【300年のお香の伝統を受け継ぐ】畑 正高社長|会ってみたい京都人
日本人を魅了した『香』
火を扱う知恵を手に入れた人類が芳香性に富む物質から醸し出される匂いが有用であることはかなり原始的で自然な発見だった。不可思議で強烈な匂いを演出するという知恵は嗅覚によるコミュニケーションそのものだった。
仏教の伝来と共に紹介された外来文化が何故に日本的と認識されるようになったのか。漢方薬としての香料植物の力は驚異的であり平安時代の王朝貴族にとっては教養と遊び心の証しとして、香りは常に重要な自己表現の手立てとなった。
東山時代を築いた文化人たちは寄り合いの楽しみとして花や茶と共に香をも好み、安土桃山の頃には茶の湯の人々からも注目された。
歴史と共に歩んだ嗅覚によるコミュニケーション手段の「香」は、温暖で多雨多湿な気候環境が植物生態を育む島国で、日本文化の継承には重要な要素だった。西暦800年頃遷都された平安京では、練り上げて熟成した香に親しみ、その香りは心の襞を震わせた。古今和歌集の一節には「色よりも 香こそあはれと 思ほゆれ 誰が袖触れし 宿の梅ぞも」、「さつき待つ 花たちばなの 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする」と詠われた。
伝統を継承し多彩な香りを届ける
最近は日本へ多くの外国人観光客の訪問が増している。「それは何ですか」と立ち止まって感じてもらう香りの「きっかけ」を提供して行くのが私たちの仕事と思っている。なぜお香と言えば「京都らしさ」を意味するのか、その秘密が紐解かれば、日本文化の伝達がよりよく出来ると思っている。日本の香文化の源流はインドから中国を経て、仏教とともに、香木が焚かれるようになることにはじまる。日本書紀によると、香木は推古3年(595年)に淡路島に漂着したと言われる。平安時代になると宗教儀礼を離れて、香りを鑑賞するようになり、薫物合わせ(たきものあわせ)などの宮廷遊戯が行われた。
この宗教の香、貴族の香に鎌倉時代以降の武士の香、そして禅の教えが加わり、香道は茶道や華道、能などととも室町時代にその基礎が誕生し、日本の伝統芸道として発展する。
香道は、それら中世芸道のエッセンスを凝縮した文化として洗練度を高め、当時としては非常に稀少な東南アジア産の天然香木を研ぎ澄まされた感性で判別するという独自の世界を構築するに至る。
このころ、それぞれに異なる香りを有する香木の分類法である「六国五味」(りっこくごみ)なども体系化された。香道の流派に、御家流(三条西実隆の公家流祖)、志野流(志野宗信の武家流祖)などがある。
日本にははっきりした季節があり、四季の割合も均等だ。例えば春の沈丁花、夏の梔子(くちなし)、秋の金木犀などと季節ごとに香る自然がある。
そんな季節を材料の配合でいかに感じさせられるか、イメージを香りとして提供するのは、たいへん格調高い生活文化なのだ。
日本人が長く受け継いできた歴史の中にずっと流れている、良きものを認めて愛でる気持ちに裏打ちされた、クオリティを大切にしている。
松栄堂は香づくりひとすじに、古典的な香りや新しい素材を組み合わせた、洋風の生活にも似合うモダンな香り、また、火をつけて焚くお香、匂い袋、文香などそのまま使用するものなど幅広く扱う。
さらに近年は香りを塗布した和紙をモビールにしたり、籠に入れて下げるなどインテリアとしても楽しめるアイテムも増えている。伝統の技と心を継承しつつ先進を柔軟に取り入れ、多彩な香りを届けている。

日本人が受け継ぐ生活文化を伝える
代表取締役社長 畑 正高
香りの文化を次世代へ受け継ぐ


香りを楽しむ文化の伝承では茶の湯や聞香などの伝統文化を体験できるイベントや、香りに興味を持ち、香の良さを見直す機会をつくるために、『香・大賞』 というエッセイコンテストを主催。さらには講演やワークショップなど、様々な形で活動を展開している。
松栄堂京都本店2階にある香房では、お線香の製造工程が見学できる。2018年、香りとの出会いの場、日本の香文化の情報発信拠点として薫習館(くんじゅうかん)を開設し、無料公開している。ここではお線香が出来るまでの工程を模型で紹介したり、香りの元になる材料を見て嗅いで体感できる。世に芳香剤はあふれているが、本物の香の原料を嗅げる機会は少なく、老若男女を問わず、嗅ぐうちに香りの素晴らしさを体感している。
「香りはデジタル化できない、精神性の高いものであり、自ら感じないとその良さを実感できないので、いろんな形で香りを体験してもらえるようにしている。」
材料の源を考えて環境保全活動にも熱心であり、香りを楽しむ文化を広め、親しんでもらい次世代へと受け継いでいくための尽力をしている。
松栄堂の歴史

宝永年間に初代畑六左衞門守吉が丹波篠山から漢方街として知られる二条に引越し、一家の生活のために日常生活用品を販売する「笹屋」の暖簾を掲げたのが始まりであった。
宝永年間(1705年頃)に京都で創業された各種薫香の製造販売を本業とする長寿家族企業である。京都御所の主水職を勤めた三代目畑守経が基盤を開いた。お線香や匂い袋の製造に加え、明治30年(1897年)には円錐形の「香水香」を開発し、屋号を「松栄堂」と改めた。

日本への関心が高まっていたアメリカへ日本初のお香の輸出に成功し、米国にも販売拠点を構えた。常に伝統の上に新しさを加えた香りの文化を、多彩な形で発信し続けている。家訓は「細く長く 曲がることなく いつもくすくすくすぶって あまねく広く世の中へ」である。
畑正高氏の人となり

私は当時商家としては広い敷地の中に生活の場や蔵などもある所で生まれ育った。子供の頃は仕事場が遊び場でもあった。小学校に入った時、学校の先生から「この子はチョット変わった子やなあ」と思われていた。小学校では、当時学校の担任の先生による家庭訪問があり、何でこんな変わった子になったのか不思議に思われていたが、大勢の大人の中で育っていたからだと納得された。やんちゃで活発だった私は大人の中で可愛がってもらい自由活達に育った。

父の勧めで仏教系の高校に入り寮生活を過ごし貴重な体験になった。大学は同志社大学で学び、卒業後一年間イギリスに留学ののち、松栄堂に入社した。京都では自社で働く前に他社に就職し修行する習わしだが、我が家は物造りが主体の事業であり原料の調達や生産など他所で学ぶべき事柄をすべて自分の所で修行することができた。
学生時代はバスケットや、スキー、そして当時京都で流行っていたフォークソングなど姉の影響を多分に受けて学生時代を過ごした。姉がイギリスに留学していたこともあり、その影響を受け自分もイギリスに一年留学した。欧州の文化の厚みを隈なく勉強することが出来た。
商いの難しさ
今まで得意先から不渡り手形の被害を受けたり、社員の人事問題や、視点の違う考え方など、多忙で月末には外に出られなかったり、いろんな体験もあったが、お陰様で会社が傾く程の悲惨な出来事はなかった。
いろんな出来事に出会っても「何があってもいい経験をさせて貰った」と思うようにした。そう思っていると従業員や家族もうまく対応してくれている。いろんな経験は「いい肥しとなった」と思いながら図太く過ごして来た。悩み込んでも、また人に相談しても、文句を言っても問題の改善に繋がらないと認識して日常を過ごして来た。
商いの仕方は
社内方針は、売り上げ目標や利益目標など設定はしない。先ずは自分が出来る事からはじめて、「去年より今年はもっとどうしよう」と常により高い所に着地点を求めている。これらの積み重ねから、より高い品質や商品とより良い対応を求れば自ずと結果が見えてくると思う。
マーケットは国内か海外か
多くの古典文化は中国から日本に渡って来た。例えば「お米、お茶、そして仏教とともにお香」などである。その後お米やお茶は日本でも収穫出来るようになった。然し、お香の原料は今も日本以外のアジア諸国から輸入している。日本でお香の素材の育成は出来ない。日本人がお香を親しむのは山紫水明、湿度の高い生活環境と感覚によりお香で「非日常」を体験できることである。
日本からお香を海外に持ち出すことを目標とはしていない。一般的な企業は世界市場へ業務拡大を目指しているが、我々は別ものと肝に銘じ自覚している。お香の良さに出会い、理解されるお客様に「松栄堂」を見つけていただき、お香に触れ、その良さを気に入っていただくように、そしてご期待に添えるように「準備と対応」をしていくことが商いの旨と心得ているので、お香の持続可能な提供を心がけ、更なる香の開発や新商品の改良を常に目標としている。烏丸二条の本店を訪問されて、お香を体験して頂く「出会い」の場創りに日々精進している。
未来を担う君たちへ
畑 正高

デジタル化が日常となった現代社会では、日常生活は、気がついてみるととても狭い範囲で終えているのではないでしょうか。いつもの情報ソースや、いつもの人たちと会話して終わっていると思いませんか。広く俯瞰して、未知の世界の大きなことを意識しましょう。そして、いつも…ではない世界との出会いを楽しみませんか。新しい発見は、新しい自分を開発してくれます。例えば、同世代や仲間とは違った人々との出会いに挑戦してみてください。少し緊張するかもしれません。戸惑いもあるでしょう。
でも多様な人々の経験や発想に出会うことで、自分の視野が広くなっていくことに気付くでしょう。異文化に出会う楽しさを体感してほしいのです。世代の違う人々も異文化です。違う地域の人々も異文化です。もちろん異国の人々も異文化でしょう。異文化に生きる人々の背景を知ることで、慮る力を育みましょう。広く俯瞰する視野を育み、他者を尊重し、信頼していただける人として、自らの中に社会性を育みましょう。

著者:市田 嘉彦
京都五条坂出身のビジネスコンサルタント。京の伝統文化、ラテン音楽、武道愛好家。座右の銘『今ここで頑張らずにいつ頑張る』京都大徳寺大仙院尾関宗園住職直伝。JAPAN TRADE INVEST(Consultant)、Former Investment Advisor at JETRO Toronto













