私費150万ドルを投じて、今まで200人以上のシリア難民をスポンサーし、カナダでの移住生活をサポートするなどの人道的活動を行うカナダ人実業家・Jim Estill氏
カナダ建国150周年記念インタビュー
現代カナダ偉人伝
Danby社CEO Jim Estill氏
2015年から私費150万ドルを投じて、今まで200人以上のシリア難民をスポンサーし、カナダでの移住生活をサポートするなどの人道的活動を行うカナダ人実業家
巨額の私費を投じ、シリア難民をスポンサーし、カナダ生活を支援する一人のカナダ人の行動が、カナダはもとよりBBCニュースなど世界のメディアで話題となった。彼の名はオンタリオ州ゲルフにある家電メーカー、ダンビー社のCEOジム・エスティル氏。同氏は、前職ではリサーチ・イン・モーション(現ブラックベリー)の取締役を務め、過去には、Synnexカナダ社でCEOを務め、同社を20億ドル企業に成長させた立役者として、ニューヨークでTEDスピーチにも登壇もしたことがあるカナダ人実業家だ。カナダのビジネスシーンの第一線で活躍してきた実業家でありつつも、昨今はシリア難民のカナダ再定住化計画をサポートするなどの社会活動にも全身全霊を捧げるジム・エスティル氏にお話を伺った。
自分にできる小さな事から始めてみようと決意した事が全ての始まり
シリア難民の人々を助けるためのプロジェクトはどのようにして始まったのでしょうか?
当時から終わりの見えないシリア内戦により難民の人々が危機に陥っている様子をニュースで見て、「自分にできることは一体何なのか?」と来る日も来る日も悩んでいました。そして自分が彼らのスポンサーになれば良いのではないかと思いついたのです。これが後に多くの人々のスポンサーになるきっかけともなる出来事でした。私がこれまでの人生で見たことのないほど、大きな規模の人道的危機が起きているのだと感じていましたし、それをただ見て見ぬ振りをするなんていうことはしたくなかったのです。だからこそ、自分にできる小さなことから始めてみようと決意した事が全ての始まりとなりました。
2015年よりこの活動を続けてきているとのことですが、支援を続けるための情熱や意志はどこから湧いてくるのでしょうか?
この難民問題はまだ解決したわけではありません。実際に私はたくさんの難民の人々に出会って話を聞く中で、これがどれほど深刻な問題かに気付かされました。そして、その危機に瀕する人々というのは私達と同じように幸せに暮らす事を夢見るごく普通の人々なのです。彼らのことを知る度に、どうしたらもっと多くの人々を助けられるかということを考えさせられるのです。
リスクはあっても、ただただ前進あるのみ
これまでにも多くの困難があったと思いますが、一番大変だったことは何ですか?
難民の人々にとっての一番の難関は、英語を話せなくてはならないことだと思います。英語が話せなくては、カナダで生きていくのは非常に難しいでしょう。私達が力を入れてきたことといえば、彼らに英語のテレビ番組を見せたり、チューターをつけESLの授業を用意したことです。あとは政府の処理が遅いために、難民をカナダに正式に受け入れるまでの時間がかかったことですね。また人々と接していく中で、文化的背景の違いから起こる小さな問題などもありました。
こんなにも大きなプロジェクトを進めていく中で、不安や恐れを感じることはありませんでしたか?
もちろんありました。私は起業家ですし、いつだってリスクはつきものです。リスクはあっても、ただただ前進あるのみ。目の前に大きな挑戦がやってきた時は「どうやったらこれを乗り越えられるか?」というふうに考え、それに対して恐れを感じた時は「一体私は何を恐れているのだろう?」と自分に問いかけます。たいていの場合、その不安を取り除くために出来る対処法が見つかります。例えば200人の難民を助けようと思ってもたった一人の力ではできない。多くの助けが必要だと気付いた私はボランティアを募り、結果的には800人のボランティアが集まりました。私の仕事といえば、ダンビー社を経営するかのごとく、ただ人々を統率していくこと。私よりも多くのボランティアのおかげでこのプロジェクトが成り立っているのです。
日本やカナダにも多くの組織やコミュニティが存在していますが、そのようなコミュニティレベルであっても私たちが難民問題などでできることはあるのでしょうか?
まずはシリアの人々が、自身の身を守るために不本意ながらも国を去ることを強いられている現状を知ることです。彼らは同じ人間なのです。あなたの周りにシリアの人々がいたならば、どんな形でもいいので彼らを手助けしてください。私の主な役割というのは彼らに仕事を与えることです。新しい国に来たばかりで、何の伝手も経験もない、さらには英語にも不慣れな状況でどうやって仕事を手に入れるというのでしょうか。仕事は家族を養い、新しい人生をスタートさせるために一番重要ではないかと考えています。まずはあなた自身が良い人間であり、正しい行いをし、自分にできる小さなことを始めてみてください。
社会をよりよいものへと変えていくために私たちにできることとは何だとお考えですか?
答えは一つとは限りませんが、誰かを助ける機会があった時には手を差しのべることもできるでしょうし、戦争を止めるよう政治家に訴えることだってできるでしょう。また現存しているエネルギー資源を使いすぎないという環境意識も大切ではないでしょうか。石油などの資源を必要としなければ、そもそもこのような戦争を引き起こすということも無くなるかもしれません。みんなこの地球上に生きているのですから、環境に優しくなることは必要だと思います。
「良い人間でありなさい。他人に優しくしなさい。」今ではその言葉こそが私自身を形作っている
「両親が人道的なものの見方を植え付けてくれた」と様々なインタビューの中で答えられていますが、ご両親の教育方針がどのようなものだったかお聞かせください。
私が幼かった頃、ウガンダからの難民が2人、家族と一緒に暮らしていました。1972年にウガンダでアジア人追放事件が起こり、彼らも国を追放された人々でした。そのため私は兄弟と同じ部屋にさせられ自分の洋服は彼らのものになったりと、当時は全く嬉しくはありませんでしたが、専業主婦である母が20歳前後の見知らぬ男性2人と毎日共に生活するのですから、母の勇敢さは計り知れません。周囲で困っている人を放っておけない、いつも気前の良い両親は「良い人間でいなさい。他人に優しくしなさい。」と口癖のように言っていました。そんなことを毎日のように言われるので、子供ながらに不満に思ったこともありましたが、今ではその言葉こそが私という人間の源となっています。
エスティル氏がプライベートや仕事などで、これまで日本と関わりを持ったことはありますが?
以前していた仕事がコンピュータービジネスだったため、日立や東芝といった日本の代表的な企業と仕事をする機会もあり、日本を何度か訪れたことがあります。またカナダのIT業界では、多くの日本人や中国人、インド人のバックグラウンドを持つ人々が働きやすいように思います。日本は電化製品などの市場が強く優れている印象があるので、もしかするとそれらが関係しているのかもしれませんね。
「国が違うから、それは私達の問題ではない。」と見過ごしてしまう事こそが、現在世界で起こっている問題
カナダといえば、難民の受け入れなどに対し非常に寛容的であることがうかがえますが、一方日本では受け入れの設定基準が難しく、まだ少数の規模です。このような二国間の違いについてどのような印象を持たれますか?
多文化国家のカナダと比べれば、日本が多様に変化するのは難しいと言えるのではないでしょうか。カナダは建国されてまだたったの150年。私の会社にも日本、中国、インド、パキスタン、ハンガリー、ウクライナ、ドイツなど様々なバックグラウンドを持つ人が働いていますし、そのような背景により、他国シリアの人々を助けようと思うのは難しいことではありません。人道主義の観点から言えば、私は〝恵まれた人々や国家が困っている人々へ何らかの手助けをすること〟は義務であるべきだと思います。日本にも是非とも難民の人々の受け入れ拡大をしてほしいと願いますし、もしそれが厳しいというのなら難民をサポートする人々や、今もなお難民キャンプで暮らす人々を手助けすることはできるのではないでしょうか。「国が違うから、それは私達の問題ではない。」と見過ごしてしまう事こそが、現在世界で起こっている問題なのです。
過去のインタビューでは他の企業や団体らも協力してほしいと願うと語っていますが、この活動が世に知られるようになった今、現状はいかがですか?
やはり、一社だけの企業が出来ることには限界があります。私よりも裕福な人は世界に沢山いるでしょうし、彼らこそ私よりもっと多くの難民をサポートできるはずだと悔しささえ覚えることもありますが、私が寄付をお願いし、実際に援助をしてくれた企業もあります。「GRACO」というベビー用品会社は子ども用の高い椅子を寄付してくれましたし、「BAFFIN」というフットウェア会社からは安全ブーツを寄付してもらえました。
起業家であり一企業のCEOを務め、またこのビッグプロジェクトのリーダーでもあるエスティル氏が思うリーダーになる上で最も大切なことは何ですか?
私が思うリーダーに必要な素質は〝リーダーは何もしない〟ということです。私の元には既に働いてくれる人が存在しており、私が行うことなど特にありません。私の役割は、人々を統率しインスパイアすることです。もしリーダーが働きすぎてしまったら、それは自分の元で働く人々の成長を阻止し、ビジネス規模を大きくする上での障害となりかねません。人々に影響を与えられる人物であるための鍵は、〝行動に移すこと〟だと思います。
このプロジェクトの次の課題や展望を教えてください。
もっと多くの難民を受け入れる事、特に現在カナダに来た難民の家族を呼び寄せる事です。現在は既にシリアからの人々がこちらに住んでおり、彼らは英語とアラビア語も話せて、文化的背景もわかっているのですから、新しい難民をより受け入れやすくなります。このようなプロジェクトはまだ何十年と時間がかかると思いますが、ここまで来てシリアの人々を見放すという事は絶対にしたくありません。
読者の皆様へメッセージをお願いします。
ここカナダに住んでいる方なら、実際にボランティアなどを通して難民を支援することができます。どのカナダの都市にも難民の人々は住んでおり、教会やモスクに行けば彼らに会い、何か絶対に手助けできることがあります。日本にいれば難しいかもしれませんが、私達はここカナダにいるのですから誰しも簡単に彼らの力になれるはずなのです。
Jim Estill (ジム・エスティル)
ウォータールー大学在学中より、自らテクノロジー会社を起業。その後はSYNNEX社でCEOを務め20億円企業に会社を導く。リサーチ・イン・モーション(現ブラックベリー)でも取締役を務めるなどリーダーとしてのキャリアを磨き、2015年家電メーカーDanby社設立。シリア難民をカナダに再定住化させる計画を実行し、今もなお難民の人々の救済活動に尽力している。