【料理人など日本食の担い手の永住権問題を危惧】カナダにおける日本食文化・ 日本食レストランの未来はあるのか?QLSeeker Canada Inc. 移民コンサルタント 上原敏靖氏に聞く|ニュースの別視点【第三弾】
この15年の間において、カナダにおける日本食はブームを超え、その人気と浸透は高まるばかりである。読者の皆さんもご存知のように、寿司、和食、ラーメン、うどん、スイーツなど多種多様な日本食レストランが多くオープンし、トロントやバンクーバーなどの大都市では多くの日本食レストランが、ミシュランガイドの星に輝くなど注目を浴びている。
訪日観光客は増加傾向にあり、いわゆる食通は最高級の日本料理や文化に触れ、訪れる多くの人は日本の幅広いフードカルチャーに触れ、味わうことで今後もさらに魅了されることは間違いない。
一方でいま、カナダにおける日本食の未来に危機感を感じている人も多いのをご存知だろうか。主には日本食レストランの経営者や現在お店で働く従業員、これからカナダで働きたい職人などだ。
日本食文化を伝えていく料理人や日本食の担い手となる人材の永住権が非常に難しくなっている現状では、経営者は更なる店舗展開や後継者選びも困難になり、また料理人やお店をオープンしたい飲食人も永住権がなければ将来を描くこともできない。それは、このまま今のビザを取り巻く環境が続けば、多くの先代が築き上げてきた日本食文化を正しい形で伝えていく人材がどんどん減っていき、大袈裟に言えば和食の技術や文化を習得し継承する日本人の人材がゼロに近くなってしまうという危惧だ。
海外における日本食は今や最高の外交コンテンツでもある。日本の国益にもつながる日本食、また日本とカナダ両国にとって交流の発展にも貴重な役割を果たす日本食。
その担い手のために現状抱えている問題と、どのような突破口があるかなどを移民コンサルタントの上原敏靖氏(QLSeeker Canada Inc.)に聞いた。
ーまず全体概要からお話伺わせてください。日本人を含む移民希望者の永住権取得のハードルが高くなり、なかなか昔のようには永住権取得が容易ではなくなってきたと聞きます。全体としてどのような状況でしょうか?またその背景にはどのようなことが挙げられますか?そうですね。現在は非常に厳しいと思います。連邦政府のエクスプレスエントリー登録者は年々増加しており(Figure 1)、永住権申請のインビテーションを取得するためのカットオフ(最低点)は、ここ半年500点を超えています。(Figure 2)500点というのは、まだ20代で大卒以上、高度な英語力を持ち、カナダで数年の職歴がある人でないと到達できないレベルです。これほどポイントが高くなったのはこのシステムが2015年に始まって以来のことです。結局登録はできても招待を受けられなければ永住権の申請に進めないので、就労ビザを更新しながらひたすらポイントが下がるのを待っている一時就労者が急増しています。この状況に至った背景としては、パンデミックの頃に渡航規制で国外から移民者を受け入れられなくなったため、カナダ経験クラス(CEC)でエクスプレスエントリーに登録していたほぼ全員にPR申請のインビテーションを発行したり、カナダ一時滞在者のためのTR-PRパスウェイプログラムを作ったりしたのですが、これが大量のバックログを作り出す結果となりました。
そのため1年近くエクスプレスエントリーの一般ドローが停止し、プールで待機中の人がどんどん増えていき、2022年7月の再開直後からカットオフが大幅に上がってしまいました。さらに昨年7月にはフランス語が堪能な人と、カナダで人材不足が顕著なヘルスケア、建設、STEM、農業、運輸セクター限定のドローが行われるようになり、そのあおりを受けて飲食業を含むその他の職種の申請者が脇に追いやられてしまいました。
ーありがとうございます。今回は飲食業界に特化してお話を伺わせてください。
飲食業界で永住権取得は困難か?
ー貴社は数多くの日系飲食企業のビザも取り扱っております。就労ビザは比較的変わらず取得が可能な印象ですが、実際にいかがでしょうか?
その通りです。特にパンデミックを契機に飲食業界での就労が極端に敬遠され、パンデミック後も状況がほとんど改善されなかったため、政府の就労ビザのルールは大幅に緩和されました。現在も飲食業界のCAP(職場におけるクローズドの就労ビザ保有者の割合)は30%(従来は10%)まで認められており、ケベック州では賃金レベルに関わらず3年の就労ビザが発行されています。ただ、昨今の住宅不足の一因として、留学生や外国人就労者の急増に矛先が向けられているため先々厳しくなる可能性はあります。
エクスプレスエントリーと州の推薦プログラム(PNP)
ー飲食業界、特に料理人などの就労ビザ保持者が永住権取得を目指すケースも多いと思いますが、どのようなビザカテゴリー(申請方法)や手段が具体的にあるのでしょうか?
以前は英語の最低要件を満たせる方はエクスプレスエントリー、そうでない方は英語力を必要としない州の推薦プログラム(PNP)を使って永住権を取得していました。エクスプレスエントリーの施行当初は、クローズドの就労ビザを持って働いていれば、それだけで600点獲得できたのでほぼ永住権取得は確実でした。
その後このポイントは50点に減らされたのでやや厳しくなりましたが、連邦スキルドトレードクラス限定のドローが年に2回ほどあって、その時は飲食業をはじめとするトレードの職種の申請者だけが対象になるので、カットオフが低くなりインビテーションを受けた方も多かったと思います。しかし、パンデミックが始まってからはこのスキルドトレードの枠も事実上消滅してしまいました。
オンタリオ州のPNPは、飲食業の申請者に極めて不利な状況に
一方、オンタリオ州のPNP(ジョブオファーストリーム)は申請者が急増したことから、2021年4月より先着順からポイント制に変更されました。このポイント制では新たに英語力もファクターに加えられ、セールス、サービス業界の職種のポイントが低く設定されたため、飲食業の申請者に極めて不利な状況になりました。また、昨年は連邦政府と足並みを揃えてヘルスケア、STEM、建設などの特定の職種限定ドローばかり行われていたので、飲食関係で招待を受けた人はゼロだったと思います。
ー実際に取り扱ってきたケースの中から、飲食企業側(オーナーなど)や永住権取得希望者において、永住権に向け懸念点などは具体的にどのようなものを聞きますか?
また、現実的に永住権取得が難しいとされる、移民希望者に立ちはだかる問題はどのようなことが多いでしょうか?
飲食業のオーナーからはどうしたら従業員を移民させることができるのかという相談を受けることが以前よりも頻繁になっているのを感じます。日本からシェフを採用する場合に、就労ビザの先にある永住権もある程度保証できないと辞退されてしまうこともあるようです。また、あるオーナーからはトロントやバンクーバーはどう考えても厳しいので、どこかよその州か遠隔地に移民目的のレストランを作ってそこに移動させるのはどうか、という話まで出ています。
エクスプレスエントリーは30歳を超えると年齢ポイントが減少し始め45歳を超えると年齢の持ち点がゼロになるので、カナダでの職歴をいくら重ねても永遠に移民できないではないかという懸念、もともと移民を視野に入れてカナダに移住したにもかかわらず先が見えない状態から鬱になる従業員の方もいらっしゃると聞きます。
つい最近もこれまで数回就労ビザを更新してきた30代前半の方ですが、永住権取得の目途が立たない中、熟慮の末に日本への完全帰国を決められました。とても将来を嘱望されていた方だったのでオーナーにとっては痛手だったと思います。
ー飲食業界において総じて一体どのへんが問題になっているのでしょうか。また、カナダ政府に対して、何をどう変える可能性があると事態が改善するのか、上原氏のご見解をお教えください。
飲食業は永住権保有者でなくても一時就労者でいくらでも置き換えがきくという考えなのでしょうか。例外は最近ホスピタリティーセクター向けの特別プログラムを発足したアルバータ州だけです。オンタリオ州では、ヘルスケアやITに比べると飲食業界で貢献されている一時就労者の永住権取得へのパスは、軽視されている印象が否めません。トロントを本当に魅力的な国際都市にしたいのであれば、ミシュランレストランを多数かかえ、豊かな食文化を提供できることは欠かせないと思うのですが。
しかし、結局期間限定の就労ビザのままでは身分は不安定で将来設計が立てられず、家族を持ったりモーゲージをとって住宅を購入したりすることの足かせになっています。長年同じ職場で働く就労者は、オーナーにとってはほとんど家族同然の関係になっていることも多いと思いますが、永住権のステータスを持っていないためにいつか別れなければならないという不安があります。とても過酷な状況だと思います。
上原氏からの提案
1. エクスプレスエントリーのポイント配分の見直し
現在、年齢ポイントの最大はシングルの方の場合29歳までは110ポイント、30歳以降は毎年4、5ポイント減少し45歳でゼロになります。一方、カナダでの職歴のポイントは毎年8ポイントから13ポイント加算されますが、5年間でマックスの80ポイントで打ち止めです。飲食業界に限らずカナダで長期就労した人が年齢ポイントを失うことなく有利に職歴ポイント加算できるようにポイントシステム自体の見直しを期待したいです。これは法改正を経ずに大臣の裁量で可能なはずです。
2. 長期就労者に対するパブリックポリシー
永住権取得が極めて難しいと言われる日本でも、「10年以上日本に在留し、かつ、就労資格・居住資格をもって5年以上在留している」と永住権の申請資格を得られるということです。
カナダでもオンタリオ州のGTAでは、オーバーステイの建設労働者で過去5年継続してカナダに居住し、そのうち少なくとも3年の就労要件を満たしていると永住権を申請できる特別なポリシー(2024年7月2日もしくは、1000件の申請書受付上限に達したらクローズ)があります。このポリシーの主旨は長期にわたりカナダの経済に貢献し地域の労働市場ニーズを満たしてきたことに対して、合法的なステータスを与えるということです。移民・難民保護法の25・2条(Humanitarian Compassionate Consideration)がその法的根拠となっています。
*長期就労者に対するパブリックポリシーについて、詳しくはこちらから➡ https://www.canada.ca/en/immigration-refugees-citizenship/corporate/mandate/policies-operational-instructions-agreements/public-policies/permanent-resident-out-of-status-construction-workers-gta-extension.html
GTAのオーバーステイの建設労働者だけが優遇されるのではなく、長期にわたってカナダに経済貢献をしてきた飲食業界の〝合法的な〟就労者に対してもこれと同じ主旨で永住権を申請できるパブリックポリシーを検討していただきたいと思います。
3. 連邦スキルドトレードクラスのドローの復活
実はこれがもっとも実現のためのハードルが低いと思いますが、前述したように連邦スキルドトレードの要件を満たしているエクスプレスエントリー登録者限定のドローが以前行われており、その時のカットオフスコアは一般ドローに比べて低くなっています(2020年8月6日:415ポイント、2019年10月16日:357ポイント、2019月5月15日:332ポイント)。
昨年から建設セクターのドローが始まったので10の職種はそれでカバーされていますが、スキルドトレードクラスが対象としている職種は飲食業(クック、シェフ、ベイカー、ブッチャー)を含む広範なものとなっています。この職種グループが現在全く日の当たらない状態になっており、高度な英語力や学歴を必要とするスキルワーカーと同じ土俵で戦わなくてはいけないのはどう考えても納得がいきません。
QLSeeker Canada Inc. 上原敏靖氏
qlseekerWebサイト
2003年にQLSeeker社を設立し日本人のビザ・移民サポートを開始。投資移民、エクスプレスエントリー、各州のPNP、ファミリークラス、LMIA、ワークパーミットを中心に多様なケースを扱っている。 2004年カナダ初のコンサルタント規制団体(CSIC)に入会し資格認定試験作成委員を務める。現在はThe College of Immigration and Citizenship Consultants(CICC)(#R420631)及びCanadian Association of Professional Immigration Consultants(CAPIC)(R11401)の会員。Commissioner for taking affidavits in Province of Ontario for Citizenship Act and Immigration and Refugee Protection Actを取得。ファミリークラスやPRカード更新申請却下に対する訴えを行う The Immigration and Refugee Board of Canada(IRB)でもクライアントの代理人資格を有する。