【第3回】姉妹都市交流|カナダ新移住者とトロント日系コミュニティー

前回は、2001年に私がトロントに来てすぐに始めたコミュニティー活動についてお話ししましたが、今回は少し時代を進めてみたいと思います。
先日、モントリオールと広島市の姉妹都市交流の発起人にお会いし、姉妹都市交流の話で盛り上がったことがきっかけで、2015年から2019年の間、日本に戻っていた時期のことを思い出しました。母が病気で亡くなり、父のさまざまな手伝いのために帰国していたその4年間、仕事とは別に、コミュニティー活動として姉妹都市交流に力を注いでいました。
私は、姉妹都市交流事業の部会長として、また国際交流協会の理事として活動に関わりました。結果的に、この活動こそが、トロントを離れた寂しさを紛らわし、15年ぶりの地元での生活や、日本での仕事に慣れるための一番の近道になったと感じています。
「姉妹都市交流」とは、その名のとおり都市と都市のお付き合いで、ビジネス・経済交流、学生交流、文化交流など、さまざまなレベルで市民同士が共通の目的のもとに行う交流活動です。
私の地元の市では、市の外郭団体である国際交流協会が、高校生の派遣・受け入れを市と役割分担しながら行っており、学園都市同士という背景もあり、主に学生や市民レベルでの文化交流が中心となっています。
お隣の市は、より規模が大きく経済的にも豊かなため、交流の相手先も同様に大都市であり、商工会や大使館と連携しながら、市と国際交流協会が主体となって経済面を重視した交流が展開されています。
このように、同じ県内でも市の規模や特色によって、交流のスタイルや目的も異なります。私の市と姉妹都市となっているアメリカ南部の都市も比較的小さな町ですが、双方が大学を中心とする学園都市という共通点があり、音楽やスポーツなどの学生生活を通じた交流が、40年もの長きにわたり続いています。
日本とアメリカの高校生たちが互いの国を訪れ、文化を学び合う姿を見るたびに、自分自身が高校生のときに初めて留学した頃の気持ちを思い出しました。時代が変わっても、国が違っても、若者たちが放つエネルギーは変わらずキラキラとまぶしく、未来への希望に満ちていました。
同時に、自分が生まれ育った地元に対する愛着にも改めて気づかされました。日本で暮らしていた当時には感じることのなかった、実家や母が残してくれたものへの感謝の思いが日ごとに深まり、それが私の心の支えにもなっていたのだと思います。
そして今、再びトロントに戻り、成人した子どもたちを見送りながら、移住して25年が経ちました。現在は、トロント都道府県人会連合会を代表して、各県人会に姉妹都市交流の意義や可能性を伝えながら活動の輪を広げるお手伝いを続ける一方で、遠隔で習志野市の姉妹都市交流事業の委員長としての役割も続けています。自分が生まれ育った習志野市も、家族とともに暮らしてきたトロントも、どちらもかけがえのない「ふるさと」なのだと、感じています。





