「娘の涙が教えてくれた、人生の優先順位」ワインソムリエ・インストラクター長岡裕司さん(前編)|Hiroの部屋

トロント生まれで日本育ち、再びカナダに戻り飲食業の世界で着実にキャリアを重ねて長岡さんを迎える。金融の道を志しながらも、自らの「本当にやりたいこと」を見つめ直し、レストランの現場で英語やサービスを身につけ、やがてソムリエへと専門性を広げていった。その歩みをヒロさんとともに振り返る。
ヒロ: ユウジさんはカナダ・トロント生まれなんですよね?

ユウジ: はい、そうです。トロントで生まれ、8歳のときに日本へ移りました。日本で大学を卒業後、就職せず、こちら(トロント)で活動しようと戻ってきました。

ヒロ: 15年以上前、長岡さんが勤めていたレストランで僕らは出会いましたよね。
ユウジ: 当時、ヒロさんは同世代ながら、すでにカナダ人の中でも第一線で活躍している希少な日本人でした。僕は「いつか彼のようになりたい」との憧れを抱いてました。

ヒロ: 金融業界を志して、大学では経済学を専攻したものの、アルバイトで経験した飲食業の魅力に惹かれ、トロントへ戻られたと伺いました。

ユウジ: 当初の夢はMBAの取得でしたが、日本の大学院の受験で不合格になりました。改めて「自分が本当にやりたいことは?」と考えたとき、大学4年間続けていた飲食業だと思い、だったらトロントでやろうと決めました。そして、25歳までに芽が出なければ帰国してやり直そう、と期限を決めてトロントに戻りました。
ヒロ: 卒業後の急な方向転換と、目標を年齢で設定するという点では、僕も似ていますね。僕は高校卒業後にアメリカ留学予定でした。が、尊敬する叔父から「国立大学?アメリカ?安易な学歴重視でなく、なりたい職業を最優先に考えろ!!」と叱咤され、子供の頃の夢が「美容師」だった事を思い出しました。すぐに国内外の進学を辞め、1ヶ月後には美容院に就職しました。日本で美容師になり、25歳までにはアメリカ挑戦。そして、30歳までに自分が納得する結果が出なければ、日本に帰国すると決めました。
ヒロ: トロントに戻ってからのストーリーをお聞かせてください。今のキャリアを築くのも、とても努力が必要だったかと?
ユウジ: 最初の1年はジャパレスで働きました。当時は小学校低学年程度の英語力だったため、接客で大人と話すには語彙力が足りず苦労もありました。お客様への対応力をつけるために学びながら働き、1年後にO&B(Oliver & Bonacini)に採用されました。
O&Bは、高級志向のカナディアンレストランとして人気があり、洗練された接客マナーやスピード感が求められる環境でした。言葉の壁や文化の違いに戸惑いながらも、同僚やお客様との日々のやりとりの中で実践的な英語とサービススキルを身につけていきました。2019年まではフルタイムで勤務し、フロアの要となり、お客様の好みに合わせて料理やドリンクを提案できるよう、サーバーからソムリエへと専門性を広げました。
きっかけは、マネージャーを目指していた時、当時のメンターから「ソムリエなら専門領域に集中しながらもマネージャー職を目指せる」と勧められたことです。ワインはあまり飲まないものの、接客の幅を広げるための仕事道具として捉え、料理やサービス全般の知識を武器にしてきました。

ユウジ: ヒロさんは、スキル以外の「武器」をどのように身につけましたか?
ヒロ: 好きなことや得意なことに集中して、やらないことを決めたら、自分の興味などが一般的な美容師のスキル以外の「武器」になったのかもしれません。ユウジさんがサーバーをしながらワインを選んだように、自分の武器になる分野を選んだ感覚かと。専門性をとことん追求される方もいますし、幅広く全般にされる方もいます。僕は自分の好きなことや興味を優先。そして特殊な「武器」を増やし、よりレアになれたのだと思います。
ヒロ: 30代後半の2019年までフルタイムで勤務された後、コロナ禍がやって来ます。その前にもう一つ、大きな転機があったと伺いました。

ユウジ: 一番の転機は、やはり娘の存在です。ワインの勉強を始めたとき、どうせやるなら日本でも通用する資格を取ろうと思いました。私は長男なので、いつかは日本に戻る可能性もあると考えていたんです。その結果、国際的に通用する「WSETディプロマ」という上級資格を取得しました。当時、日本人で取得している人はおそらく50人程度だったと思います。
その後、資格を生かしてインストラクター資格も取得するため、イギリス・ロンドンで1週間の講習を受けました。その前後も夜はレストラン勤務だったので、2週間近く家族とほとんど過ごせなかったんです。その間ほとんど家におらず、帰国した日に娘から「パパに会えない」と泣かれたのです。ちょうどそのタイミングで転職のオファーを受け、「家族の時間を優先しよう」と決断しました。
ヒロ: それが2019年だったのですね。そしてその後すぐ、誰も予想しなかったパンデミック。もしあのまま飲食の現場にいたら、ソムリエとして働くことも難しかったでしょうね。
(聞き手・文章構成TORJA編集部)
長岡 裕司さん
トロント生まれ。日本で筑波大卒業後にカナダへ戻り、国内有数の飲食企業にてキャリアを積む。複数のレストランでソムリエとして、ワイン販売の営業、ワイン講師など、ワイン産業の幅広い分野で活躍している。
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。NYの有名サロンやVidal Sassoonの就職チャンスを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。ワーホリ時代から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再びトロントのTONI&GUYへ復帰し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今もサロン勤務を中心に、著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。世界的ファッション誌“ELLE(カナダ版)”にも取材された。salon bespoke
130 Cumberland St 2F647-346-8468 / salonbespoke.ca
Instagram: HAYASHI.HIRO
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