カナダでゲーム屋三昧 #005
なぜ今お笑い芸人が中国語を勉強するのか
先日桃井かおりが停滞する日本の映画産業について語っていましたが(http://jp.blouinartinfo.com/news/story/894679/tao-jing-kaoriting-zhi-sururi-ben-ying-hua-ye-jie-nituiteyu-ru)、「沢尻エリカはBitch」とのコメントの切れ味の鋭さに、個人的に震撼しておりました。渡部謙、浅野忠信、桃井かおり、菊池凜子、名だたる日本の俳優がいまハリウッド映画への登場回数を増やしています。今日は「コンテンツの海外展開」のお話。映画俳優とコンテンツにどんな関係がって?ユーザーからみればテレビも映画も音楽もゲームも本も、お茶の間にすわって他人の表現を(文字でも映像でも音楽でも)消費するものは皆「コンテンツ」です。有吉の辛辣なコメントも、小島よしおの体をはった奇態も、一つのエンターテイメントであり、細木数子がマツコデラックスに入れ替わったとて、それは定番キャラというコンテンツの消費の一環なのであります。
本当にこの10年でコンテンツ産業は様変わりしました。その一番大きいのは「パッケージメディア(=パブリッシャー)の死」です。いままでずっと作る人(ディベロッパー)/売る人(パブリッシャー)は完全な分業体制でやってきました。歌手/レコード会社、俳優/TV局・映画会社、芸人/吉本、作家/出版社。作り手は売り手がきっちり売ってくれるから創作活動に専念できていたのです。でも皆同じものを好まなくなったこと、ネット普及でテレビみたいに何百万人がみなくてもニッチなコンテンツへアクセスできるようになったことなど様々な理由で、とにかく「売る人が一元的にパッケージ(包装)したコンテンツ」が急激に値崩れしてしたのがこの10年の結果です。この10年で雑誌や音楽CDは半減に近い落ちをしており、マンガ・書籍も落ちてます。映画・アニメでもなんとか微増、唯一増えているのは我らがゲームのみ、という状況。
これは革命的な変化でした。「先生、ぜひその高名なるお筆を!」とばかりに出版社が考えた内容をワイハで波のせせらぎを聞きながら筆を流していた作家先生たちも、本が全然売れなくなったせいで、出張費は削られ、ホテル代なんて自腹です。作家でも歌手でも「とにかく売れるんだから、いいコンテンツだけカネ積んでも確保しろ」とばかりに売り手がじゃぶじゃぶに接待していた時代から一転、彼らの言うがままに作っても、作り手にとってうまみのない時代がやってきました。コンテンツに飽きたわけじゃないんです。映画もゲームも昔のように面白いですし。ただ「今までの売り方」がダメなんです。
売れなくなると、どうなるのか。売れない限り、創るコストも賄えない。ハリウッド映画が100億、200億円といったお金で作るのに対して、日本映画は今500万円とか2000万円とかってお金しかかけられてません。邦画市場が小さくて、1億円もかけてしまうと必ず赤字、という状態なんです。ゲームもGTAなど250億円なんてお金をかけて作られる映画のような時代になりましたが、今の日本だと大作でもよくて数十億円。これが世界中60億人を相手にできる北米大手企業と、1億人相手の日本企業との差です。金をかければかならずしもいいものになるわけではないんですが、だからといって金がかけられないといいものになる可能性はさらに低くなる。結局人生カネよね、という場末なコメントが聞こえてきそうですが、残念ながら世界はおカネでまわっています。製薬業界が生命にかかわる病気の治療薬よりもハゲとかインポテンツを熱心に研究するのと同じ原理です。
売り手の変革を待っていられない作り手は、自分で生き筋を探し始めました。いままで売り手によって阻まれていたユーザーとの接点も、様々なテクノロジーがつないでくれるようになりました。全国何千店とある量販店・ショップにわざわざ営業しなくても、Appleストアにポチッとゲームを流すだけで、あっというまに売れるようになるのです。自然と作り手は「よりおカネになる広い市場」にむけて自分自身を変え始めています。ピンチはチャンス、とはよくいったもので「新しい売り方」をする作り手は急激に成長しています。Youtubeで5秒間の歌を流し続けて注目を集め歌手デビューしたカップルもいますし、「ブラックジャックによろしく」の漫画家は無料でネットに流したらたった半年で100万ダウンロードで荒稼ぎしたなんてこともありました。
ここらへんは今僕自身がモバイルゲームの開発をカナダでやっているのと同じことが、映画でも芸人でもマンガでも、同時代で一斉に起こっていることなのです。いまは売り手と作り手の区分がなくなり、作る側も先生商売ではなくユーザーの手元のエンタメ接点まで覗き込んで、マーケティングとディベロップメントが一体になる時代なのです。「楽しまれ方が分かっている作り手」であることが成功要素であり、バンダイナムコがあえて高コストな北米拠点に居を構えたのにもその理由があります。1983年ダウンタウンが東京に進出してから吉本が日本各地を征服したように、違う文化圏に向けてコンテンツを調整して売るために変革的な動きをする必要があります。今田耕司など吉本芸人が、今中国語を勉強しているという話を聞きました。言語はエンタメ商売にとって最大の難敵です。言葉から入らなければ、決してその味わい方を理解することなどできません。
なぜ日本コンテンツの海外展開は遅れたのでしょう?これは単純に「日本市場が豊かすぎたから」に他なりません。世界68兆円のコンテンツ市場で米国に次ぐ12兆円という世界2位の日本市場は、まさに日本語の壁で海外のコンテンツに障壁を作り、ひっそりゆたかに暮らせる土地を囲い込んでくれてきました。ただ緩く衰退するその市場にぶらさがりつづけるか、完全バトルロワイヤルな英語での世界市場に乗り出すか、今まさに作り手が究極的な選択肢に直面しているのです。ただこれは日本の1/4の市場しかない韓国がまさに15年前に通った道です。背水の陣で一気呵成に世界を攻めた韓国は、いまやTVドラマコンテンツで世界を席巻しています。同じことは、我々にも出来るはず。あとは覚悟だけ。ということで背水の私にエールをください。
中山 淳雄
1980年宇都宮市生まれ。2004年東京大学西洋史学士、2006年東京大学社会学修士、2014年Mcgill大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)を経て現在 はBandai Namco Studios Vancouer. Incに勤務。コンテンツの海外展開を専門に活動している。著書に『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版:第四回日本修士論文賞受賞作、2007年)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書、2012年)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHPビジネス新書、2013年)、他寄稿論文・講演なども行っている。