【国際交流基金 / 日加ファッション交流事業】『美意識と手仕事 – matohuのデザイン哲学について –』“伝統の美意識や手仕事から新しい服を作り出す”ブランド「matohu」服飾デザイナー 堀畑 裕之さん / 関口 真希子さん
“伝統の美意識や手仕事から新しい服を作り出す”
流行を作るのではなく、古くからある伝統や美意識を服を通して新しく表現しようとするブランド「matohu」。服飾デザイナーの堀畑裕之さんと関口真希子さんが立ち上げ、日本の美意識と手仕事をオリジナルで表したコレクションを国内外で発表してきた。
国際交流基金では、堀畑さんと関口さんをカナダに招き、トロントとモントリオールで、映画上映、一般向けレクチャーのほか、ファッション関係者とのミーティングを実施。彼らの服作りの哲学や実践の紹介を通じて、ファッションやテキスタイルを通じた日本文化紹介や日加のファッション関係者間のネットワーク形成を目的とした交流事業を行なった。
4月24日にはトーク・イベントが催され、「古いものこそが新しい考え方を教えてくれる」と語った2人。TORJAでもインタビューを通して、ブランドのコンセプトやその背景にある思いなど、2人の目指す服作りについて聞いた。
「身にまとう」と「待とう」
―「matohu」の由来を教えてください。
堀畑: 日本語の「まとう」からきていて、布で体を包み込む「まとう」と「待とう」という2つの意味を合わせました。「待とう」というのは、大量生産や廃棄が当たり前になった現代の消費のあり方に、ちょっと待ってじっくり考えてみようというメッセージを込めています。「美意識」と「手仕事」を主軸にし「日本の美意識が通底する新しい服の創造」をコンセプトに、文化、風土、長い歴史の中で人類が培ってきた大切な価値などから生まれるデザインをオリジナルスタイルで提案しています。美意識の部分では、かつて日本人が持っていた目線でこの世界を見つめたらどんな美しさが見えてくるのかということを考え、「日本の眼」というコレクションを発表してきました。
―おもしろいですね。「日本の眼」でどんな美意識を取り上げてきましたか?
関口: 最初のコレクションのテーマは、平安時代の貴族女性がまとった十二単の「かさね(重ね)」でした。重ねを表現するために、冷たい春の1日を桜色のブラウスと冷たい凍りついたさざ波のスカートで表現したり、冬のイルミネーションで色が黄色から黒色に変わる風景をグラデーションのプリントで表したりしました。
堀畑: 最後のコレクションとなる17回目は、「なごり(名残り)」をテーマにしています。終わりゆく名残りに次の季節の初花を合わせることで、季節の移ろいを表現することができます。
関口: 「なごり」コレクションは2018年3月末に開いたファッションショーで発表しましたが、ショーの最後にモデルに春の桜の花を持って登場してもらいました。その日東京で冬の名残りの雪が降る中、春の桜を持つ女性たちは花そのものでしたね。
大量消費の時代に真逆の価値を
―その後に新しいコレクション「手のひらの旅」を始めたきっかけは?
堀畑: 2018年のショーで、ランウェイの観客がみんな携帯のカメラで撮影するのに忙しくて目の前にモデルがいるのに画面越しにモデルを見ていたんですね。それをSNSで発信したら次の日にはもう忘れてしまうんだと思います。現代は情報を含めあらゆるものが大量消費、大量生産され、地球が限界に来ていると感じています。
13年間ランウェイショーをしてきましたが、こういうこともあってショーを辞めることにしました。そこで新しい取り組みとして始めたのが「手のひらの旅」です。
―そんな経緯があったとは。「手のひらの旅」のコンセプトは何ですか?
堀畑: 手から出発して手に戻ってくるという旅で、私たちがアトリエを飛び出して日本各地を旅します。
各地で大切に続けられてきている伝統的な手仕事とコラボし、現代の感性でもう一度見つめ直して実際のものづくりのプロセスやその土地の自然、歴史、食などをドキュメンタリー形式の映像で発信しています。
ショーではモデルが目の前を1秒で通り過ぎるだけにすぎませんが、映像では長い時間をかけて生み出されてきた手仕事の意味を丁寧に伝えることができますし、そうすると大量消費、大量生産と真逆の価値を多くの人に伝えることができると考えました。
関口: 津軽地方の「こぎん刺し」という、近年失われつつある民間の刺繍の模様を服に取り入れたのが最初のコレクションです。
その後、徳島県の藍染めや山形県鶴岡市のシルク産業なども取り上げてきました。
地震が起きた地 輪島塗とのコラボ
―「手のひらの旅」の最新コレクション(12回目)は、石川県輪島市に関するものだと伺いました。
関口: 輪島塗の塗師である赤木明登さんとコラボレーションを考えて、昨年末から下見や話し合いを進めてきました。しかし1月1日に地震が起きてしまって、結局全部作りきれなかった部分もあります。それでも漆塗りのボタンを作っていただくなど、作品として完成させることはできました。
―例えばどんな服を完成させたのですか?
関口: 日本海をイメージした波の柄もあれば、輪島の海岸の小石を「乾漆」という漆工の技法でかたどったボタンなどもあり、冬コレクションのコートなどにしました。また地震を経て作った柄もあって、失われたとしても、ものづくりに生かすことで留めておけるようなものを柄に取り入れようと考えました。
そこで、私たちの以前の店近くにあった樹齢150年のクスノキが切られるということもあり、それをスケッチして短いボレロジャケットや長着にしました。
※長着(ながぎ): 和でも洋でもない新しい服の提案として作られ続けてきたmatohuオリジナルのデザイン。
―今回もショートムービーを制作したのですか?
堀畑: いつもはロードムービーのような映像を発信しますが、今回は地震のために旅ができなかったので金沢に避難している赤木さんとの対談のような映像を作りました。その中に良いメッセージがたくさんあります。自然の力は人間にとって破壊のように見えるけれども、それは全体から見れば創造的な力なんだと。工芸は機械製品と違ってそういう自然の力や恵み、いわゆる人間が簡単にコントロールできないようなものからできるからこそ、自然を受け入れて従っていくことが工芸的なものの見方であり生き方なんだとおっしゃっていました。ぜひ映像を見ていただきたいです。
愛おしさを感じる1着にしたい
―「ファッション」とはどういうものだと考えていますか?
堀畑: 私たちは自分たちを「ファッションデザイナー」と言わないようにしているんですね。自分たちは服飾デザイナーだと考えていて、それは流行を作ったり追いかけたりすることが私たちのしたいことではないからです。
私たちは服の表現を通して伝統的な価値観を新しく更新したり、失われつつある手仕事をもう一度新しい形でみんなと使ってみたりということをしたいと考えています。
―では、ファッションは「流行」そのものということでしょうか。
堀畑: そうですね。私たちはお客さんから「服が古くならないですね」とよく言われます。流行の服というのは一瞬の切り花みたいな世界ですが、私たちは根が張って花が咲くようなことがしたいんです。
花は毎年繰り返し咲きますよね。そのように当たり前に繰り返されるものの中に、真実の新しさがあるのではないかと思っています。季節が巡ってきてその服を着た時に、買った時と同じ、あるいは新しい気持ちで袖を通して生活を共にできるような服にしたいです。
―素敵な考え方ですね。そういう思いでブランドを続けている中で、服のどこに注目してほしいと考えていますか?
堀畑: 実際に着ていただくのが一番だと思います。服は見るものではなくまとうものです。着た時の布の感じや重さ、温かさや涼しさなど、見た目だけではわからないメッセージや感覚があると思っています。
関口: 生地に触れることも大事ですが、服を作る技術や人を私たちは伝えたいです。服の持つ背景や文化、歴史も伝えることで、もっと1枚の服に愛着が湧くといいなと思いますし、長く着ることで楽しんでいただけることもあると思っています。
堀畑: 私たちは、歴史を通して持続してきたものからもう一度大切なメッセージを学び直すという時代に生きていると思います。手仕事というのは作った人の姿が見えるものですし、服は植物や動物の命から作られているということも考えると、服の使い捨てはできないし愛おしさを感じられます。そういったものを作り、伝え、選び、買い、そして大切に使うという循環ができたらと思います。
matohu (まとう)デザイナー 堀畑裕之 関口真希子
「日本の美意識が通底する新しい服の創造」をコンセプトに2005年に設立。
東京コレクションに参加し、日本の歴史やコンセプト、伝統工藝などを駆使した作品を発表。現代日本を代表するブランドとしてプレスや海外のメディアから、高い評価を受けている。また表参道スパイラルや金沢21世紀美術館、熊本現代美術館などで展覧会を開催。2023年、matohuの物作りに迫ったドキュメンタリー映画『うつろいの時をまとう』(三宅流監督)がモントリオール、ロンドンなどの映画祭や日本各地で上映。第二十七回 毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。第四十六回 繊研賞受賞
著書
『言葉の服 おしゃれと気づきの哲学』堀畑裕之(トランスビュー 2019年)
『工藝とは何か』堀畑裕之・赤木明登共著(拙考 2024年)