか昔、現在のプリンスエドワード島にかつて存在し、ヴァイキングが上陸したと言われている土地がある。
このヴィンランドを舞台に11世紀のヴァイキングを史実をモデルに描いた漫画『ヴィンランド・サガ』の作者・幸村誠さんが、今年のトロント国際作家祭に参加された。
英語版が出版されるなど海外でも高い人気を誇る同作。この〝サガ〟(物語)はどうやって始まり、そしてどこに行き着くのか。幸村さんにたっぷりお話を伺った。
舞台は11世紀のヨーロッパ。最強と言われた伝説の戦士である最愛の父をヴァイキングに殺されたトルフィン。幼くして仇を討つため戦士となり戦場を生き場所にしながら、「本物の戦士とは何か」という問いを胸に幻の地“ヴィンランド”を目指す。戦争編、奴隷編、ヴィンランド編として描かれる。
『赤毛のアン』の地が舞台
ー作品を大変楽しく拝見しました。ヴィンランドを舞台にしようと思ったのはなぜですか?
かつてアメリカ大陸にソルフィン・ソルザルソンという若者のグループが上陸して、そこに定住を試みたという文献が残っています。実は彼らの上陸した地点は正確にはわかっていませんが、おそらくセントローレンス湾のどこかと思われています。その話を描こうと思った時、個人的な好みでプリンスエドワード島を選びました。その土地を舞台にすれば、取材とかこつけてかねがね行ってみたかった『赤毛のアン』のふるさとを見に行けるかもしれないという下心があったんです(笑)
ー『赤毛のアン』がお好きなんですね。
好きですね。僕が小さい頃にアニメ化されていたんですが、それがとても素敵な話で心に残っていました。だからその地にかつて存在していたとされるヴィンランドを描きたいと思いました。
ープリンスエドワード島に行かれたことはありますか?
ないんです。ないのに漫画を描いています。本当は3年前に行こうと思っていましたが、いざ取材に行こうと思った途端に新型コロナが始まってしまいました。やむを得ないので、オンラインでミクマク族という現地先住民の2人に取材をすることになりました。実は、作中の先住民のシャーマンと少女の名前は彼女たちがつけてくれたんです。2人のおかげでなんとかミクマク族の言葉を漫画の中に出すことができました。それができるかできないかがヴィンランド編の鍵だったので、なんとかなって良かったです。
ヴァイキングの暴力性を欲していた
ーそもそも、ヴァイキングの話を書こうと思ったきっかけは?
まだ私が20代だったころ、暴力について一生懸命考えなければいけないと感じた時があったんですね。当時は暴力の何について自分が書くべきなのかがまだはっきりしなかった。でも漫画を描いているうちにだんだん見えてきたのは、人間に暴力は必要なんだろうかどうかということを描きたいということです。
ー『ヴィンランド・サガ』は「暴力」をテーマにしていると伺いました。
ヴァイキングたちは暴力が日常的な文化になっている中で生きている人たちです。暴力が現代人よりもずっと身近な文化。僕はそういう世界観を欲していたので、まさにうってつけでした。他の船で押しかけて行って他の民族を殺して、金品を略奪するということが一切悪ではないという民族でしたからね。
ーむしろ英雄視されていますよね。
そうなんです。むしろそういう行為をして国へ帰れば、ヒーローになれるんです。今から考えるととんでもない民族ですが、彼らにはそれが当たり前だった。まさしく「暴力を描きたい」という僕の欲求に合致するモチーフでした。
ー残虐だけども、暴力を書くことによって逆に暴力はだめだということを伝えようと思ったんでしょうか。
かつては暴力というものを否定しようと思って漫画を描いていたような気もします。でもわからなくなってしまったんです。まさしく今の世界情勢なんかを見ていると、暴力はすべからくいけないと言うことが難しい時代になっています。侵略的暴力に対して、それに抗う暴力がありますよね。同じ暴力、人を殺すことに変わりはなくても、こっちの暴力は悪くてこっちの暴力は良いというふうに今の世の中はなってきています。これに強く異議を唱えることが非常に難しい。だから、描いていくうちにもしかしたら暴力は必要なことなのかもしれないという結論にいたるかもしれないし、はっきりと結論を打ち出せないのかもしれません。ただ僕は、当時あったはずの暴力を画面の中で再現しています。
ーいろんな経験を経て、敵討ちのためだけに生きていたトルフィンの心情に大きな変化があったように思います。その変化を通して伝えたいことがあったのですか?
歴史上実在したソルフィンがなぜヴィンランドに移住したのかということについて考えてみたんですが、暴力ばかりのヨーロッパ世界にうんざりしたからだと僕は想像しました。暴力的なヨーロッパやヴァイキング文化を離れて、平和な世界を作りたいと考えたのではないかと。だから彼がそう思う前に、彼を暴力にうんざりするほど暴力づけにする必要があった。暴力をよく知っている者こそ暴力について考えが進んでいるはずであり、暴力を否定するにも一度彼に暴力を体験させたかったんです。
やっと見られた先住民ゆかりの物
ー初めてのトロントとのことですが、どこか観光に行きましたか?
ロイヤルオンタリオ博物館(ROM)に行きました。本当に僕が見たかったものがいっぱいありましたね。カナダ先住民の身につけていたもの、服、カヌー、カヤックなど実際に見てみたいと常々思っていたんです。そういったものを見ることなく先に漫画でカナダ先住民を描いていたので、僕にとっては今まで描いてきたものがでたらめだったか合っていたかどうか答え合わせの時間のようでした。
ー答え合わせの結果は?
70点…それだと自分に甘すぎるので、60点というところでしょうか(笑)。今回目にしたものが、今後漫画の中にきっと反映されると思います。スタッフにたくさん写真を撮ってきてくださいと言われてきたので、ROMでは100枚以上撮影してきました。
ーこの物語がどう終わりに向かうのか、頭の中にすでに構想は出来上がっているんでしょうか。
あるような気がします。でもやっぱり迷ってもいます。描いてみるまで本当にわからなくて、ぼんやりとこうした方が良いという方向があるだけです。
ー主人公のトルフィンたちがこうなったらいいなという希望や願望はあるのでしょうか。
トルフィンが、というよりも、トルフィンたちヨーロッパ人とアメリカ・カナダ先住民たちの関係がこうであってほしいという望みはあります。ただ、歴史的事実を見れば彼らの関係は悲劇的に終わることを示しています。でもその事実を単に無視してハッピーエンドで終わらせることはどうしてもできない。だから悩んでいますね。漫画としての読み味は、みなさんに「ああ、読んでよかった」と言って最後のページを閉じてもらうことにあります。それを実現しうるのか、非常に難しいところです。悩みながらも頑張ってみたいと思います。
“誰にも敵などいない”臆病さが移ればいい
ー漫画の英語版が出版され、テレビアニメ版は動画配信サービス「NETFLIX」で配信もされています。海外の人に目にしてもらう機会も多いと思いますが、自分の作品が海外に出ていくことについてどうお考えですか?
自分が描いたものが民族を超えて喜ばれるということは、とても嬉しいことです。最近ちょっと物騒でこの先どうなるかわからない時代なので、なるべく「I have no enemies(『オレに敵なんかいない』というトルフィンのセリフ)」という気持ちになってくれる人が増えてくれるといいなと思っています。僕は平和主義だし臆病なんです。なるべく争い事をしたくないと思って生きています。でも争わない方向に臆病であれば、それは良いことだと思うんです。漫画を通して、そういう僕の臆病さがみんなに移ればいいなと思っています。
ー最後に読者へ一言お願いします。
そろそろ『ヴィンランド・サガ』の連載が終わろうとしています。どう終わるのか僕にもわかりませんが、精一杯がんばります。楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。
2000年にSF漫画『プラネテス』でデビュー。現在は講談社「アフタヌーン」にて北欧のヴァイキングを描いた『ヴィンランド・サガ』を連載中。同作は2019年にテレビアニメ化され、現在動画配信サービス「NETFLIX」でシーズン2まで配信している。2009年に同作で文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、2012年に講談社漫画賞一般部門を受賞。1976年生まれ。横浜市出身。