伊藤恭子・在トロント 日本国総領事公邸にて日本酒のペアリングディナーセミナーが開催|メイド・イン・ジャパンでカナダを攻めろ!
2月26日、伊藤恭子・在トロント日本国総領事公邸にて、日本文化と日本酒の知識をカナダでより広めることを目的とした日本酒のペアリングセミナーが開催された。セミナーの司会は、日本酒の専門家であり、全世界で僅か78人のみという「酒サムライ」の称号を2018年に得た、マイケル・トランブレー氏が務めた。和食のコース料理は、伊藤総領事の料理人を務める渡辺シェフによって振る舞われ、日本でも馴染みの深い日本酒や、カナダでは滅多に手に入らない日本酒が揃い、幅広いラインナップの日本酒との絶妙なバランスを考慮した和食のマリアージュに舌鼓を打つ夜となった。
セミナー冒頭で挨拶に立った伊藤総領事は、マイケル・トランブレー氏について「日本の市民や文化を守ってきた侍のように『酒サムライ』達は現在の日本文化を守る侍とも言えるだろう」と述べた。食前に振る舞われた、目前の東京オリンピック2020での乾杯酒でもある豊国酒造「豊久仁スパークリング」については、一足先に乾杯酒をトロントで楽しんでほしいと述べた。また、今回のセミナーでは、トランブレー氏が選抜した日本酒の5つの基本味覚にバランスよく合わせた料理をシェフが用意したので、伊藤総領事による料理の説明とトレンブリー氏による各日本酒の説明を受けながらペアリングを楽しんでほしいと述べ、挨拶を締めくくった。
「酒サムライ」とは、日本酒酒造青年団体からなる「日本酒造青年協議会」が結成した「日本酒を愛し育てるという志を同じくするものの集い」として、文化を広く海外に発信していくための団体である。日本酒を中心とした日本文化を広く海外に発信し続けており、「日本の美しい文化を愛し日本酒を愛する」、「日本酒文化をより深く理解し、その発展に尽くす」、「情熱と誇りをもって、日本酒を広く世界に伝える」の三か条を掲げている。
「酒サムライ」の中でも極めて熱心な一員であるトランブレー氏は、過去20年間を日本酒の知識への学習に費やし、現在も日本酒の魅力を世界に広めるために精力的に活動している。トランブレー氏は、カナダ国内で最大の日本酒のラインアップを持つ高級ジャパニーズ・フュージョンレストラン「Ki Modern Japanese Restaurant + Bar」のHead National Sake Sommelier(日本酒ソムリエ)を務めており、オンタリオ州初の“Advanced Sake Professional(上級日本酒プロフェッショナル)”でもある。
2007年から日本酒部門(Sake Category)が設けられた、イギリス・ロンドンで毎年4月に開催されるワインコンペティション、「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」の審査委員長を4度務めており、トロントで開催された「インターナショナル・サケ・チャレンジ」の司会を務めている。
カナダの暮らしの中に取り込む日本酒、その魅力
トランブレー氏は、日本酒にまだ親しみのないオーディエンスにも分かりやすいように日本酒の原料となる水、米、麹菌と酵母についての解説を行った。大吟醸酒、純米大吟醸酒、吟醸酒、純米吟醸酒、本醸造酒、純米酒などの日本酒の分類については、精米歩合、麹歩合、アルコール添加量などの日本酒の製法の違いにあることを説明した。
日本酒の風味に関しては、心白(しんぱく)と呼ばれる米の中心部を使うことで、雑味のない日本酒を作り出すことができ、周りを削る程香り高く「Umami(うま味)」成分が高くなると説明した。日本で生産される日本酒全体の7割である「普通酒」と呼ばれるものは、麹歩合が15%より低いものを差し、うま味成分は低いが価格帯も手頃で初心者にも手が出しやすい。アルコール添加無しの純米酒は、磨いた米を長時間発酵させ、特有のアロマを有するよう醸造されているため値段が高くなる。
トランブレー氏は、日本はその独特の気候風土により各地で料理や日本酒の味わいが大きく異なるが、その違いが地域のアイデンティティ形成に貢献していると述べた。また、日本酒もその豊かな自然の恵みの結晶であり、原料米や、日本酒の成分の約8割を占める軟水の性質も、日本酒の風味を大きく左右する要素であると説明した。
日本酒の特殊性と、「Umami(うま味)」について
日本酒の魅力の一つは燗しても良く、冷やしても美味しいという点にあるとトランブレー氏は述べた。日本酒は、他の酒類と比較すると飲用温度が5℃~55℃位と幅が広く、温度によって風味が大きく変化するため全世界でも極めて珍しい「カメレオン的なお酒」だとトランブレー氏は説明した。通常、シェフは料理とお酒のペアリングを行う場合、5つの味覚(酸味、甘味、苦味、塩味、旨味)を考慮してペアリングを組むが、ワインはバランスを間違うと料理の味を大きく損ねてしまう可能性がある中、日本酒は料理の風味を邪魔せずに、味を引き立てるお酒であるとトランブレー氏は述べた。
カナダでもメジャーな呼称となった「Umami(うま味)」は、アミノ酸のひとつであるグルタミン酸塩の味を指しているが、日本酒は様々なお酒の種類の中でも特にうま味成分が高いお酒であるそうだ。日本酒は温めるとアミノ酸の旨味が増強し、更にうま味成分が上がる。欧米の食材でもうま味成分が高いのは、パルメジャーノチーズとドライトマトだそう。観客はトランブレー氏のレクチャーに熱心に聞き入り、5つの味覚を考慮することで、カナダの暮らしの中にも気軽に日本酒を取り組むことができるという発見がある貴重なレクチャーとなった。
和食と日本酒のマリアージュ、意外な組み合わせも
食前酒には、第11回インターナショナル・サケ・チャレンジ(純米大吟醸部門)の金賞を受賞した「純米大吟醸 鳳陽」が振る舞われた。優しい香りと心地よい切れ味が魅力の日本酒だ。
続いて、塩見の効いた枝豆に添えられたのは、繊細でキレのいい「越乃寒梅 灑 純米吟醸」。優しい風味のほうれん草の白和えとだし巻き卵の前菜には、山田錦を40%にまで磨き上げた、最高峰の純米大吟醸酒「太平山 純米大吟醸 天巧」が振る舞われた。
特に好評だったのは、揚げ魚の南蛮漬けと、群馬県館林市の江戸時代から続く老舗蔵による山田錦50%精米を使用した「龍神 純米大吟醸 山田錦」の組み合わせだ。日本では居酒屋やレストランのお通しとして定番の南蛮漬けだが、柔らかな酸味と心地よい甘味を感じるフルーティーな日本酒に、南蛮漬けの甘酸っぱさが見事にマッチしており、あちこちで組み合わせを褒め称える声が上がっていた。
マグロと鯛の刺身には、上品で優しい香りの「南部美人 純米吟醸」がセレクトされ、この組み合わせはトレンブリー氏が一番気に入ったペアリングだそう。日本の家庭料理である野菜のうま煮には、繊細で洗練された風味の「大七 箕輪門 純米大吟醸酒」がマッチし、にがうりとおかかの炒め物には2018年に「全米日本酒鑑評会 2018」で準グランプリを獲得した「作 穂乃智」がペアリングとして出された。
また、ジューシーな和牛ステーキには2017年に「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」で金賞を獲得した、低温で長い年月をかけて柔らかく熟成した「出羽桜 特別純米 枯山水 10年熟成」がマッチ。心地よい熟成香が残る出羽桜の枯山水は、通常の枯山水の3倍以上熟成されており、ゲストの酒ソムリエが二杯目のグラスを頼む姿も見受けられた。
ブルーチーズとクリームチーズの味噌漬けには、国産青梅を長期間熟成させ、ブランデーとハチミツで味を整えた芳香な味わいの「梅香百年梅酒」と、日本のスーパーやコンビニでお馴染みの、1972年に日本で初めての生原酒缶日本酒として誕生した「ふなぐち菊水」が振る舞われた。濃厚でリッチな日本酒は、意外な程チーズにマッチしており、ワインとチーズという鉄板の組み合わせを思わせるペアリングだ。日本酒にまだ馴染みがない方でも手軽に自宅で挑戦できるのではないだろうか。
デザートの軽やかな食感の抹茶ティラミスには、凝縮された米の甘みが楽しめる、甘口の「日本盛琥珀の贅沢」がマッチ。食後には、樽で熟成させることでスコッチのような個性的な香りを持つ「焼酎柳田ミズナラ」が振る舞われた。
総領事のご主人、クロード・イトウ氏は「出羽桜 特別純米 枯山水 10年熟成」と和牛のペアリングが群を抜いて印象的だったと述べた。
ワイン愛好家とソムリエ向けの雑誌、Vintage Assessmentsの編集長、マイケル・ヴォーギャン氏は、日本に5日間滞在した際に、同じ日本酒でも温度で風味が大きく変化し様々な料理にマッチする日本酒に感銘を受けたそうで、ペアリングセミナーについて「複雑で洗練された日本酒の魅力を発見することができた素晴らしい夜」と述べた。
ラジオCHIN AM1540のホストであり、日本酒のソムリエであるカルメン・チャン氏は、特に揚げ魚の南蛮漬けと「龍神 純米大吟醸 山田錦」の組み合わせと、やはり和牛とのペアリングが素晴らしかったと述べた。
他ゲストからは「日本酒の全く新しい体験」などと高い評価を得ており、大盛況の中セミナーは終了した。
取材・文=菅原万有