第49回 トロント国際映画祭 レポート |2024/9/5(木)~9/15(日)|第二特集
人気沸騰のフランシス・フォード・コッポラ監督作『Megalopolis』
今年5月のカンヌ映画祭でワールドプレミア上映されて以来となるフランシス・フォード・コッポラ監督の新作『Megalopolis』のTIFFでの上映が8月中旬に追加発表されると、大きな話題となった。
『Megalopolis』は一般上映2回のみしか組まれておらず、プレスやインダストリーなどの関係者向け上映もなかったため、チケットは発売直後から入手困難になった。定価90ドルのチケットに200~300ドルのリセール価格が設定されるなど、行き過ぎたチケット争奪戦も見られた。
偶然と幸運が重なってチケットを入手することができた私、ボックスオフィスのスタッフさんにそのことを話すと、「それは誰にも言っちゃだめよ」と声を潜めて言われてしまった。このあと背後から刺されて略奪でもされたら、と言わんばかりのアドバイスで、すごい過熱ぶりだった。
『Megalopolis』は、事前情報なしで観るほうが初観賞時の驚きが大きいのではと思う作品なので、詳しい内容には触れないでおく。ただ、古代のようで中世のようでもある未来都市が創り出され、そこには時を止める技術が存在するなど、これまでに見たことのない映像世界が繰り広げられている。さらに、これは映画と言えるのだろうかと思う演出も存在する。
今年85歳になったフランシス・フォード・コッポラ監督は、この歳にしてまだこれほど新しい映像世界を生み出すのかと驚かされる作品になっている。
人気の日本映画『Cloud クラウド』
日本映画では黒沢清監督の新作『Cloud』(原題『Cloud クラウド』)も大人気で、チケットが入手困難になっていた。『Cloud クラウド』はTIFFの少し前に開幕したヴェネチア国際映画祭でワールドプレミアとなり、その直前には米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品として選出されたとの報せが飛び込んでくるなど、話題に事欠かなかった。
さらに、黒沢清監督と言えば、『CURE』(1997)、『回路』(2001)、『ダゲレオタイプの女』(2016)、『旅のおわり世界のはじまり』(2019)など、過去にも監督作がたびたびTIFFに選出されており、以前からトロントで注目されている日本映画の監督である。
今回上映されたのはTIFFの中心的部門と位置付けられているセンターピース部門で、その中からさらに世界に影響を与える映画作家の最新作を上映するルミナリーズ枠(Luminaries)に選出されている。2回予定されていた一般上映のチケットは、発売早々に完売になっていた。
菅田将暉さん演じる主人公が、あこぎな手法によるインターネットでの転売を繰り返すことで恨みを買う話で、姿の見えない相手からの攻撃が徐々にエスカレートして追い詰められていく静かな恐怖と、そこから打って変わって盛大に繰り広げられる銃撃戦がそれぞれに面白い。これはミッドナイト・マッドネス部門でもよかったのではと思うくらい思い切りの良い展開で、上映中にどっと笑いが起きたり登場人物の行動に大勢の観客が拍手を送ったりと、会場内は盛り上がりを見せていた。
ミッドナイト・マッドネスを賑わせた日本映画『ザ・ゲスイドウズ』
TIFFがワールドプレミアとなった宇賀那健一監督の『The Gesuidouz』(原題『ザ・ゲスイドウズ』)は、売れないパンクバンドのメンバーが田舎に移住して曲作りを始める話。バンドメンバーは音楽以外には何もうまくできずに落ち込み、さらに新曲もなかなかできずに苦しむけれど、それでも自分の曲を作って届けようとする音楽映画かつ青春映画である。
『ザ・ゲスイドウズ』は、宇賀那監督の長編デビュー作『黒い暴動』(2016)に似たところのある青春映画であると同時に、『悪魔がはらわたでいけにえで私』(2023)のようなSF・ホラー系の要素も加わったコメディ映画になっている。ホラー映画ネタや音楽映画ネタ満載の台詞が繰り出され、ホラー映画界で著名なアノ人もカメオ出演するなど、まさにTIFFのミッドナイト・マッドネス部門にふさわしいSF・ホラー・コメディごった煮の楽しさが詰まっている。
ワールドプレミアとなった23時59分からの上映前には、ミッドナイト・マッドネス部門の会場であるRoyal Alexandra Theatre前に設置されたレッドカーペットに、宇賀那監督と主要キャストの夏子さん、喜矢武豊さん、今村怜央さん、ロコ・ゼヴェンベルゲンさん、遠藤雄弥さんに、プロデューサーの鈴木祐介さん、砂崎基さんが登場。多数のメディアを前に、終始楽しそうにインタビューや写真撮影に応じていた。
上映前の舞台挨拶には宇賀那監督が登壇。9月号に掲載した事前インタビューでは、「英語は全然しゃべれない」なんて話していたものの、上映前の舞台挨拶では全部みずから英語でスピーチし、隣に控えていた通訳の方の出番がなくなっていた。宇賀那監督は幼い頃からホラー映画に親しみ、TIFFのミッドナイト・マッドネスに来ることが夢だったことを語り、観客から熱狂的に迎えられていた。
近未来の東京に暮らす5人の高校生を描いた
『Happyend』
センターピース部門では、空音央監督の長編監督デビュー作『Happyend』(原題『HAPPYEND』)も上映された。『Happyend』は、次世代の映画ファンに向けて若手監督の作品が選ばれるTIFFネクストウェーブ枠(TIFF Next Wave)にも選出されている。
幼馴染の高校生ユウタとコウは、仲間5人で遊びに出かけたり深夜に学校に忍び込んで悪ふざけをしたりの日々を送っているが、ある出来事を契機に学校はAIによる監視カメラを設置する。昔と変わらず目の前の楽しみを享受しようとするユウタと、社会で自分の置かれた境遇や将来のことを考え始め、楽しいばかりではいられなくなるコウの間に次第に溝ができていく、という話。
地震が頻繁に起こり、緊急地震速報の誤報に驚かされたかと思えば、地震速報のあとに本物の地震が来ることもある。夜更けに一緒に遊び歩いているところを職務質問され、日本人ならおとがめなしでも、在日の外国籍で携帯義務がない在留カードを持っていないだけで任意同行を求められる。近未来でなく今の日本にも日常的にありそうな理不尽さと、さまざまなルーツを持つ同級生の間で仲間を思いやる微妙な距離感とが、高校生の視点で丁寧に積み重ねられていく。今とこれからの日本社会をあぶり出すような物語舞台における普遍的な青春映画になっていた。
上映後の質疑応答で空監督は、7年前の25歳か26歳の頃にこの映画の企画を立ち上げ、自身の高校生や大学生のときの実体験をもとにして作ったと話していた。高校生の頃には5人の仲間で常に一緒に遊んでいたのが、大学生になり政治に興味を持つようになると、それまでの仲間と距離ができ、同じように政治の話をする仲間との関係が近しくなり、といった経験が自身の中で大きな衝撃だったそう。当時の思いを映画として残しておきたいという思いから、この映画ができたと話していた。
また、映画作りに影響を与えた出来事として、日本で約100年前に起きた関東大震災の際に在日朝鮮人や中国人が虐殺された歴史にも言及。なぜあのようなことが起こったのかと考えたとき、2014年から2016年当時の日本にもまだ在日韓国人への反感があり、今後20~30年のうちに起こると言われている大地震が来たときに101年前と同様のことが起こるのではという差し迫った危機感を持ち、今この映画を作らなければと思ったと話していた。また、監督自身の現代の話をもとにしながら、なぜ近未来を舞台にしたのかという質問には、数十年後に起こると予想されている地震が起こるであろう近未来を起点としたと答えていた。
田舎町でフィギュアスケートの男女ペアを組む少年少女とコーチを描く
『My Sunshine』
センターピース部門では、奥山大史監督の『My Sunshine』(原題『ぼくのお日さま』)も上映された。
田舎町に暮らし、夏場の野球にも冬場のアイスホッケーにも身が入らない少年が、スケートリンクでフィギュアスケート選手の少女に魅了され、見よう見まねでフィギュアスケートの練習を始めたところ、少女のコーチが少年にフィギュアスケートを教え始める。少女とペアを組んでアイスダンスの大会に出場することを目指して練習するようになるが、少年と少女とコーチの関係が変化していく、という青春物語。
陽の光が射すスケートリンクで少女がフィギュアスケートの練習をする姿や、少しずつフィギュアスケートができるようになって輝いていく少年の姿、田舎町の通学路を歩く少年たちの姿など、日々の暮らしの中に見え隠れする少年少女の心情のゆらぎを美しい映像で見せる作品になっている。
上映前の舞台挨拶と上映後の質疑応答には奥山監督が登壇。上映後の質疑応答では、まず司会者より監督・脚本・撮影・編集と多くの役割を務めていることについて質問があった。これに対し奥山監督は、一番やりたいのは撮影で、どんな画が撮りたいかが最初にあり、その撮りたい画を撮るために脚本を書き、撮りたい画を撮ったからこそ一番いいところを使いたいから自分で編集をしていて、カメラマンが映画を撮らせてもらっているという感覚が一番近い、と回答。このコメントに、観客からは笑いが漏れていた。
次に、『僕はイエス様が嫌い』(2018)と同様に、『My Sunshine』も自身の経験が元になっているのか、という質問に対しては、子どもの頃に7年間フィギュアスケートを習っていたため実体験が反映されてはいるものの、物語自体は創作であると回答。映画で描くスポーツとして、なぜフィギュアスケートを選んだのかという質問に対しては、一番描きたかったのはアイスダンスだと回答。アイスダンスにより少年少女2人の距離がぐっと縮まり、それをコーチが見ているという三角関係を描きたかったためフィギュアスケートを題材にしたと答え、スポーツ映画ではなくフィギュアスケートを使った少年の成長物語にすることを企画段階から考えていたと説明していた。
アカデミー賞の有力候補となりうる観客賞受賞作
『The Life of Chuck』
例年、TIFF観客賞(Pepple’s Choice Award)を受賞した作品は米国アカデミー賞の有力候補となることが多く、TIFFはアカデミー賞の前哨戦として注目されている。今年の観客賞を受賞したのは、マイク・フラナガン監督の『The Life of Chuck』だった。スティーヴン・キングの連作中編集「If It Bleeds」に収録された同名小説が原作で、同じくキング原作の『ジェラルドのゲーム』(2017)や『ドクター・スリープ』(2019)を映画化してきたフラナガン監督が再びキング原作の映画化に挑み、TIFFでワールドプレミアとなった。
インターネットがつながらなくなり、電子機器も変調をきたし、世界中のインフラに次々と異変が起こる中、世の中のいたるところにチャールズ・クランツという何の変哲もない会計士の広告が出現する、というところから始まる物語。事前情報なしに観るほうが楽しめると思うので、これ以上は言わないでおくが、人生のふとした喜びを思いがけず実感するような作品だった。それと、主演のトム・ヒドルストンが躍る場面が素晴らしいので、ロキのファンの皆さんはもちろん、そうでない人もぜひあのダンスシーンを堪能してほしい。
観客賞の次点『Emilia Pérez』
TIFFの観客賞は、受賞作(Winner)のほかに次点(The first runner-up)、次々点(The second runner-up)と、毎年3番目までが発表されている。
今年の観客賞の次点は、カンヌ映画祭のコンペティション部門に出品されて話題になったジャック・オーディアール監督のミュージカル映画『Emilia Pérez』だった。
この作品は米国アカデミー賞国際長編映画部門のフランス代表に決定されており、北米の配給会社はNETFLIXとなっている。
観客賞の次々点『Anora』
今年の観客賞の次々点は、カンヌ映画祭でパルムドールを受賞したショーン・ベイカー監督の『Anora』だった。ニューヨークでセックスワーカーとして働く女性が、アメリカに遊びに来てお店を訪れたロシア新興富豪の御曹司と恋に落ちる。2人は結婚しようと急遽ラスベガスまで飛んで挙式するものの、娼婦と結婚するなどまかりならん、とロシア在住の両親が屈強な家臣を米国に送り込む、という話。
性産業で働く女性と富豪男性の恋物語ということで、ジュリア・ロバーツとリチャード・ギアの『プリティ・ウーマン』(1990)のような話かと思いきや、全然違う方向に物話が転がっていくのが、さすがというかやっぱりというかのショーン・ベイカー監督作。前作『レッド・ロケット』(2021)のように、ろくでもない男性を憎めずチャーミングにすら思える絶妙なラインで描き、前々作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)のように、ままならない人生でも自分なりに必死で生きる女性を活き活きと輝かせる。豪邸内で屈強な男どもが振り回される格闘場面も痛快で、喜怒哀楽のエネルギーに満ちあふれた作品だった。
ドキュメンタリー観客賞次点の
『Will & Harper』
今年のTIFFで観た作品の中では、特にドキュメンタリーで面白い作品との出会いが多かった。そのひとつが、ドキュメンタリー観客賞(People’s Choice Documentary Award)の次点に選ばれた『Will & Harper』で、ウィル・フェレルとハーパー(旧名アンドリュー)・スティールの2人が車で旅をする様子を追うドキュメンタリー映画。
サタデー・ナイト・ライブで共演してから30年来の親友であるウィルとハーパーだが、もともと男性として生きてきたアンドリューが最近になって、今後は女性としてハーパーの名前で生きていくとカミングアウトしたことから、互いにどのように接していくのかを見つめ直すように旅に出るところから、『Will & Harper』は始まる。行く先々で、トランスジェンダーのハーパーに戸惑いながらも受け入れてくれる人がいるかと思えば、心ない仕打ちに傷つけられることもある。そんな旅を続ける2人の時間は、長年の親交で気心の知れた楽しさの合間に戸惑いや悲しみを共有し、旧来の絆をアップデートしていくものとなっていて、観ているこちらも忘れがたい時間を共有するような作品だった。すでにNETFLIXでの配信が始まっているので、ぜひ観てほしい。
ドキュメンタリー観客賞次々点の
『Your Tomorrow』
もうひとつ、とても良かったドキュメンタリー映画が、ドキュメンタリー観客賞の次々点に選ばれた『Your Tomorrow』で、2022年に始まった再開発により閉鎖されているオンタリオ・プレイスが再開発に入る直前の日常をとらえた作品である。
1971年のオープンから半世紀以上が過ぎ、建物は老朽化してかつての賑わいは影を潜めているものの、緑豊かな遊歩道で犬の散歩をしたり、湖畔でウォータースポーツを楽しんだりと、市民の誰もが自由に出入りできる公園だったウォーターフロント・パーク。ところが、民間企業が再開発に乗り出したことで、今後は市民が無料で過ごせる憩いの場ではなく、お金を落とす富裕層向けの場所に様変わりすることが懸念されている。
その公園が再開発に入る直前の2022年夏に、警備員として働くスタッフの詰め所での様子や、湖畔でくつろぐ夫婦、水を使った楽器を奏でる人など、公園で働く人や日々の暮らしの中で公園を訪れる人など、さまざまな人の姿が撮影されている。また、昔の記録映像も交えてオンタリオ・スペースの歩みを振り返りながら、再開発直前の日常を記録した内容となっている。
上映後の質疑応答に登壇した監督とプロデューサーは、最近のトロントは無料で楽しめる場所がどんどん減り、お金がないと過ごせない街になってきており、オンタリオ・プレイスもそうなっていくのではないかと思う、といった趣旨の発言をしていた。それは、チケット料金が高騰する近年のTIFFの変化ともシンクロするように思えた。
今年も勝手に個人的観客賞
『SATURDAY NIGHT』
TIFFの観客賞とは何も関係ないけれど、今年も私がTIFFで40本近く観た作品の中で一番好きな作品を勝手に紹介しておく。今年一番のお気に入りはジェイソン・ライトマン監督の『SATURDAY NIGHT』で、勝手に個人的観客賞ってことにした。
来年には放送開始50周年を迎える米国の人気TV番組サタデー・ナイト・ライブ。ジョン・ベルーシやエディ・マーフィなど、のちにハリウッド映画で活躍する大スターを輩出した伝説的番組の初回放送当時、番組の構成も出演者もろくに決まっておらず、一部出演者は失踪するなど、果たして生放送がオンエアできるのか録画に差し替えられるのかという瀬戸際にあった。そんな初回放送の開始90分前から番組の舞台裏で繰り広げられていた顛末を、リアルタイムに近い109分で描いた作品になっている。
ジェイソン・ライトマン監督がデビュー作『サンキュー、スモーキング』(2005)で見せたような、たたみかける勢いで展開する物語の疾走感と、『JUNO ジュノ』(2007)や『マイレージ、マイライフ』(2009)で見せたような、どこかひねくれていて行きづまりを感じる中にずっと存在するユーモア。こういったライトマン監督の持ち味が全部合わさって、当時は無名だったTVプロデューサーや若手コメディアンが右往左往する群像劇が鮮やかに描かれていた。
「In Conversation With…」に登場した『Harbin』主演の
ヒョンビンとイ・ドンウク
今年は、アルフォンソ・キュアロン監督によるTVシリーズ『Disclaimer』とガイ・マディン、エヴァン・ジョンソン、ゲイレン・ジョンソン共同監督の『Rumours』に出演したケイト・ブランシェット、ジャック・オーディアール監督の『Emilia Pérez』に出演したゾーイ・サルダナ、ウ・ミンホ監督の『Harbin』に出演したヒョンビンとイ・ドンウク、最新作『Presence』が上映されたスティーヴン・ソダ―バーグ監督が、「In Conversation With…」に取り上げられた。
ヒョンビンとイ・ドンウクによる「In Conversation With…」の対談が実施される直前、他の映画の上映のときと同じように、出演者の2人がレッドカーペットに登場。前日に実施された『Harbin』のワールドプレミア上映の際にもレッドカーペットが設けられており、2人は2日連続となるレッドカーペットへの登場にもかかわらず、報道陣のカメラに向ける顔は常にキリっと決まっているんだから、やっぱりスターってすごい。
「In Conversation With…」に登場した
スティーヴン・ソダーバーグ監督
スティーヴン・ソダ―バーグ監督がTIFFのプログラマーを相手に自身のこれまでの映画作りについて話す「In Conversation With…」を、1時間半みっちり聞くことができた。
ソダーバーグ監督の作風は生まれ育った土地柄に影響を受けているのかという質問に対し、生まれ育った土地というより、大学で教職についていた父親を筆頭に、常に家庭内で知的な環境を与えてサポートしてくれた両親の影響が大きいと話していた。シネフィルだった父親の影響で、家では常に映画を観たり映画について話したりしており、幼い頃からいつも映画が身近にあったのだそう。
1975年の夏にフロリダの祖父母のところに行ったとき、当時話題になっていた『ジョーズ』を1人で観に行き、「Directed byってどういう意味だ?」「スティーヴン・スピルバーグって誰だ?」という2つの疑問を初めて抱いたのだとか。そのとき、『ジョーズ』の脚本家の一人が書いた本を見つけ、それが2つの疑問を解消してくれると同時に、映画作りにおける問題解決について非常に勉強になる良書だったため、「スティーヴン・スピルバーグ」や「監督」が出てくるたびにアンダーラインを引いて読み込んだと話していた。その本で分かったのは、スピルバーグ監督が決してパニックに陥らず、決して諦めなかったことで、その本をバイブルのように持ち歩き、何冊もボロボロになるまで使い込んでは買い直していたと言っていた。
13歳の頃には、映画好きの姉に連れられて深夜上映の映画館で『タクシードライバー』や『チャイナタウン』を観ており、多大な影響を受けたのだそう。今となっては、13歳に観せるにはふさわしくない作品だと思うものの、その年齢で観た映画には大きな影響を受けていると語っていた。
また、『ジョーズ』を観たときには、それまでは観る対象だった映画を、自分が将来仕事として作るものと考え始め、姉に連れられて映画を観に行っていた頃には、撮影や映画の作り方のことを考えるようになっていたと話していた。
そのほか、幸運にも良いプロデューサーに出会えたことで若くして『セックスと嘘とビデオテープ』(1989)を撮れたこと、その後はうまくいかない作品が5本も続いたのに許してもらえた良い時代だったこと(今では、誰も観ないような映画を5本も作ったら当時のように許してもらえないだろう、とのこと)、その時期の試行錯誤が、自分にどんな技術があって何がうまくいかない原因となるのかを見極めるために非常に重要な経験だったこと、その後の『アウト・オブ・サイト』(1998)は、なぜか誰もが断ったことで携われることなった企画だったことなど、興味深い話ばかりの1時間半だった。