モノの値段が 下がる もう1つの理由
世の中、モノの価格がどんどん下がり、経済を牛耳る人たちは必死の防衛策に忙しい。だが、この下がる物価、理由があって下がっているはずだ。まずはその原因を探らなくてはお仕着せの対策では太刀打ちできない。易しい例えで一緒に考えてみよう。

近くに開店した日本食レストランはいつ通っても閑古鳥。ある時、勇気をもってそのドアを押し、メニューをみてびっくりした。1つ99セントの寿司のセレクションにはイクラもトロもあるのだ。騙されたと思って注文したら他の寿司屋とそん色はない。中国人のオーナーだが寿司を握るのは日本人。だからひどく失望するわけではないのだろう。
その時、この店はそのうち、客が入りだすだろうと思ったが、案の定、徐々にいい具合に混み始めている。
世界で本格的な「近代のデフレ」を経験したのは日本が最初である。デフレ、つまり、モノの値段が下がることだが、消費者からすれば財布に易しいと思うだろう。一方、経済の観点からは全体のパイが縮み、給与は下がり、人々はますます消費しなくなる悪循環のモデルと指摘されている。
一般には先進国なら物価は年2〜3%程度上がるのが適当だし、新興国なら5〜10%程度の成長力を持続しないと先進国に追いつけない。ところが今、日本だけでなく、ヨーロッパもアメリカも新興国も物価が低迷し、必死の対策を行っている。
その対策は易しく言えば金利を低くし、お金をばら撒き、もっとお金を使わせよう、という政策である。だが、日本では10年以上続けているが効果は薄い。ヨーロッパもアメリカも同様である。つまりお金を使わないのである。中国や東南アジア諸国は今や、世界の供給基地であり、多くのモノが世界各地に送り出されているがその思惑通りにモノが売れていない。これを難しく言えば総需要不足という。
なぜ、人はお金を使わないか、そのヒントは冒頭の例に隠されているのではないだろうか?
80年代、90年代の自動車の広告は差別化をアピールするものだった。こっちにはこれだけの装備品がついているというものだ。人々は喜んでその差額を払い、より高いモノを買い、その差別化された品質に満足してきた。ところが、今、新製品は成熟した技術の中で差別化させにくくなっている。
私は不動産の仕事に長年携わっているが、かつて開発した案件は新発売のたびにブランドニューのアイディアを打ち出し、多くのお客様に喜んで頂いた。今、同業者に「今は何が新しい?」と聞けばもはや目新しいものはないそうである。だから、建物のデザインに莫大なお金をかけ、芸術作品としての高価なコンドミニアムに仕立て上げるというのが実情である。
北米ではラーメンブームがまだ続いている。私はそろそろ終わるとみている。理由は簡単だ。ラーメンの価格が15ドルにもなれば客は絞り込まれる一方で7ドルのラーメンを提供する店も出てくるからだ。これを私は「マーケットが熟れる(こなれる)」と称している。
ラーメンの物価が7ドルに下落すると客はラーメンへの期待物価も下がる心理が働く。更にもう1つ見逃せないのはうまいラーメンを作るハードルが下がってきたということである。
日本では家でラーメンを作る方がうまいという人は多い。たかがスーパーの生ラーメンでもかなり品質は上がっているからだ。有名店のスープは一人前50円程度で簡単にゲットできる。同じことは7ドルで提供するラーメン店でも言える。「安かれ悪かれ」という時代は終わった。「安くても良かれ」である。
アベノミクスへの懐疑的意見が再び聞こえてきた。大前研一氏は「市場にお金を供給すれば景気が良くなるという経済の原則は21世紀には変わってしまった」と指摘している。私も同感だ。それともう1つ、モノは所有せずに必要な時に必要な分だけ使う、という発想が広く普及したこともある。
レンタルCDにDVD、クラウドコンピューティングからカーシェアリング、シェアハウスにAirbnb、ウーバを含めたシェアライドなど世の中、所有しないことが主流になっている。
私事で恐縮だが、長く私は不動産事業をやっていると紹介してきた。だが、この数年はレンタルビジネスをしていると言い方を変えている。ちなみにそれら事業とはマリーナ、商業不動産、駐車場、レンタカー、ストーレッジに日本ではシェアハウスや事務所リースと不動産や資産を人に貸すことをビジネスとしている。
所有しなければ需要は下がり、物価も下がるがそれに対して人々は不幸せになるか、といえばそんなことはない。「経済」の語源は「経世済民」と言い、世の中をよく治めて人々を苦しみから救うことである。当時の意味と現在の「経済」の捉え方は違うが、究極的には世の中が平和で前向きで幸福な社会が築き上げられているのか、が焦点になろう。
今日あちらこちらで「民主主義」という言葉が聞かれるのは地球ベースのトレンドが経済の成熟によって更に変化したとしても過言ではない。
物価が金融政策によって調整できるというのは私から見れば一世代古い発想になりつつあると思っている。逆に言えば経済の理論とはそれぐらい先取りできない学問でもある。
寿司とラーメンの話から深入りしてしまったが、世の中の動きをこのように捉えると案外、わかりやすいのではないだうか?
了
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。



