カナダでゲーム屋三昧 #007 Uber-体験が新たな雇用を生む
私はもともと大学卒業後、リクルートグループの派遣会社で営業をやっておりました。当時の会社のミッションは「雇用創造」、一人で180人もの派遣スタッフを管理しながら、毎月20から30の新規ポジションを「取りに行き」、毎月10人以上もの新しいスタッフの採用に結びつけていました。当時はこの「取りに行く」というのがとても大事で、人事の担当者は1日に2人・3人もの新しい人材派遣の営業マンが訪問してきており、はっきりいって営業過剰、もう来ないでくれと門前払いを食うといったことも日常茶飯事。そんななかで「自分」という営業を売り込んで、なんとか「実は探しているけど埋まっていないポジション」を探しては工夫して人材の売り込みをかけておりました。3年ほど営業をしていましたが、当時まわった1000社以上もの会社、そこに紹介した500人強のスタッフ、そしてクレームの嵐のなかをひたすら土下座でのりきった日々は社会人の一歩目として変えがたい体験でした。
そこでの経験で得られた一言、「仕事をつくるって尊いなあ」ということ。そんな自分が、その後コンサル会社やIT企業を経験し、いまゲーム会社に入りましたが、日々出張するなかでハッとするようなサービスに出会いました。Uberというサービスをご存知でしょうか。「タクシー配車サービス」という地味な事業ではありますが、2009年設立後たったの5年間で100カ国以上に広まり、世界中の投資家の注目を集め、500人の会社についた価格が$18B。これは日本企業でいうとソニー、日本電産の時価総額と並びます。
このサービスは何が画期的だったのか。それは「早い、安い、気持ちがよい」です。はっきりいって、こんなにもサービスが違うと、なぜ従来のタクシーを使う必要があるのか全く分からないレベル。昔、馬車が車に切り替わったときだって、こんなに明確な違いではなかったのではないか?と思うほどタクシー体験をがらりと変えてくれました。
まずアプリを立ちあげ、目的地を入れ、費用概算と到着時間が出たところで、注文のワンクリックで呼びます。クリック後周辺にいるDriverにメールが飛び、手をあげた人が指定ドライバーになります。指定ドライバーが決まったら、その人の顔写真と★(これまで乗車した人達がつけたスコア)が携帯に送られてきます。そして数秒単位で車が移動している様子もわかるので「あれ、迷っちゃってるねこの人」みたいなこともわかります。電話番号もあるのですぐ道を教えられますし、対応とか★でドライバーが気に食わなければ断わることもできます。
ドライバーは到着すると、まず第一声。「Hey, Are you Atsuo?」ドライバーも僕の登録情報があるので、名前を知っている状態です。何より驚くのが、僕の★もあります(これまで乗せたドライバーがつけたスコア)。「人気のない乗客」はドライバーも嫌厭するため、なかなかつかまりません。選ぶ側も選ばれる側も「過去の履歴」という平等な指標があり、スコアが悪くなるとドライバーでいられなくなるため、きちんとサービスをするしお客も正しく振る舞うインセンティブがあります。これまで乗った10人が10人とも、間違いなくしゃべります。10分のときも3時間のときも、ずーっとしゃべってました。なぜUberをはじめたのか、自分の評価はいくつだ、とか。話している間に目的地につきます。支払いはいりません。すでに登録したクレジットカードで引き落とされ、チップも自動的に払われています。ガッチリ握手してグッバイ、するとメールに領収書が届いています。距離と時間で自動計算された料金なので一切疑いの余地がありません。そして通常のタクシーより2-3割安いのです。恐るべし。
ドライバーも自分の車さえあれば、登録は遠隔で出来ます。支給されるのはiPhoneのみ。普通のタクシーではあがりの5割とかが収入でしたが、Uberは「顧客との通信インフラとプラットフォーム」ということで2割のみ。8割が収入になりますし、1日$200-500の稼ぎになります。それが故に、実は本題ですが過去タクシードライバーと縁がなかった人々がこの事業に参加しているのです。過去10回乗車したので、統計をとってみました。10人のドライバーがいて、過去タクシードライバー経験者はたったの2人。その国籍も「米国、スペイン、ポーランド、チリ、ウズベキスタン、台湾、モロッコ、ケニア、エチオピア、ウズベキスタン、台湾」と様々。さらに驚くべきはその職業、「警察官、大学教授、音楽教師、IT会社経営者(これマジです)」。彼らは「タクシードライバー」と呼ばれることを嫌がり、「これはPersonal Space Serviceだよ」と言う。何より驚いたのは米国出身の元大学教授は、体に障害をかかえており、仕事に困った矢先にUberに出会ったのです。経済学を教えていた彼は、ただ車の免許をもっているだけの自分が、休日の暇なときにこうして新しい客人と数十分の一時を過ごすことが本当に愛おしいと語っておりました。
Uberはサービスというよりは「体験」でした。移動は移動であるかぎり、効率化以外の目的を持ちません。ただこうして誰か新しい人と話す体験、という思いがけない商品になったことで、「タクシーに乗る楽しみ」という人生で初めての世界が切り開かれました。それ以来Uberの虜だったのですが一度タクシーも使ってみたら、VISAカードは使えないとぎゃあぎゃあ騒がれた挙句、チップが足りないと言われ、しかも高いし、最悪でした。雇用を生むためという目的でつくられたサービスではないけれど、かつ安全性という意味では課題もあるサービスですが、ソーシャル機能のつなぎ込みでお互いにインセンティブがあれば、ゲーム理論のような理想的な世界が生まれるのかもしれません。公表はされていませんが、Uberを使った2013年消費総額は1000億円と言われ、一日$100売上と年間勤務100日で換算すると10万人もの雇用をこの1年で生み出したことになります。メインテーマの「遊び」とはだいぶ趣が異なりましたが、とても感動したサービスだったので特別編ということで取り上げてみました。
中山 淳雄
1980年宇都宮市生まれ。2004年東京大学西洋史学士、2006年東京大学社会学修士、2014年Mcgill大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)を経て現在 はBandai Namco Studios Vancouer. Incに勤務。コンテンツの海外展開を専門に活動している。著書に『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版:第四回日本修士論文賞受賞作、2007年)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書、2012年)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHPビジネス新書、2013年)、他寄稿論文・講演なども行っている。