「鈴木クロスカップリング」で知られる、鈴木章北海道大学名誉教授インタビュー
有機ホウ素化合物を用いたクロスカップリングで2010年にノーベル化学賞を受賞
ノーベル化学賞を受賞した鈴木章北海道大学名誉教授による「有機ホウ素化合物のクロスカップリング反応:炭素結合をつくるための簡単な合成法」と題した講演が、3月19日にトロント大学にて行なわれた。鈴木教授はパラジウム触媒を用いて有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物を結び付けるクロスカップリング(通称:鈴木クロスカップリング)を発見、2010年にノーベル化学賞を受賞されている。
今講演会は日本科学技術外交推進の一環でトロント総領事館がトロント大学と共催で催行したもので、学生や研究者を中心に集まった聴衆たちは鈴木教授によるクロスカップリングの解説に熱心に耳を傾けていた。
今講演で初めてトロント大学の教壇に立った鈴木教授に、鈴木クロスカップリングについての解説、次世代の日本の科学について伺った。
北海道大学名誉教授
聴講者たち
発見から約30年後にノーベル化学賞を受賞。
人々の生活の中で応用される「鈴木クロスカップリング」
化学にもいろいろな分野があって、私は有機化学という有機物に関する研究を行っています。有機物というのは、炭素が結合してできたもので、ダイヤモンドや炭といったものからテーブルやプラスチックなど、日常生活のいたるところに存在しています。
炭素を結合するというのはとても面倒な作業です。有機物を作る一つの方法としてクロスカップリングがあるのですが、一般的にある有機金属化合物(炭素とメタルの化合物。炭素とマグネシウムなど)と有機ハロゲン(塩素やシュウ素など)化合物とをある条件で反応させると、C-C結合ができ有機化合物が合成されます。この場合に反応しやすくするために溶媒が用いられるのですが、有機金属化合物というものは非常に活性が強く、水などが不純物として溶媒に入っていると、水と有機金属化合物が反応し、分解してしまうのです。そのため、水を完全に除去するということが必要条件となるのですが、この作業がとても難しいのです。
そこで考えられた一つの方法が有機ホウ素化合物とのクロスカップリングです。ホウ素とは、最近では脳や皮膚の腫瘍治療(ホウ素中性子補足療法)に使われている原子で、有機ホウ素化合物は水で分解しないため、他の有機金属化合物のかわりに有機ホウ素化合物を用いると、分解することなく反応が起こるという長所があります。ところが、今度は有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化合物がなかなか反応しないという問題に直面します。有機ハロゲン化合物は、パラジウムやニッケルといった金属とクロスカップリングして化合物を作るのですが、有機ホウ素化合物はこの条件では反応しないのです。
1970年代までにも多くの化学者たちが有機ホウ素化合物を使ってのクロスカップリングを試みましたが、当時未だ成功例はありませんでした。そして1979年、私たちが有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化合物にパラジウム化合物、そして塩基(アルカリ)を入れると、有機ホウ素化合物が反応することを発見、これが有機ホウ素化合物を使ったクロスカップリング「鈴木クロスカップリング」です。この鈴木クロスカップリングにより医薬や農薬、液晶、発光ダイオードなどを安価に作ることができるようになったことで、世界中の人々の生活に役立つ発見であると、発見から約30年が経った2010年に、ノーベル化学賞を受賞することになりました。
科学者の夢は「新しいことの発見」と「その発見が人々の生活に役立つこと」
化学者も含め、科学者にはいろいろな夢があるのですが、第一の夢は、新しいことを発見するということ、そしてもう一つはその新しく発見した事実を生活に役立ててほしいということです。これらの実現はなかなか難しいのですが、幸運なことに鈴木クロスカップリングは様々な利点により、種々の分野で実際に幅広く使われているのでとても嬉しく思っています。しかし、この鈴木クロスカップリングも決して完璧なものというわけではありません。次世代の化学者たちのさらなる発見を期待したいですね。
資源の少ない日本だからこそ必要な「科学の力」
ある時、取材で記者から「現在、中学生や高校生の理科(科学)に対する興味が薄れていっていると言われているがこれについてどう思うか」という質問を受け、それは大変なことだと答えました。
みなさんもご存じのことと思いますが、日本はカナダやアメリカと違い資源のない国です。化石燃料においては、石油資源はゼロ、石炭はあるのですが、残念なことに地下深くにあるために採掘費用がかかり、日本ではほとんど採掘されていませんし、その他の鉱物資源もほとんど輸入されております。
最近、日本近海にかなりの量のメタンハイドレートがあるという吉報もありましたが、メタンハイドレートの海底からの掘り出すことはたいへんですし、たとえ近い将来メタンハイドレートが一般的に利用されるようになるとしても現在はその状況にありませんから、現状ではすべての資源を輸入、外国に頼るしか方法がないという状況です。
そのような日本のように資源がない国が今後も国として立派にやっていくためにはどうすればよいのか…。それには作ることが難しい、付加価値の高いものを作っていくことが重要だと思います。以前は石油化学や製鉄業の分野で世界でもトップの技術を誇っていた日本ですが、今では中国、台湾、韓国、インドやブラジルといった国が技術を学び、安い人件費を武器に台頭していっています。
このように、他国がまねできるものではなく、たとえば薬や精密機械といったなかなかその技術をまねすることができない、人々の生活に役立つものを日本は作っていかなければなりません。これら分野に対し、日本は現在でも強さを見せていますが、これからもさらに新しいものを作り出していかなければ日本の生きる道はないと思います。そのためには、理科や工学といった分野のレベルを国全体で上げ、産業を盛りたてて行くことが大事です。もちろん全員が理科の専門家になる必要はありませんが、もっと若い世代の人たちに理科を好きになってもらって、大学でも勉強をしてほしい、その思いを若い世代の人たちに伝えていきたいですね。
鈴木 章(すずき あきら)
1930年北海道生まれ。1960年北海道大学大学院理学研究科博士課程を修了。理学博士。北海道大学理学部助手、工学部助教授、教授を経て、1994年より名誉教授を務める。2004年日本学士院賞、2010年文化功労者・文化勲章を受章。2005年より日本化学会名誉会員となる。1979年発表の「鈴木クロスカップリング反応」が、水との安定性、毒性がないなど数々の長所により、高血圧治療薬や抗がん剤などの医薬品、農薬、液晶や発光ダイオード等の製造などの幅広い分野で利用されている功績が認められ、2010年にノーベル化学賞を受賞。2011年より日本学士院会員、2012年より英国化学会名誉フェローを務める。現在は科学の素晴らしさを若者へと伝えるべく、世界各地で講演を行っている。