トロント日本映画祭インタビュー「さかなのこ」映画監督 沖田修一さん|カナダを訪れた著名人
トロント日本映画祭で上映後、ひときわ大きい拍手が会場を包んだ。魚類学者として知られるさかなクンの自伝をもとにした作品『さかなのこ』だ。
幼い頃から魚が大好きなミー坊は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。その変わったところを心配する父親と、信じて応援し続ける母親に背中を押されながら、ミー坊はのびのびと大きくなった。悩みうまくいかない日々が続くが、それでもミー坊はひたむきに「好き」を追い続ける。たくさんの出会いを経験しながら、ミー坊は自分の道を進んでいく。
舞台に登壇した沖田監督は「さかなクンをモデルにした映画を作るとなったときにずっと変わらずに魚が好きだという様子を表現したかったのです。猛烈に何かを好きになった人の映画を作りたいという思いがありました。周りはどんどん大人になっていくのに、ミー坊はずっと変わらず魚を好きでいる。なかなか生きづらいことですが、それが周りを影響していくんですよね
僕もずっと映画が好きでこうやって仕事にして映画を撮ってきているので、ずっと同じように映画を好きでいたいなと思います」と作品への想いを語った。
ー初のトロント、印象はいかがですか?
日比谷シネマフィスティバルで「トロント日本映画祭in日比谷」というイベントがあり、そこで私の作品を上映してくださったりしていたので、いつか訪れてみたいと思っていました。カナダ自体はじめての訪問ですが、いろいろ広くていいなあと思いましたね。昨日はケンジントンマーケットのレコード店を訪れたのですがこういう異国を訪れた時などはレコードを買ったりするんです。あとでそれで聴いたときに、その場所の様子を思い出したりするのが好きなんです。
ー『さかなのこ』のモデルとなったさかなクン、沖田監督、そして私もなんですが同世代なんです。だからかもしれませんが、作品の雰囲気が世代を感じさせてくれて懐かしい気持ちになりました。個人的にはケータイ電話が出てこないこともある意味新鮮でした。
黒と赤しかないランドセルとかね。実はカメラマンも同世代なんです。撮影は全編16ミリフィルムで行われていて、その独特な感じは前向きな物語とともに私たちの世代には懐かしく感じることができるんだと思います。
ーほか作品も含めて脚本も担当される監督ですが、脚本の面白みは取材にあると昔のインタビューで拝見しました。今回の『さかなのこ』の取材はいかがでしたか?
実際にさかなクンに会って、たくさん話を聞かせてもらいました。彼の自伝という原作はあるんですが、それをそのまま映画にするのではなく、話を聞いてそこで感じたことから物語を膨らませていきました。さかなクンの映画ではあるのですが、彼の自伝というよりは魚が大好きになったミー坊の映画として制作しました。この映画を見る子どもたちは、ミー坊のことをヒーローのように見てくれたらいいなと思っています。
ー自伝や映画をご覧になった人たちからは、さかなクンのお母さんの育て方や考え方に共感を得た方も多かったようですが。
さかなクンのお母さんの教育論も外せないところですね。もちろん実際にお会いしてお話を伺ったのですが、本当に明るく前向きな方でした。何かを好きで居続けるというのは本当に難しいことですけど、お母さんの存在があったからこそ、さかなクンがさかなクンでいられたのかなと思いました。なので映画でも欠かせないキャラクターとして描きたいと思いました。
ーさかなクンの配役にのんさんを起用されたことは話題になりました。当初からジェンダーレスなど時代の流れを意識した配役だったのでしょうか?
そこまでの構想は考えていませんでした。さかなクンは日本だとあまりにも有名で、男性を起用してしまうとモノマネになってしまうかなとは思っていました。でも、何かを猛烈に好きになった人をテーマとした映画を作るときに、男性とか女性とかはあまり大事な要素じゃないような気がしました。さかなクンの自伝をただ再現するのではなくて、映画にしかできない表現がしたかったんですよね。さかなクンのことを知らない人にもそのテーマが伝わるようにしたいと思いました。のんさん自身は中性的な印象があって、絵を描いたり音楽をやったりと、キャラクターや人間的な面でさかなクンとちょっと似ているところがあります。実際、のんさん主演というアイデアがあがった時にすごくみんながワクワクしたんですよ。どんな映画になるんだろうって。
ー監督自身も撮影や脚本など映画の世界をずっと追求されてきています。ご自身でさかなクンに似てる部分を感じたりしますか?
どうでしょうね、自分ではよく分からないんですが、学生の頃からビデオカメラで遊んでいたことがありました。たわいもないビデオ遊びだったんですけどそれが面白くて。今日は何撮ろうかって考えるのが楽しくなって、次は音楽入れてみようとか編集してみたらどうなるんだろうって。それで今度は脚本書いてみようとか、そうやって広がっていった感じでしたね。そして、できたものを人に見せたりと繰り返していたら映画に辿り着きました。そしてそれがだんだん仕事になったというわけです。
ー映画の中に「普通って何?」っていう問いかけがありました。多様な現代社会の中においてこれほどストレートな問いかけはないと思うのですが、監督にとって「普通」というのはなんだと思われていますか?
好きなことだけをやり続けていたいけど現実はそう簡単ではないですよね。今の社会では生きづらさを感じてしまうときもあると思うんですよね。誰もがさかなクンになれるわけじゃない、なれなかった人だっていっぱいいると思うんです。そういうことも描けたらいいなと思いました。時代の流れとともにランドセルがカラフルになっていったように、好きなことを選択できることが当たり前になっていくようなそんな世界観を映画にしたかったんです。そう考えるとさかなクンは最初から「普通」を知っていたんじゃないかなって思ったりもします。自由でいいじゃないかっていうことが普通になるといいなって、さかなクンを見ていて感じました。
僕は羨ましいなって思いましたよ。こんなに好きなものを好きだっていいながら生きていくのって気持ちいいだろうなと。さかなクンってテレビで見てるまんまなんですよ。メールにも「ギョ」って書いてあったりして、それは僕もびっくりしましたね(笑)。
ー監督自身がおすすめしたいこの映画のポイントを教えてください。
「ずっと変わらない気持ち」を観てほしいですね。そして映画の中には貴重なお魚がたくさん登場します。お魚ファーストで撮影した作品なので、そのあたりも楽しんでもらえたらと思います。
『さかなのこ』観客Q&Aハイライト
さかなクンは魚が好きなのに魚を食べるんですか?
A. お子さんからよく聞かれる質問ですね。さかなクンは、人は他の生き物の命を食べないと生きていけない。だからお魚に感謝して食べられるところは残さず全部食べます。だから「いただきます」を言おうね。これがさかなクンの答えでした。
魚を撮影するときのエピソードは?
A. 魚が動く雰囲気、魚の気持ちを感じながら撮影するという不思議な撮影でした。カブトガニは本物ではなくて裏にラジコンがついているんですが、本当はそんなに動きません(笑)
この映画のテーマは?
A. 周りはどんどん大人になっていくのに、ミー坊だけがずっと変わらず猛烈に魚が好きでいる。それはなかなか生きづらいことです。でもそれが周りを影響して、結局自分の人生に返ってくるという話にしたいなと。僕もずっと映画が好きでこうやって仕事にして映画を撮ってきているので、ずっと同じように映画を好きでいたいなと思います。
映画のストーリーからの推測ですが、ミー坊の両親は離婚されているような雰囲気です。それは特に描写などありませんでしたがなぜですか?
A. 省略することの良さもあると思いながらいつも試行錯誤しています。今作はミー坊から見たら、両親の離婚は魚ほど重大なことじゃないというか。ミー坊が思った印象や感じ方を表現できたらと思いました。
次のプロジェクトは?
A. 原作のないオリジナル企画を始めています。世代の違う女性3人の友情の物語を考えているところです。それぞれの世代の人が自分の物語を描こうとする話を映画にしようと思っています。それが完成して、またここで上映できたら嬉しく思います。