辿り着いた現在地 妻と築くビストロと、変わらぬ人への「尊敬」フレンチシェフ田丸雅行さん(後編)|Hiroの部屋

ジェイミー・ケネディ氏ら恩師との出会いと学びを重ねる中で、自身のスタイルを見極めてきた田丸さん。独立前、鮨加地での経験を通して磨かれた料理人としての軸。数々の現場を経て辿り着いたのは、妻とともに築くフレンチ・ビストロというかたち。その根底にあるのは、変わることのない「人への尊敬」である。

ヒロ: 独立されるまでの歩みについてお聞かせください。鮨加地にもいらっしゃいましたよね。
田丸:はい。以前、仲間3人で最初の店を開きましたが、1年ほどで閉じました。今思えば若さゆえの未熟さもあったのでしょう。料理は評論家のジョアン・ケイツ氏に取り上げられるなど高く評価されましたが、サービス面やスタッフとの距離感など、経営者として学ぶべき課題も多い時期でした。
その後、元部下の店に誘われビストロとして手応えも感じましたが、時代の変化とともに価値観の相違も現れました。最終的には信頼していた相手に裏切られる形で店を去ることになり、当時は非常に苦い経験をいたしました。

田丸:店を去った当初は平気を装っていましたが、内心は傷ついていたのだと思います。そんな折、恩師のジェイミー・ケネディに電話をして言葉を交わしました。また、別のレストランを訪れた際、若いシェフたちが「お久しぶりです」と温かく迎えてくれ、ワイン業者の方とも自然に握手ができた。そういう場面が何度かあって、「あ、自分はまだ大丈夫だな」と思えたんです。傷心から救われた気がしましたね。
その後、いくつかの店を経てからのご縁で「鮨加地」で約4年間お世話になりました。高級寿司店でフレンチのコースを担当するのは容易ではありませんでしたが、毎月異なるメニューを考案し続ける中で、自身のスタイルが磨かれました。「ここまでやり切った」と胸を張れる、濃密な時間でした。

ヒロ: コロナ禍を経て、ついに奥様と現在のビストロをオープンされました。奥様と共に働く日々はいかがですか。

田丸:営業中はまさに戦場です。私自身、ホールを経験したことがあるからこそ、お客様と対峙し続ける仕事の大変さを深く理解し、尊敬しています。
妻は店を支える一番の理解者です。シェフにとって最も大切な存在。妻が優れているのは、多忙な中でも全体を俯瞰し、「料理が少し冷めている」「このタイミングで出したい」と的確に伝えてくる。普段は他人に煽られるのを嫌う私ですが、彼女の言葉には確かな理由があると信じているため、素直に耳を傾けることができます。
ヒロ: 若い頃の自分に「これだけは外すな」と伝えるなら、何でしょうか。
田丸: シンプルですが、やはり「尊敬」ですね。仕事の技量以前に、相手に敬意を持てるかどうか。それが良きご縁を育み、自身の学びにも繋がります。
ヒロ: 敬意があるからこそ、素晴らしいご縁も続いていくわけですね。
田丸: そうですね。実は先日、私の60歳の誕生日にも、加地さんやTaro’s Fishの太郎さん、Zenの柏原さんといった方々が駆けつけてくださいました。こうした繋がりは、本当に有り難く嬉しいものです。
もう一点は「若い頃の苦労は買ってでもしろ」ということ。苦労は後年、必ず自分の引き出しになります。
ヒロ: その言葉、かつての私の座右の銘でもあったので、とても共感できます。

田丸: 実を言えば、「もう一年東京で修業していれば」と考えることもあります。別の道を選んでいれば違う自分もいたでしょう。しかし、今の人生を失敗だとは全く思いません。家族に出会い、店を持てた。もし若い自分に一言言えるなら、「もう少し向こうで頑張ってこい」と、どこでもドアで送り出したいですね(笑)。

ヒロ:そのお気持ち、よく分かります。僕も以前は、もしあの時ニューヨークに行っていたら、と思うことがありました。

田丸: そういう「もし」は、誰にでもあるものですよね。私には、フランスでの食べ歩きは、大きな経験でした。帰国直後は、自分が学んできたクラシックな技法と、現地の「軽く仕上げるジュ」という主流の差に、頭が混乱しました。
ただ、自分がどのレベルにいるのかも見えましたし、当時のフランスの流れも理解できました。
しかし迷った末に、「自分はこれでいい」と。今は出汁を引き、丁寧にソースを作るクラシックなビストロとしての立ち位置を明確にしています。
ヒロ: その経験が、今につながっているわけですね。
田丸: はい。若い頃の葛藤や経験があるからこそ、今の自分の引き出しがあります。コースの構成も迷いなく形にできますし、何より失敗した時の修正が違います。「少し甘い」と感じた瞬間に、どう火を入れ調整すべきか体が先に動くんです。
こうした即応力は経験があってこそ。積み重ねてきた時間は、伊達ではなかったと実感しています。
ヒロ: 本日は貴重なお話をありがとうございました。数々の経験を「人への尊敬」へと昇華させ、奥様と理想の店を築かれた田丸さんの歩みに、深い感銘と学びをいただきました。
(聞き手・文章構成TORJA編集部)
田丸雅行(Masayuki Tamaru)さん
17歳で料理の道に入り、東京のフランス料理店「シャン・ド・マルス」にて修業を開始した。1990年にカナダへ渡り、ジェイミー・ケネディやディディエ・ルロワといった著名シェフのもとで経験を積み、トロントを代表するフレンチシェフの一人として確固たる評価を築く。2000年代初頭からトロントの主要メディアで取り上げられるようになり、2006年には「JOV Bistro」にて当時トロント屈指と評されたテイスティングメニューを手がけ、著名な料理評論家ジョアン・ケイツにより「シェフ・オブ・ノース・トロント」に選出された。
Maison T 1071 Shaw St, Toronto
https://maisontbistro.com/
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。NYの有名サロンやVidal Sassoonの就職チャンスを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。ワーホリ時代から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再びトロントのTONI&GUYへ復帰し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今もサロン勤務を中心に、著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。世界的ファッション誌“ELLE(カナダ版)”にも取材された。salon bespoke
130 Cumberland St 2F647-346-8468 / salonbespoke.ca
Instagram: HAYASHI.HIRO
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