盛らないSNS、「本流」とカウンター|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第96回
先日、イギリスのスターマー前首相が16歳未満のSNS利用を全面禁止すると発表しました。これは、オーストラリアを皮切りに、フランス、スペイン、インドネシアと続く世界的な潮流です。子どもたちへの悪影響、中毒性、精神的な健康への懸念が事実として認められる以上、それは当然の問題提起だと思います。
少し前にも、このコラムでSNSをめぐる複雑な感情について書きました。世界を分断しているのは国境ではなく、私たちの手の中にある数インチのスクリーンかもしれない。そして、自分自身が大きな潮流の中で、世界を悪くする方向に加担してしまっているのではないか、と。
本当に世の中の流れは早くなったもので、あれから状況はさらに動いています。
ただ、どの議論も「受け取る側」の話が中心です。発信する側の話は、あまり聞こえてきません。
そんなことを考えていたとき、「BeReal」というSNSの存在を知りました。フランス発のアプリで、ランダムなタイミングで通知が届き、その瞬間にフロントカメラとバックカメラで同時撮影して投稿する、というシンプルな仕組みです。編集もフィルターもなし。しかも通知から2分以内に撮影しなければならないため、そもそも「映え」を演出する余地がなく、リアルをありのままに共有する設計になっています。
世界で約4000万人が利用しており、日本でも若年層を中心に広がっているそうです。BeRealが注目される背景には、AIが生成するコンテンツが溢れる今、人間のリアルな日常そのものに価値が移りつつある、という必然もあるように思います。
ただ、SNSに疲れたZ世代が乗り換えている、という単純な話ではないようです。インスタで連絡先を交換し、仲良くなったらLINEへ、そして日々の飾らない日常を共有したい仲の良い友人とはBeReal、という使い分けが自然と生まれているようなのです。つまり、それぞれのプラットフォームが異なる距離感と役割を持ち始めているということなのでしょう。
であるならば、BeRealはInstagramやTikTokという「本流」があるからこそ、カウンターとして存在できるとも言えそうです。盛らないことの価値は、盛る文化があってこそ際立つということです。しかし、ニッチを取って採算が合うならば、これはSNSに限らずビジネスの勝ち方の一つの形だと思っています。
実は、ラーメン雷神もある部分でカウンター戦略を取っています。
経営戦略論の第一人者マイケル・ポーターは、何をするかではなく何をしないかを決めることが戦略の本質だと言っています。雷神もその考えを踏襲し、ハロウィンやクリスマスといった季節のスペシャルメニューは作らないと決めています。
スペシャルメニューは、開発に時間をかけた割に期間が短く、そこまで売れないという現実もありますが、それ以上に「やらないことを決める」という判断が、長期的な強さにつながると信じているからです。
また、基本的にイベントへの出店もしません。その代わり、日々の営業でしっかり集客力とクオリティを蓄えることにリソースを割いています。
BeRealが教えてくれるのは、引き算の美学なのかもしれません。
盛らない、追わない、演出しない。それでも届く人には届く。発信する側も受け取る側も、そろそろSNSとの付き合い方を問い直す時期に来ているのだとしたら、その問いはきっと、画面の外の商売にも同じように当てはまるのではないでしょうか。






