大麻合法化の 背景や狙い、そして期待|特集「カナダ・マリファナ合法化」
何十年も続いてきた法律の歴史的変化に国中が興奮し、国際的にも関心を呼んでいるカナダでの嗜好用大麻の合法化。2001年から医療用マリファナの使用が合法化されているが、娯楽目的の大麻を国全体で認めたのはウルグアイに続き2番目となる。10月17日から施行され、今後の影響やそれぞれの州、国としての様々な課題も非常に注目を集めている。
日本で知られる大麻・マリファナは、カナダではCannabis、Weed、Marijuana、Potと呼ばれている。
太古からマリファナは薬物書や医学書に記載され、様々な国で薬用植物として広く使用されてきた。大麻に含まれる成分カンナビノイドは、医薬品原料として国際的に注目され研究が広がり、19世紀後半から20世紀初頭にアメリカ南部に供給され始め、その頃から喫煙の習慣も広まったと言われている。
一方、アメリカではマリファナ課税法後、メキシコ国境の町など主にアメリカの黒人やヒスパニック系の人々の間で吸われていたマリファナに対し、その治安を背景に人種差別的に問題視され始め、政府や世論でマリファナが麻薬で危険なものであるという偏見が定着していき、大麻取締法が制定され、それが国連の国際条約になったことから世界規模でマリファナの栽培や使用が禁止された。
ジャスティン・トルドー・カナダ首相の公約・施行決定までの道のり
合法化の道のりはトルドー首相が約5年前に自由党の党首選に出馬した時に遡る。2013年ブリティッシュコロンビア州でサポーターに向けトルドー首相はマリファナの合法化に前向きな姿勢を見せ、連邦首相選挙の活動の際にも「現在の方法では逆に何百万ドルを幾度となく犯罪や犯罪グループの組織化に注ぎ込む結果に繋がっており、違法薬物戦争(War on Drugs)に対処できておらず、マリファナの税化と規制が、子供の安全を守り、身体への悪影響を防ぐ方法である。」と述べている。
2015年にはカナダ総選挙で勝利し、首相選当選後も大麻を合法化へと進めるべく、「カナビス合法・規制化のタスクフォース」と名付けられた委員会が国会で発足され、特定の州ではなく国全体での解禁を決定した。
そして2017年4月にカナビス法(The Cannabis Act (Bill C-45))が提出され、2018年6月に当法が制定、10月17日の施行が決定した。
医療大麻の合法化
カナダでは、1923年に大麻の所持が違法化されたが、当時カナダで大麻について聞いたことや見たことがあるという人口はかなり少なかったという。マリファナの所持で実際に逮捕されたという案件が発生したのも所持が違法化されてから約10年後であった。
カナダでは90年代後半に裁判で、医療目的でのマリファナへのアクセスが必要だとされ、2001年に同目的のみで大麻使用が合法化された。
また、マリファナ所持違法の法律自体もマリファナが北米社会で一般化していたことから軽視されており、処罰を強化し始めると止まりがないことと、罰金と服役の刑は重すぎるということから政府は70年代にマリファナ調査委員会(The Le Dain Commission of Inquiry)を設置した。しかしそれらの委員会からの提案は実際に取り入れられず何十年にも渡りこの法律が変わることはなかったが、2000年代に入ってから少量の所持での重い処罰を見送る案件などが一般化した。
ネガティブイメージと人種差別
マリファナという言葉自体も人種差別的にネガティブで偏見の意味を含んでいるとして、英語ではカナビス(Cannabis)という言葉が使われる傾向にある。
また、これまでマリファナが娯楽的目的で取り締まられてきたことによってこれに関連する逮捕が相次いだが、それらの影響に一番合ってきたのが原住民を含めた人種的マイノリティである。
北米での統計では、大麻を使用する割合に人種の大差はなく、例えば白人と黒人のマリファナ使用・購買の割合はほぼ同じであると示されている一方、その中で刑罰の対象になるのは人種的マイノリティとのことだ。アメリカでは、2001年から2010年にかけてアフリカ系アメリカ人の大麻所持による逮捕率は白人よりも4倍近くに上ったという。
トルドー政権が発足してから2017年始めまでのカナダでの大麻所持による逮捕数は5万6千以上だが、アメリカ同様にカナダでもその逮捕率が人種化されていることが近年少しずつ明らかにされてきている。
2017年の調べによると、トロントで前科なしの黒人がマリファナ所持で逮捕される割合は、似た経歴の白人よりも3倍高いという。また、2015年から2017年前期にかけて、ノバスコシア州の州都ハリファックスでは、黒人は白人よりも5倍以上、サスカチュワン州の州都レジャイナにおいては、原住民が白人よりも9倍近く多く逮捕されている。
先住民イヌイットが準州全人口の80%以上を占めるヌナブト準州や、先住民人口が全体の約50%のノースウェスト準州などカナダ北部に位置する準州ではマリファナ関連で逮捕される割合が、その人口比で比べると他の南部の州よりもはるかに高く、マリファナの違法販売で逮捕される割合が南部の州に比べて8倍以上も高いことが分かっている。
そもそも大麻はカナダでどれほど人気?
National Cannabis Surveyによると、2018年第1四半期・第2四半期ともにカナダでは過去3ヶ月内に15歳以上の人口のうち約16%となる460万人が大麻を使用したと報告した。内訳は19%が男性、12%が女性であり、90%の男性、81%の女性が乾燥した葉・花を使用したのに対し、食用として使用した男性が26%、女性が41%と少数であった。
また、歳が若いほどその使用率が高いことが分かっており、15歳から24歳が33%、25歳以上が13%だ。また、過去1年間にマリファナを使用したと認めた人口は18%(2017年9月)だった。
Statistics Canada(2015年)によると、調査に参加した15歳以上の1万5154人のうち44・5%が大麻の使用経験が1回以上あると示している。
そして15歳以上のマリファナ使用人口の割合は、今年の第2四半期の調べで、ヌナブト・ユーコン・北西準州が高く、州別でみるとノバスコシア州が21%と高く、オンタリオ州は18%という結果だった。
また、昨年のデータによると、一人につき20グラムに近いマリファナを使用しており、推定で57億ドルを費やしていることがわかった。
大麻の歴史
・警察への制限
また、トロント警察署の警官は予定された職務の28日内に娯楽目的でマリファナを使用することが禁止される。これは、一度マリファナを使用してから認識能力や決断能力、運動神経など何らかの形でその影響下にある時間がおおよそ28日という現時点の科学で明らかになっていることが根拠であり、職務中にその影響を防ぐためである。しかし、今の時点で抜き打ちの薬物検査などが行われることはなく、このポリシーを警察官に強制することは事実上できない。アルコールに関するポリシーと同様に、それぞれの職務に適している状態でいることを確実にしたいと署長らは述べている。
・市民の健康
The Cannabis Actの中では、マリファナ使用による市民の健康への影響やリスクなど市民、特に若者の間でマリファナについての教育や意識を高めることが約束されている。連邦政府は、これから5年の間で460億ドル近くを一般のマリファナ教育や意識向上のための機会に充てることを発表した。これを通してマリファナの誤った使い方や知識を正し、安全をもたらすことができる。
ポジティブな影響
「War on Drug = 薬物戦争」
これまではブラックマーケットが活発で、容易に未成年者などが入手可能な状況だったことから、違法薬物戦争への対策としてポジティブな効果が期待できる。合法化で販売規制を強化し未成年者のアクセスを制限することで、ブラックマーケットの撲滅や、マリファナ関連のギャング系の暴力犯罪の減少などが想定される。
ブラックマーケットでは、フェンタニルなど中毒性の高い薬物が混ぜられていることが多々あり、使用者は知らず知らずのうちに大麻とともに摂取していることも少なくない。合法化を通して製品の質や安全の規格を設定することで、被害を防ぐことができるという。
「薬物に関する逮捕のうち、半分以上が大麻所持違反」
大麻関連の逮捕のうち80%以上が所持違反ということで、合法化により司法機関の重荷を減らし、他の違法薬物や深刻な課題に力を入れて取り組むことができるようになるとされる。
「経済効果」
カナダに住む人は2017年の1年間だけで医療と娯楽目的を合わせて費やした額は57億ドル(約4900億円)にも上る。使用者1人当たりの金額は1200カナダドル(約10万3千円)と、ほとんどはブラックマーケットに流れている。合法化により、政府は10%の物品税、もしくは1グラムにつき1ドル、どちらか高い方を払うように設定している。さらに州ごとの税を課すことも認めている。
アルバータ州では大麻製品に10%の税を課すが、マニトバ州は課していない。また、連邦政府は、最初の2年間は物品税収入の75%を各州に引き渡すことを約束している。
「マリファナ産業のグリーンラッシュ」
現在、マリファナ産業全体では 800億ドルにも上り、世界中からの投資ブームも起きている。
大麻の研究や製品開発に取り組む「Canopy Growth Corporation」は、単体で150億ドルの価値があり、国際的なアルコール飲料会社「 Constellation Brands Inc.」は38億ドルを投資している。
また、「Canopy Growth」や「Aurora Cannabis」「Cronos Group」は、ドイツなどの国を相手に医療用マリファナの供給の契約に成功するなど、これからカナダの大麻企業は世界を代表する大麻研究・開発の中心になることが期待されている。
「自由選択」
マリファナの購買・使用ついて個人の自由で選択できるため、カナダはさらなるレベルの自由選択ができる社会へ一歩前進したと言われている。合法化を通して様々なシーンで世界の良い例になれるという意見も多く見られる。
ネガティブな影響
「健康面」
カナダ政府によると、短期的な影響としては混乱や不安、めまい、酩酊、心拍数の増加、眠気を起こしやすくなるという。短期的な反応時間や流暢性、記憶力にも影響が見られ、物事を忘れやすくする他、集中力の低下が考えられる。また、特に統合失調症を患う患者は妄想や幻覚などの症状が見られやすくなるという。特に11歳から17歳の遺伝的にその素因がある若者にとって大麻が統合失調症を引き起こすきっかけになりうる可能性もある。
アルコールは比較的短い時間で体内からなくなるが、大麻はおよそ4週間ほど身体に残ることが明らかになっている。毎日使用すれば脂肪成分として身体に蓄積されていくという。他にも思考能力や決断判断能力、IQの一時的低下が考えられている。
違法薬物の麻薬やコカイン、ヒロインなどのような化学的に引き起こる中毒性はなく、タバコやカフェイン、アルコールほど強力な中毒性はないものの、中毒性が決してないわけではない。強力なわけではないが、使用を急にやめるとイライラしやすくなったり、睡眠が難しくなる症状が見られている。
「大麻が誘発する犯罪増加の可能性」
マリファナ影響下での運転は国全体で禁止されているが、“High”の状態の運転で事故が増加するのではという懸念の声も上がっている。また、大麻がさらに強い影響のある違法薬物への道に繋がるのではないかなどの意見もある。
特に原住民コミュニティではこの問題が多く発生しており、それにも関わらず連邦政府からの支援が少ないという声がある。原住民コミュニティや貧困が蔓延した地域では大麻や薬物の乱用、中毒が目立ち、うつ病など精神的な病気に苦しむ市民が多い。
しかしながら、そのようなコミュニティには保健所や医療センターが無い・少ないというのが現状で負の連鎖が起きてきた。そこで実際今年9月に連邦政府は、黒人コミュニティの心の健康のためのプログラムに一千万ドルを充てることを発表し、改善に取り組んでいる。
「処罰のターゲットになってきた人種的マイノリティ」
今まで所持など大麻関連で不公平に逮捕されてきた特に黒人、原住民などのマイノリティに対しての恩赦はまだはっきりと決定していない。黒人や原住民コミュニティ、司法の権利擁護者らはその必要性を長い間求めており、政府はこの問題に対し解決案を出していくことが必要だ。
トルドー政権が何年にも渡って力を注いできた、世界中でも大きな注目を集めているカナダでの大麻合法化。健康面や社会問題でネガティブな要素があるものの、国内経済面や医療面、市民の安全や違法薬物戦争対策などポジティブな影響があることも確かだ。偏見にとらわれない社会づくりや大麻の可能性をさらに研究していくことは特に政治、産業、医学界で最も求められている。