【トロント国際作家祭に参加】『コーヒーが 冷めないうちに』 著者 川口俊和さんインタビュー「辛いことが起きた時に、この作品が寄り添えたらいいな」|#トロントを訪れた著名人
予定もなくふらっと入った本屋さん
ー初めてのカナダはいかがですか?
観光というより街並みをぶらぶら歩くことが好きなので、見かけた小さな本屋さんを訪れたら本屋さんの店員さんが僕の本のファンの方でした。カナダまで来て、自分の本を読んでいる店員さんで、ファンの方がいるって自分の人生の中ですごいことだと感動しました。
ありえないことが起きていて、今自分がこういうふうになっていることを僕自身が信じられないですね。予定もなくふらっと入った本屋さんで、「読んでます」「ファンです」って言われるのは嬉しかったですね。
海外でも大人気の『コーヒーが冷めないうちに』シリーズ
ー海外の方にはどのように広がっていったのでしょうか?
1番多いのは口コミですね。いいと思ってくれた方が友達に送る、薦めるっていう風に広がったのだと思います。特に、イタリアがロックダウンのときに本をプレゼントすることが流行ったみたいなのですが、これを聞いたときに、書いて良かったなと思いました。
ー現在43言語に翻訳。なぜ多言語に翻訳しようと思ったのでしょうか?
販促はサンマーク出版さんのライツ部が海外へアプローチしてくれたのですが、それも口コミだと思います。UK版が広まったタイミングで、他の国でも急に増え始めた印象ですね。英語圏の方が読んで、自国語でも読みたいと思われたのかもしれないです。現時点でUK版は100万部突破していて、イタリア語版だけでも100万部なんですよ。イタリアの人口比率を考えると、街を歩いていたら何人かに1人は絶対読んでいるみたいな感じですごいありがたいことだなと思います。あと最近ではSNSに紹介して、それを気になった方がという広がりも強いと聞いています。
ーもともと川口先生は海外に興味があったのですか?
いえ、小説家になる前は自分の夢が「一生涯で一回でいいから日本の沖縄に行ってみたい」でした。演劇をしていた頃は、1週間に200円くらいしか使えない貧乏生活をしていたのですが、それが今はこんなに海外の方に読んでいただけて、読者の方にお会いすることもできて、本当になかなか信じられないですね。
ー今までも様々な国を訪問し、イベントに参加されて、ハリウッドの映像化も決まっていますが、次なる目的地や目標はありますか?
5大陸達成するなら、あとは南米とアフリカに行ったら達成だなみたいな話をちょうどしていました。目標にしてきたわけではなく、気がついたら広がっていました。自分の思いとしては呼ばれたら、とにかく断らずなるべく行くというのを大切にしてますね。今までも、来てくださいとおっしゃっていただいたものを断ったことはないです。
最新作『愛しさに気づかぬうちに』に込めた想い
ー最新作の第6作目、『愛しさに気づかぬうちに』の反響はいかがですか?
第6作目も、たくさんの方が読んでくださっていると聞いています。新刊が出ることで1作目もまた新しい読者に広まっているようで、ありがたいことだと思います。
ー『愛しさに気づかぬうちに』のテーマを教えてください。
世の中には、なんとなくすれ違っていることってあるなと思っているんです。友達とちょっとしたすれ違いで喧嘩してしまったり、なんでこんなことになってしまったんだろうなと客観的に考えたら、こっちが思っていることと向こうが思っていることが、すれ違ってしまっていたんだ、と気づく経験が執筆する前にありました。
本当は相手のことをもっと大切にしなければいけないのに、慣れてしまったがゆえにちょっと疎かになってしまっていたり、本当は愛しいと思っているのに、それを無視してしまったり、気づかないようにしてしまったり、そういうすれ違いを描きたいと思って書きました。
ー今回の最新作で読者に届けたいメッセージは?
『コーヒーが冷めないうちに』シリーズの全体を通して、「後悔」や「困難」など自分に辛いことが起きた時に、どうやって受け止めたらいいのかというところに、この作品が寄り添えたらいいなという思いがあります。30年前の人が読んでも、30年後の人が読んでも分かるものにしたい、普遍的なテーマを扱っていきたいと思い作品を書いています。
後悔は誰にでもあることで、下手すると1日に何回か後悔することもありますよね。それをどう受け止めたらいいのかについて書いてみたいんです。読んだ時には気づいてなくても、数年後に似たような辛いことがあった時に、そういえば川口が書いていた小説にそんなこと書いてあったなと思い出していただけるととても嬉しいですね。
家族が亡くなるとか、自分の大切な人が記憶を失っていくなど、「別れ」が身近にある、もしくはあるかもしれないエピソードにどうやって寄り添えるかなということをいつも気にするようにしています。僕もいっぱい悩みますから、同じ悩みの人がいるだろうなと考えて原稿に向き合っています。
ー今後も『コーヒーが冷めないうちに』シリーズは続きますか?
求めていただけている間は書いていきたいと思っています。トロントでは5作目は今年の11月に発売予定、6作目は来年に発売になると思いますので、よろしくお願いします。
漫画家志望から、演劇、そして小説家に
ーもともと『コーヒーが冷めないうちに』は舞台で、それを偶然観覧していた編集者の方の声から小説化が決定。舞台や演劇に興味を持ったきっかけは?
もともとは漫画家志望だったんですよ。小学校、中学校はずっと漫画家になろうと思っていて。高校の時に演劇に出会い、演劇に触れ始めました。最初は漫画家になるために上京したんですけど、挫折して、それで東京で仲間を集めて演劇を始めたのがきっかけでした。創作したり、物語を作るのはもともと好きだったんだと思います。
ー演劇と小説を執筆するのは違う大変さもあると思いますが、今まで困難をどのように乗り越えてきましたか?
演劇は人と一緒に作るので、複数人で悩んでいることを共有して乗り越えたりします。でも小説は、1から10まで大体自分だけなので。編集担当はいますが、やはり最初の0→1は自分で出さなければならず、ひとりで向き合わなきゃいけないところが全然違いますね。
それぞれの良いところもあるのですが、未だ小説を書くのは、なかなかしんどいです。もともと小説を書いていたわけではないので、どうやって書いていいのか分からないところからスタートしていて、今でも本を読んで勉強しています。自分がいいなと思った作品があると、何ページか書き写したりしています。読んでいるだけでは気づかないことも出てくるので、読んで書いて、こういう表現があるんだと今も学びながら活かしています。
ー最近読んで印象的だった作品はありますか?
平野啓一郎先生の『ある男』と『本心』を読んで、こんなにも人間の微妙な心の変化を書くことができるんだと打ちのめされました。
また、色々な小説を、オーディブルで耳で聴いたりもしています。今さらながら宮部みゆきさんの『火車』や『杉村三郎シリーズ』を読み漁りました。宮部先生も、気持ちの変化とかをすごく絶妙に表現されています。平野先生にしても宮部先生にしても、その人だからこそできる表現があるのだと思っていて、僕も自分にできる表現をもっと模索していなければならないと感じています。
最近のリラックスルーティン
ー作品を書く際、リラックスするルーティンがあるという川口先生。最近は、何か新しいリラックスルーティンはありますか?
第5作目は、サウナ行って、シーシャ吸って深呼吸して、リラックスして、執筆というようななルーティンがありました。第6作目は旅でしたね。行き詰まったら旅に出るみたいな、そんな感じのルーティンでした。沖縄が好きなので、沖縄に行くと執筆が進むんですよね。
第1稿は、大体iPhoneのメモ帳にばーっと書くんです。移動中、飛行機や電車に乗っていても書けるし、寝る前も書けるし。第6作目の1番最後の執筆のピークは、友人6人でハワイに行ったときでした。ハワイに行く時には、書き終えているつもりだったのですが、そうはいかず、行きの飛行機でも書き、昼間は友人と楽しみましたが、夜はずっと書いていました。でも旅先って書けるんですよね。気分が変わるのかもしれないですし、それがルーティンの中にあったので、ハワイにいる間はすごく順調に書けました。
本は時代を超えて、ずっと残っていく
ー今まで読者の方からいただいた声で印象に残ってるものはありますか?
僕が書いてるのはあくまで物語なんですけど、実際に「数ヶ月前に大事な人が亡くなって、でもこの本を読んですごく救われました」と言われた時ですね。そういう人にこの本が寄り添うことができているんだなと感じました。この作品を書く時に、そういう人を癒そうとか、そんなおこがましいことを考えてはいなかったんですけど、そういった人たちに、ちょっとでも寄り添えたらいいな、思い出してもらえればいいなと思っていたので、書いてよかったな、書くことに意味があったんだなと思います。
本になったおかげで、例えば、100年先の人がたまたま読んで似たような状況にあったとき、しんどいなと思った時にこういう風に受け止めればいいんだって思ってもらえる。そう考えると、本になることはすごく深い意味があるんだなと思います。演劇は、劇場で見たもの、瞬間の記憶になるんですけど、本は時代を超えてずっと残っていきます。名作は読みつがれていきますし、ずっと読まれていきます。そう考えるとすごくドラマがあるなと思います。
いま43言語に翻訳されて、これだけたくさんの方々に読んでもらって、どういう形であっても、どこかで誰かが残してくれるのではないかと思います。おじいちゃんやおばあちゃんになっても、たまたま自分の部屋の片隅にあったものを孫が読んで、なんかいいなと思ってくれて、僕の手の届かないところで、ひとつのドラマが起きると考えると、この作品を書いた意味があるんだなとちょっと思えますね。
ー読者に向けてメッセージ。
僕は、本を読むのがもともとすごく苦手で、読書感想文とかも書くのが苦手で小説もあまり読んでいなかったんです。でも本を読むことで、受け止め方が変わったりするんですよね。人間は変わる時には原因があって、その結果、変化があります。こう変わってほしいなどと考えているわけではありませんが、一人でもこの本がきっかけとなって何かを感じてもらえたらと思います。
今回、読者の方に出会い、カナダの人に読んでもらえているという実感があり、すごく嬉しかったですし夢があるなと思いました。これからも頑張って書いていきますので、カナダでもたくさんの方に読んでいただけたら僕も嬉しいです。是非よろしくお願いいたします。
国際交流基金トロント日本文化センターにて
トークイベント、サイン会も開催!
インタビュー当日には、国際交流基金トロント日本文化センターにて約100名が集まる、トークイベント、サイン会が開催された。
トークイベントではカナダのファンが集まり、川口先生の作品に込めた思いや、『コーヒーが冷めないうちに』が小説になったきっかけや今までの道のりを語った。明るくユーモアに溢れる川口先生のお話は、会場の笑いを誘い、賑やかな楽しい時間となった。トークイベント中には、ファンの方が直接質問をできる時間も設けられ、終了後は、それぞれ名前を添えたサインを書き、ひとりひとりと丁寧にお話をしながら写真撮影も行われ、ファンは川口先生との時間を楽しんだ。
川口俊和(カワグチ トシカズ)1971年生まれ、大阪出身。日本の小説家、脚本家、演出家。2013年、舞台『コーヒーが冷めないうちに』にて第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、〝4回泣ける〟と話題になりベストセラー小説に。2018年には有村架純の主演で映画化。小説『コーヒーが冷めないうちに』シリーズは2024年10月現在第6作目まで発行され、世界で500万部を突破。世界中から注目を浴びている大人気作品。