バレエを日本語で 教えるということ— 真剣に向き合う哲学京都からニューヨーク、そしてトロントへ。「Ogata Ballet School」主宰 緒方理穂さん
日本語で教えるバレエ教室が、トロントにある。「Ogata Ballet School」を主宰する緒方理穂さんは、3歳からバレエを始め、会社員生活を経てニューヨークへ渡った。その後トロントに拠点を移し、今では子どもから大人までを指導している。厳しさの中で育まれる成長と、バレエが人生にもたらす力について話を聞いた。
―まず、「Ogata Ballet School」について教えてください。

スクールを立ち上げたのは2023年です。基本的に指導は日本語で行っています。現在は4歳から13歳までの子どもたちが在籍していて、中にはコンクールに出場したり、本格的にバレリーナを目指している子もいます。
特徴としては、カナダのバレエスクールには「レクリエーショナル」と「コンペティティブ」をはっきり分けているところが多いんです。同じスクールでも、楽しむためのコースと、本格的に取り組むコースを分けていることがよくあります。でも、日本ではそうではありません。スクールに来たからには真剣に取り組む、というスタンスがあると思います。私自身もそういう環境でやってきましたし、来てくれた子には、きちんとバレエを習って、ちゃんと踊れるようになってほしいという思いがあります。
―すべて日本語で指導されているのですね。
日本では先生や先輩に対して敬語を使う文化がありますよね。そういった点も大切にしています。例えば、私に対して「OK」と言うのではなく、「はい」と言うように伝えています。一人一人のバックグランドに配慮しながら、基本的なマナーを身につけられるように工夫しています。
会社で得た精神 チャレンジに背中を押され、「ほんまもん」を胸に ニューヨークへ

―緒方さんご自身は、大学卒業後、上場企業の堀場製作所で社長秘書をされていたご経験もあります。バレエとは異なるキャリアに見えますが、その経験は現在の指導やスクール運営にどう活きていますか。

大学時代もずっとバレエを続けていたのですが、卒業したときには、もう私はバレエはできないんだろうな、と思っていたんです。でも秘書室は、会社の中でもロールモデル的な部署で、きちんと定時に帰れる環境でした。おかげで夕方のレッスンに間に合うことができました。
社会人になってからも、仕事が終わってから夜10時までレッスンする生活を続けていました。4年目くらいになると、社内でも「緒方さんは本気でバレエをやっている」というふうに知られるようになって、会社のパーティーで踊らせていただいたこともありました。
当時の社長(現会長)である堀場厚氏が、「チャレンジ精神が必要不可欠だ」とよく社員に話していました。失敗を恐れて無難なことばかりしていては、チャンスは確実に狭まってしまう、と。
その言葉を秘書として間近で聞き続けるうちに、私自身も挑戦してみたいと思うようになりました。ここで秘書として働いていれば生涯安泰かもしれない。でも、本当に自分のやりたいことはこれなのだろうか、と。
そう考えた末、思い切って長年の夢だったニューヨークへの移住を決意しました。
堀場製作所は、「ほんまもん」という考え方を大切にしているんです。本物の技術を持っているだけではなく、そこにお客様への思いや心がこもっていることが大事だ、と。私はこの考え方を今でも大切にしていて、バレエの知識や技術が本物であることはもちろんですが、そこに心を込めて、一人ひとりの生徒と向き合うことを大切にしています。そういう意味では、会社員としての経験は、今の指導にとても活きています。
また、スクールとは別で指導者として受け持っているクラスでは、大人の生徒さんも多いので、仕事終わりに来てくださる方の気持ちもよく分かるんです。私自身がそうだったので、普通に働く人の感覚やしんどさ、でもそれでも来たいと思う気持ちに共感できるのは大きいと思います。
―3歳からバレエを続けてこられた中で、途中で離れそうになったこともあったのではないでしょうか。

ありました。特にティーンエイジャーの頃は気持ちの浮き沈みもありますし、勉強も楽しくなってくる時期なので、レッスンの回数が減ってしまった時期もあります。でも、3歳からやっているので、もう習慣なんです。歯磨きみたいなもので、面倒だと思うことがあっても、やらないと気持ちが悪い。バレエは、自分の人生から切り離せないものになっています。
それに、舞台の魅力も大きいです。バックステージの空気感や、ざわざわしていた空間が舞台に立つ瞬間にすっと静まり返って、自分一人でそこに立たなければいけないあの緊張感は、やはり特別です。
バレエは常に次の目標がある世界でもあります。発表会があり、コンクールがあり、「これが終わったら次」「次はこれをやりたい」というふうに続いていく。そういう流れの中で、自然と続けてきたのだと思います。
―2016年には会社を辞め、ニューヨークやパリでも学ばれています。ニューヨークはどんな場所でしたか。
バレエにはロシアスタイルやバランシンスタイルなど、さまざまな流派があります。ニューヨークには多様な先生がいて、いろんなスタイルを学べたのがすごく良かったです。
また、さまざまな舞台を自分の目で見られたことも良かったです。見ることもすごく大事なんです。刺激にもなりますし、自分の中に蓄積されていくものがあります。
―感性は、どのように磨いているのでしょうか。
カナダに来てからは、自然から学ぶことがすごく多いと感じています。家の周りにリスがたくさんいるんですよ。もともとリスが大好きなんですが、リスにも個性があって、私がピーナッツを持って出ていくと、一目散に逃げていく子もいれば、興味深そうに寄ってくる子もいます。やっぱり、興味を持って近づいてくる子の方がピーナッツをもらえるんです。私はすべてのリスに平等にあげたいと思っているんですけど、自分から逃げていってしまう。
それを見ていて、私もいろんなことに興味を持っていたいなと思うんです。毎日扉が開くわけではないけれど、扉が開いていたら入っていこう、チャンスがあったら、できるかどうかではなく、とにかく入ってみよう、と。そういうことを自然から学んでいる気がします。
舞台を離れずバレエをつなぐ トロントで見出した指導のかたち

―プレイヤーから指導者へ移っていったタイミングはいつ頃だったのでしょうか。
30歳くらいですね。毎年『くるみ割り人形』に出演していて、私が出る限り先生が同じ役を与えてくださっていたのですが、そろそろ後輩にチャンスがあった方がいいかな、と思うようになったんです。自分の中でも、もう十分に経験を積ませてもらったかな、と感じていました。
ただ、そのまま舞台を離れてしまうと、当時はまだ教える仕事をしっかりしていなかったので、バレエそのものから離れてしまう気がして、それが嫌でした。だから、徐々に教える仕事を増やしていって、今は100%そちらに移っています。今は、舞台に立つことより、教えることの方が楽しいですね。
―トロントだからこそ感じる、バレエの可能性や指導のしやすさはありますか。

カナダは本当にさまざまな人がいる国で、受け入れる文化があると思います。だからこそ、指導する側としてはとても教えがいがありますし、そのカルチャーはありがたいと感じています。
―厳しさと楽しさのバランスは、どのように取っているのでしょうか。

ただ、心がけているのは、最後にはちゃんと褒めることです。厳しく言っても、最後にできるようになったら、「ちゃんとやったらこれだけできるようになるじゃない」と伝える。頑張ればうまくなる、頑張ればきれいにできるようになる、ということを実感してほしいんです。

もともと体が柔らかくて、最初から何でもできる子もいますし、逆に体が硬くて何もできない子もいます。でも、私はその子がどれだけ伸びたか、その伸びしろを評価したい。最初は全然できなかったのに、ここまでできるようになったね、ということをちゃんと見てあげたいんです。
そして、努力して手に入れたものは、やはり重みが違うと思います。ただ、努力してもその方向が間違っていれば、なかなか上達にはつながりません。だからこそ私は、努力がきちんと成果に結びつく方法を学び続けたいと考えていますし、指導においても、単に長時間練習させるのではなく、どうすれば効率よく成長につなげられるかを常に意識しています。
―最後に、読者へのメッセージをお願いします。

ぜひ、バレエを見に行ってみてほしいです。純粋に「きれいだな」と思って見ていただくだけでもいいと思います。でも、そのダンサー一人ひとりが裏でどれだけ練習してきたのか、自分がもしそれをやるとしたらどれだけ難しいのか、そういうことにも少し目を向けてもらえると、また違った見え方になると思います。
映画を見るような気持ちで、美しいものを見に行く感覚でもいいんです。ライブなので、音楽もきれいですし、衣装もすべて計算して作られています。チケットは少し高いかもしれませんが、ちょっとおめかしして劇場に行く、という体験も含めて、バレエを楽しんでいただけたらうれしいです。














