不動産 四方山話|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明
カナダ、アメリカ、日本の不動産市場を見ていると潮の変わり目を感じ、実に興味深い状況になってきている。今回はそんな不動産市場を頭に張り巡らしながら肩が凝らない話題を振ってみよう。
私と不動産の運命の出会いは大学1年の時、不動産屋の親友に付き合い受験した宅建に合格してしまったことだった。正直、不動産にはまったく興味もなかったし、あんな物件情報がベタ張りされている不動産屋のオヤジのようにはなりたくなかった。
しかし、就職した会社もまずかった。建設会社で、しかも当時、宅建を持っている社員が限られていた。当然のごとく、私の名前は本社玄関の表示板に宅地建物取引主任者として会社の社長と同列に並ぶことになった。そうなると否が応でも不動産ビジネスが自分の専門となってしまう。25歳以降、2年半の秘書時代を除き、今日に至るまで不動産の仕事に携わってしまうきっかけになったあの親友の「お前も付き合えよ」の一言がなければ私は今頃、丸の内か六本木あたりを闊歩していたのかもしれない。
私がバンクーバーに着任した時、不動産関係で一番驚いたのが一般人の引越しの多さである。当時、ある統計に4、5年程度で一度引越しをすると出ていた。この数字の信憑性は今でも疑問であるが、一生の間に5-10回程度の引越しはしているだろう。もちろん、日本人も転勤族ならば当たり前だといわれそうだが、こちらの人は転勤がないのにもかかわらず引越しをするのである。
考えてみれば日本の実家に行けばその近隣に住んでいる人は私が幼少の時と比べ、歳をとった以外は変わっていない。日本人は家を購入する際、一生の住処(すみか)という発想をする。住宅メーカーの広告も「住処」という表現を使うがそれは、一般的には定住地であり長く住むことを前提とした表現である。なぜかといえば日本人が農耕民族であることを指摘しておこう。つまり一箇所に定住し、環境に耐え忍び、自然と適応することを前提とすることを先祖代々、教え込まれているのである。
一方、欧米は一般に狩猟民族である。狩猟とは獲物がいるところに向かう、あるいは食料を求めて移動を重ねることでその生を維持する。そこには住処という発想はなく、常に今の満足であり、10年後の満足を担保させるものではない。つまり、多くのカナダの人も自分のライフスタイルに合わせ、独身時代、新婚時代、家族が増えた時代、エンプティネスターになった時代などに合わせて家のサイズ、住環境を変えるのである。
カナダのコンドミニアムには修繕積立金の比率が日本やアメリカに比べ低い。いやそれだけではない。月々の管理費も往々にしてぎりぎりの予算計上しかしていない場合が多い。理由は高い管理費は居住者から不人気だからである。言い換えれば自分たちは10年住まないのだから10年後のメンテコストとなるような費用は払いたくないという住民の声が健全な予算編成を阻むのである。
この発想はコンドミニアムライフが普及してきたカナダでは危険である。なぜならば多くのコンドミニアムは明らかに建物のメンテナンスが不足しており、結果としてとんでもない問題が発生し、高い代償を払う結果となっている。管理組合は往々にしてデベロッパーが質の低い建物を作ったと責め、時として不毛な訴訟に挑むケースも見られるが、実に残念な話である。
さて、アベノミクスに湧き上がる日本に目を転じよう。私は最近あちらこちらから「日本の不動産、どうでしょうか?」と聞かれるのだが、返事に窮している。答えはケースバイケースである。
日本の不動産を論じるには大きなファクターを押さえ、自分が考えている不動産がそれらのファクターにどう影響するか判断せざるを得ないと思う。私が現時点でファクターと称するポイントは、アベノミクスによる金融バブル、円安による海外からの不動産投資資金流入、日銀のREIT買い支え、2015年からの相続税アップ、少子高齢化、ネットビジネスの大衆化、ITや技術の進捗による事業効率化、ライフスタイルの変化、そして容積率の緩和傾向であろうか。
これだけ並べられると、だからどっちなのか、とお叱りを受けるだろうが、逆にこれだけのことを考え合わせなければ不動産など語れないのである。
少なくともいえることは日本には限られた土地しかないという嘘をまず忘れて欲しい。日本に二階建ての家しか建築できないのならこれは正しい。が、今、40階建てのマンションはごく普通に建築されている。空に向かえば土地は無限に広がるのである。
原則的には人が集まるエリアの不動産は上がる要素が多い。一方で相続税が払えなくて木造の一軒家を泣く泣く手放すとしてもわずかな金額にしかならない、ということもある。今、日本から聞こえるのは80年代バブル再来を期待する向きだがそんなことが起きるわけはないだろう。
バンクーバーの不動産ブームもずいぶん前に終焉した。売るチャンスを失い、しょうがなく保有している人も多いであろう。不動産ブームは国家レベルでの需要のマグニチュードが高まらないと起こりえない。残念ながらバンクーバーにはそれは当分来ない。そして、トロントもその方向にあるように見える。ただ、ボトムラインとして私がいつも言っているのは10万ドルの家でも100万ドルの家でも住んでいる限り一軒の「住処」であり、価格がいくらだろうと関係ないと考えたほうがよさそうである。少なくとも自分の城として快適な空間を維持できれば価格がいくらであろうとも幸せなのではないだろうか?
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、(株)青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模集合住宅開発事業に従 事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を推進し完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場 管理事業、カフェ事業など多角的な事業展開を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。