グルメの王様のおしゃれ美食道 第36回
「事業は人なり料理も人なり」






もう20年も前の話です。舌平目のフライの記事を書く為Bloor通りにあるホテルを訪れたことがありました。コンシェルジェらしき人にすぐ横にあるレストランの表に出ているメニューにお目当てが無いことを告げると、笑顔で「ご心配なく。シェフに言えば何でも作ってくれますよ。」さてそれからが大変。勿論そんなことはなく、美味しくもない料理を食べさせられた上に、お粗末なウェイターが請求書を指差し、三度も「これにはチップが入っていませんよ。」と催促に来る始末。もう散々でした。
また以前、ダウンタウンの料理学校で行われた日本料理の会があり伺ったのですが、始まる前人を掻き分け駆け寄ってくる人がいました。どこかで見たような、と思ったのですが、その人こそKing通りにある有名ホテルの料理長だった人です。10年以上前になりますが、東京のホテルの取締役総料理長で国際派シェフの代名詞ともいわれる友人を、トロントのホテルに招き腕を奮って貰う、前代未聞の「東京フランス料理フェアー」を企画した際10日間の滞在を何とか二週間に延ばして欲しいなど、最も熱心に私の企画に賛同してくれた料理長です。しかしその後何の釈明もないまま謎の消滅となったのですが、その時の日本のフランス料理業界への信じがたい非礼を、長い間気にしていたのでしょう。本当に申し訳なさそうな顔をしながら硬い握手をしてくれました。
「事業は人也」を目標とした父は、仕事に対する姿勢は常に求道者の如く厳しく、それを自分自身にも課していました。人生における三種の神器は「挨拶」「お礼」「お詫び」だと信じています。そして私は「料理も人也」だと思っています。きちんと挨拶することすら出来ない料理人は間違いなく三流の料理人でしょう。
冒頭お話した苦い経験以来、トロントではこれはと思う味に加え、日本が世界に誇る「サービス精神」に出会うことは至難の技となっていたのですが、そんな中唯一と言っても良いほど、いつ行っても快いサービスと何にも増して清潔なレストランがあります。それは”Renaissance Garden Café” Kennedy東/ HWY401北に位置する商業ビルの一階にあります。本当にここは綺麗です。家族経営のようですが、中心は息子のJohnさん。彼も家族同様絶えず周りを掃除している姿にいつも感心します。ビルの住人向けの至ってカジュアルなお店ではありますが、お父さんの優しさ溢れる上品さには驚かされます。
日本の専売特許「おもてなし」で忘れられないのが、京都を訪れた際立ち寄った祇園の「豆寅」。素朴なおねえさんとの会話も心和むものでしたが、こちらの名物の小さなお寿司の由来を聞かされ感激しました。それは舞妓さんが大きな口を開けなくても食べられるように、という物語です。これこそ受け手を気遣った日本の古都の精神ですね。
料理はただ作って出せばよい、というものではありません。絶えずお客様のことを考え、貴重な時間を如何に快適に過ごしてもらうか、そういう気持ちが無くてはいけません。Johnさんの笑顔が心地よいカフェのようなお店が今後増えることを祈らずにはいられません。
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。







