Hiroの部屋 Inokuchi Violin 猪口美樹さん [前編]
トロントでバイオリンメーカーInokuchi Violinを営む猪口美樹さん。以前TORJA内でトロントで活躍されている匠特集として取材をさせていただいたことがあったが、現在もなお猪口さんの楽器を見つめるその瞳と、ものづくりに対する姿勢というのは何も変わらない。幼い頃よりカナダで生活し「ものづくりの道」を極めてきた猪口さんと美容師界の職人とも呼べるHiroさんのお二人が奏でる対談ハーモニー。前編後編二号に渡ってどうぞお楽しみください。
■どのようにしてトロントで楽器を作るに至ったのかを教えてください。
猪口:工業学校の教師であった私の母方の祖父と父親がとある学校で出会い、意気投合し、日本にいた時から一緒にギターなどの楽器づくりをしていました。しかし、日本にはバイオリンを作るための木がなかったのです。そんな頃、父の教え子が移住先のカナダから父に手紙を書き「先生、カナダにはバイオリンの材料になる木が沢山ありますよ。」と伝えました。そのことをきっかけに家族みんなでカナダへと移住することが決まりました。
Hiro:そのようなたった一通の手紙をきっかけに大きく人生が変わっていく事となるのですね。バイオリンに使われる木というのはどのような種類なのでしょうか?
猪口:主にスプルース(松)やメープル(楓)が使われますが、日本にある楓の木は硬すぎるためバイオリン作りに適していないのです。ただこの楽器の材料というのは300~400年と同じ種類のものが使われていますし、勝手に変えることはできません。そのため現在ヨーロッパなどで作られるバイオリンも、元をたどればカナダから木を輸入しているというのは、よくある話なのです。
■猪口さんも子供の頃からずっと楽器作りをしようと思われていたのですか?
猪口:特にずっと楽器だけにこだわっていたという訳ではありませんが、小刀を持って木を削って遊んだり、機械や車など動くものが好きで「どのようにして動いているのだろう?」と子供の頃から興味津々でした。大人になり精密機械や大工の仕事など色々経験した後、母親が日本で有名な占い師の方に「息子さんは23歳までに進路を決めれば将来は世界に羽ばたける。」とアドバイスをもらったようで、その頃22歳だった私は半ば決断を迫られつつ、最終的にバイオリン作りの道に収まったという形でしたね。
■バイオリンを作られる上での、難しさや大変なこととはどういったものがありますか?
猪口:まず、ボディの形づくりだけであれば、正直に言うとそんなに難しくないと思います。ただ、そこから音を作っていく作業というのは全く別の話になります。バイオリンの中心とも言われる魂柱という支えの位置も少しずれるだけで音が変わってしまいますし、表面の板の厚さも音の響きに重要な役割を果たすため、部分的に厚さを変えなくてはならないのです。それは何かによって決められたものではなく、すべて自らの手で調節しなくてはなりませんし、材料として使われる木も一つ一つ異なるわけですから、一台一台全く違ったアプローチになります。また完成した後も、お客様一人一人の音の好みに合わせて調整をしなくてはなりません。
Hiro:話を聞いていると、美容師の世界とも非常に共通しているなと感じます。私たち美容師が相手にするのはマネキンではなく、一人一人違った頭の形や髪質を持つお客様であり、美樹さんのバイオリンの世界でいうとそれは生きている木であって、またそこにさらに弾き手の音の好みが加わるわけですから、時間がかかってしまうのはもちろんの事、人間でないと出来ない作業であることは明らかですよね。そして、また美樹さんのようにしっかりとした経験がある方でないと難しいように感じます。ちなみに一つのバイオリンを作るためにかかる時間というのはどのくらいでしょうか?
猪口:一般的に200時間と言われていますが、うちの父親は30年と2か月といつも答えています。なぜなら、まず木を切り取った時点からメープルの場合だと最低5年は天乾といって乾燥させなければならないからです。そしてボディを組み立て終わった後にも、再度また木を何年も乾燥させていく作業があります。そしてそれが終わると、また削って調整し、その後弦を張る作業や塗装の作業に入るという非常に長いプロセスがあって、やっと一台が完成するのです。そういうことになれば、親子1代で楽器作りをするのは無理と言っても過言ではないと思いますよ。
Hiro:想像を絶するような果てしなく長いプロセスを経て、やっと1つの作品が出来上がるのですね。そのように丹精込めて作られていくバイオリンたちはどのようなお客様の元へ旅立つのでしょうか?
猪口:プロの方からバイオリンの生徒の方まで様々です。世界的に著名な方だと、ピンカス・ズッカーマンというバイオリン奏者もここの楽器を購入してくれた一人です。また4年ほど前に亡くなられたヤノーシュ・シュタイケルというチェロ奏者には、私たちの作った楽器を弾いてもらってはアドバイスをいただいていました。二人とも世界で五本の指には入るような演奏者です。またヴラディミール・オルロフというルーマニアのチェロ奏者はもうリタイアされたので今はあまり演奏していないようですが、うちの楽器を長く愛用してくださっていました。
Hiro:ここカナダに移住してきた日本人家族が一生懸命作ったバイオリンが、そのようにして世界的にも名高い演奏者達の活躍に欠かせないということは、非常に喜ばしいことですね。
猪口:本当にありがたいことだと感じます。この業界で有名なストラディバリウスもそうであるように、楽器は何年も経った後にブランド化され、希少価値の高い物として位置付けられるように思います。ここで作られた楽器も200年後、どんな風になっているか楽しみですね。
猪口美樹さん
10歳の頃、家族と一緒にカナダに移住。高校卒業後は本格的に楽器作りの修行に入り、父親である猪口正さんと一緒にInokuchi Violinを営むこととなる。バイオリンに限らず、チェロ、ヴィオラ、コントラバスなどの製作も手がけ、それらの楽器は世界中の演奏者たちの元へと渡る。夏はゴルフを楽しみ、夢はオートバイで日本1周の旅をすること。www.inokuchiviolin.com
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。若い頃から憧れた、NYの有名サロンやVidal Sassoonからの誘いを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。1年目から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再び、トロントのTONI&GUYへ復帰。クリエイティブディレクターとして活躍し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今現在も、サロンワークを中心に著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。
salon bespoke Tel: 647-346-8468
130 Cumberland St. 2nd floor / salonbespoke.ca
PV: “Hiro salon bespoke”と動画検索