第四回 「奥の松酒造」|女史が綴るカナダ日本酒歳時記|カドエンタープライズ・宮下清子

300年以上の歴史を持つ福島・二本松の老舗酒蔵「奥の松酒造」。出会いから現在までを語ります。本コラムの制作にあたり、奥の松酒造・統括部長の津島健様にご協力いただきました。伝統と革新を併せ持つ“奥の松らしさ”とは何か。その魅力を掘り下げます。


大吟醸(さくらラベル)との出会い
もう四半世紀以上前、桜が満開の京都で開催された「日本酒海外輸出推進会」の吟醸酒試飲会に参加したのが、奥の松酒造との最初の出会いでした。
当時の社長であり、急逝された前社長の奥様でもあった会長は、着物の似合う艶やかで威厳のある方でした。その場で「大吟醸(さくらラベル)」を一口いただいた瞬間、衝撃を受けたのを今でも覚えています。
奥ゆかしい中に真の強さがある。こんなに香り豊かな日本酒は初めてでした。鼻に抜けるフルーティーな香り、綺麗な余韻。「これはぜひトロントの皆様に飲んでいただきたい」と強く思いました。
その後は、歌舞伎鑑賞をご一緒したり、何度も蔵を訪ねたりと、家族のようなお付き合いをさせていただきました。そうした時間の中で、奥の松の歴史や精神を肌で感じる機会をいただいたのです。
二本松という土地、そして震災を越えて

福島県二本松は、約600年以上前に畠山氏が築いた城下町です。現在では東北の小さな町の一つですが、その長い歴史に育まれた文化が今も息づいています。また、日本有数の米どころであり、年間平均気温も低く、酒造りに適した土地です。
奥の松酒造は3.11の震災で比較的被害が少なかったこともあり、福島復興のために安定供給を続けようと努力されていました。震災後1年間は売上の一部を義援金として寄付もされています。
私は、震災後の福島の蔵人たちが、黙々と地道に再建へ向かう姿を見てきました。
当時はオンタリオ州でも風評被害が激しく、カナダ保健局が放射能検査を条件に輸入を認め、LCBOも再開し始めた頃でした。しかしメディアの揶揄やバッシングは厳しいものがありました。それでも、検査をパスした高品質な日本酒に、私たちの迷いはありませんでした。
震災から約3ヶ月後、東京の外国特派員協会で、福島県の酒蔵が外国人記者に向けた記者会見を行った際、私も参加していました。日本人記者からネガティブな質問が続く中、私は挙手をし、「現在の日本において、米一粒、使用される水や機材まで放射能検査をしてパスした福島の日本酒は、日本で一番安全な日本酒ではないでしょうか」と発言しました。
その瞬間、外国人記者から拍手が起こりました。会見後、参加していた蔵元の皆様と涙を流しながら喜びを分かち合ったことを、今でも忘れることができません。
世界で評価される、伝統と革新

遊佐社長は、「奥の松酒造は、伝統の技と最新技術の融合による最良の酒づくりという理念を持って酒造りに挑んでいます」と話します。
300年以上の歴史に培われた酒造りの技術を大切にしながらも、「新しくても良いものは積極的に取り入れる柔軟な姿勢」が、現在の評価につながっているのではないか、と語ってくださいました。

また、奥の松が目指しているのは、“誰にでも美味しいと感じてもらえる酒”だといいます。
「日本酒ビギナーでも、日本酒に詳しい方でも、素直に美味しいと感じる酒質を目指しています。奥の松のお酒を飲んで、日本酒を好きになっていただくことが私たちの望みです。奥の松は、一部の酒マニアのためだけに造っている酒ではありません」
海外では、日本酒にわかりやすい華やかさや強い個性を求める声もあります。しかし、その中で奥の松のような“飲み手に寄り添う酒”が評価されていることについて、2020年「現代の名工」に選ばれた殿川杜氏は「海外で評価されることは、自分たちの酒造りが間違っていなかったという証でもあります」と語ってくれました。
カナダの食文化と奥の松

現在オンタリオ州では10種類以上を展開しており、ミシュランレストランでは「十八代伊兵衛」、LCBOでは「大吟醸(さくらラベル)」「あだたら吟醸」「Aging Ginjo Dry」などが人気です。
福島の酒を、北米へ
奥の松酒造は、北米、特にアメリカ市場への展開を早い段階から進めてきました。現在も積極的な活動を続け、大きなマーケットを築いています。カナダでも、この十数年でブリティッシュコロンビア州、アルバータ州、ケベック州へと広がってきました。
オンタリオ州で25年以上販売を続けてきた私たちも、お客様のニーズを考えながら、これからもより一層努力を重ねて参ります。
■ 奥の松酒造
https://www.okunomatsu.co.jp/










