【日本茶の持続性のために海外輸出の道を切り開く】Hokusan Tea Canada社長 リッコ・オオサキさん|メイド・イン・ジャパンでカナダを攻めろ!
昨年11月末にトロントで開かれ盛況に終わった日本茶祭り。そこに、日本茶をカナダ国内に卸すサプライヤーとして出店した女性がいる。
「Hokusan Tea Canada」設立者で静岡県出身のリッコ・オオサキさんは、北米の茶協議会が主催する「Best Japanese Green Tea Award」にて2022年、2023年の2年連続優勝するほど認められた日本茶をカナダに紹介し続ける。
「日本のお茶業界を救うには輸出しかない」と切実に話すリッコさん。日本茶業界が直面する厳しい現状や日本茶ビジネスについて、さらにはアイデンティティーのお話まで伺った。
兄の一言で始めたビジネス
―どういうきっかけで日本茶サプライヤーとしてのビジネスを始めたのですか?
兄に誘われたのがきっかけです。私はもともと静岡で育ったので、お茶に対する親近感はありました。ある時、兄が日本茶インストラクターの資格を取り、日本から海外にお茶を輸出するビジネスを始めました。
当時私はカナダでスタートアップ企業のマーケターとして働いていたのですが、2019年に兄から「カナダにお茶を卸さないか」という話があったんです。未知の世界でしたが、まずは半年ほど兄の元で働きながらカナダのマーケットリサーチをしたところ、十分にポテンシャルがあると感じたので会社を立ち上げることになりました。
―どのようなお茶を扱っていますか?
一般的な日本茶、静岡や京都、福岡、鹿児島産のお茶を主に扱っています。煎茶、ほうじ茶、玄米茶などもありますが、私たちは主に抹茶、有機抹茶にフォーカスを置いています。お茶メーカーがハーブやスパイスなどと合わせてお茶を加工して他の会社やスーパーに卸すのが一般的ですが、私の会社はさらにその後ろにある日本茶のみを売るサプライヤーとしての役割を務めています。それに加えて、カフェやレストランにも卸しています。
―いつから会社として動き始めたのですか?
本格的に始まったのは、2020年にトロントで開かれたティーフェスティバルに出店した時からです。経験もお金もない状況でしたが、とりあえず兄が送ってきたお茶を売ろうと頑張りました。お客さんには良い印象を与えられたようで、実際に契約を取ることもできたのです。
でもその2週間後にパンデミックが始まってしまって、全てがキャンセルになりました。実はパンデミック1年目はお茶自体の需要が多かった時期ではありましたが、私のように実績もない会社と取引したいという人はあまりおらず、全く相手にされませんでしたね。とりあえずサンプルを持って回って、やっと2年目からは契約が取れるようになってきました。
―素晴らしい努力ですね。
でも良い流れが来ていたと思ったら、今度は日本からの物流がダメになってしまったんです。通常1ヶ月でトロントまで運ばれてくる予定だったものが、パンデミックの影響で半年かかってしまうというような新しい課題に直面しました。
それ以外にも山火事やストライキの影響など、私たちではどうにもできないことがたくさん起こりました。いろんなことがありましたが、現在は従業員が4人にまで増えて、会社としては4年目ですがビジネス的には1年目のような気持ちです。
日本で廃れつつあるお茶文化
―サプライヤーとして、日本にも頻繁に行きますか?
日本では茶市場に行ったり茶農家さんに会ったりしています。2021年の年末に日本に行った際には、静岡県や静岡市に今のお茶業界のリアルについてお話を聞かせていただきました。実際に話を聞くと、私が考えていたこととは全く違って日本ではあまりお茶が飲まれなくなっていること、日本のお茶業界がここ20年ほどでかなり深刻な状況になってしまっていることを知りました。お茶農家の高齢化や、日本人の食生活のグローバル化が急激に進み、コーヒー人口が緑茶人口を遥かに上回り、お茶文化が現代の日本人の生活から消えていっていることはかなりショックでしたね。静岡では後継者がいない茶農家は85%もいますし、なかなか厳しいです。
―あまり知られていない事実かもしれませんね。
そうですよね。そんな中、ご縁があって静岡で500年ほど続く茶農家さんを尋ねる機会があり、勉強のために半年間そこで茶農家の修行をさせていただくことになりました。始めの2ヶ月は土を手で肥やすことばかりでお茶さえ触らせてもらえませんでしたね。とりあえず土から基礎を作っていくという伝統のやり方を教えていただいて、すごく厳しい修行でした。ですが、お茶について自信を持つことができる機会になり、とても良かったと思っています。
アイデンティティーの危機を乗り越えて
―もともと静岡出身とのことですが、いつからカナダに住んでいらっしゃるのですか?
15歳の時にビクトリアに留学してからです。それから長くカナダに住んでいますが、実は昔、自分のアイデンティティーがわからなくなってしまったことがありました。
ビクトリアはトロントのような多様性のある地域とは言えなかったため、カナダの文化に自分を順応させるための努力が必要でした。だから、大学に進学したとき自分が何人なのかわからなくなってしまってアイデンティティークライシスに陥ってしまったんです。
カナダではカナダ人としてはなかなか認められないし、日本でもアクセントの違いやコミュニケーションの違いで日本人としても受け入れてもらえず、どちらにも自分は属せないんだと感じました。
―かなり深刻な悩みを抱えていたんですね。
そんなときに東日本大震災が起こって、2年ほど大学を休学してボランティアをしに行ったんです。東北は方言も強いし山の中でもあったので、まるで日本昔ばなしのような世界が広がっていました。そのとき、「あ、私は日本人だ」って思えたんですよね。ボランティアを通して日本の人を助けることで、自分のアイデンティティーを取り戻したというような感じがしました。今ではどちらのアイデンティティーも半分ずつだと思っていて、むしろキャラクターとしてユニークだし良いのではないかと思えるようになりました。
ホッとする時間を持ってほしい
―日本茶の魅力は何だと感じていますか?
家に来客があればお茶を出すという文化もありますし、やはり人と人を繋げるものだと思っています。瞑想する時にもお茶のカフェインによって集中力が高まり、お茶に入っているテアニンという成分が気持ちを落ち着かせる効果を持っているとされています。とてもストレスの多い社会に生きている私たちですが、そのストレスやノイズを消してマインドフルにホッとする時間を楽しむことが、メンタルサポートになります。
―確かに、お茶を飲むと気持ちが落ち着くのを感じます。
お茶を飲むことで、他のことを考えずにここにいるというホッとする時間を持つことができるんだということを知ってもらいたいです。また、1杯のお茶でさえ茶農家さんのたくさんの努力の塊でできあがっているということも伝えたいです。実は、お茶の木を植えてから茶葉を収穫するまで7年かかるんです。私も修行を通して強く感じましたが、雨の日も風の日も農家さんはお茶を作り続けています。その持続性を日本で残していくためには、もはや輸出という道しかないんです。実際、ここ数年でお茶の輸出量はかなり増えています。
―トロントでも抹茶系の食べ物や飲み物はかなり増えていますよね。
スターバックスの抹茶ラテの人気が一役買っていると思います。健康志向もありますし若者の間では抹茶が人気なので、実はカナダは抹茶の輸出量が世界5位以内、増加率では世界1位なんです。これから大きな可能性がある市場だと思うからこそ、皆さんに日本茶を飲んでいただく事が日本の茶産業を守る事に繋がるんだと伝えたいです。
―読者へメッセージをお願いします。
お茶を飲んでホッとできる時間を作ってみてほしいです。1人じゃなくてもいいので、ゆっくりお茶を入れて楽な気持ちになれる時間をみなさんにも持っていただけたら嬉しいです。
Rikko Osaki(リッコ・オオサキ)
静岡県静岡市生まれ。15歳で単身ブリティッシュコロンビア州のビクトリアへ渡り、トロントのヨーク大学へ進学。スタートアップ企業でマーケティング担当として勤務していたが、兄からの誘いで日本茶サプライヤー「Hokusan Tea Canada」を起業。2020年から静岡や京都などの日本茶、抹茶をカナダの企業やカフェなどに卸す。カナダで1番の日本茶サプライヤーになるという夢を掲げ、お茶関連イベントに参加するなど精力的に日本茶の魅力を伝え続けている。