グルメの王様のおしゃれ美食道 第32回「ダニエル・イン・トロント」
「ダニエル・イン・トロント」
美食の話題で皆さんによくお話するとても興味深いエピソードがあります。それは大分前の読売新聞のコラムに載っていたお話です。著名な探検家がある奥地の滝に珍しい三色の虹が出ると聞き、遠路遥々出かけました。苦労の末やっと滝に辿り着き、案内人の「もうそろそろ出る頃ですよ。」との言葉に胸躍らせ待ちました。さー待望の虹が出ました・・・でも何回見ても普通の七色です。怒った探検家が案内人に猛烈に抗議すると、何と案内人は、「何言ってるんですか。三色じゃないですか。」
これは実話だそうですが、もうお分かりのように、我々が七色に見える虹が、その地方の人々には三色にしか見えないということです。私はすぐこれを美食の話に置き換えてみました。再三申し上げる「一流の料理は芸術と同じで、受け手側の教養が存在して初めて成り立つ」という言葉もその頃作った言葉です。
トロントで美味しい物を発見するのは至難の技ですが、それは味覚世界一と言われる日本人、それも美食の町で生まれ育ち多くの一流の料理に触れた人々の意見で、始めからそういう経験の無い人にとっては、味もまあまあの都市なのでしょう。
美食に大切なのは、経験という名の美食歴ですが、いつも出来るだけ一流の料理人の手による一流の料理に接する機会を増やすようにアドバイスしています。そういう意味で間違いなく世界的なスターシェフ、ニューヨークのダニエル・ブリュが指導していると言われる、その名もカフェ・ブリュは、一度は行ってみる価値が有るかも知れませんね。大ファンのエルキュール・ポアロ役でもお馴染みのアカデミー賞を二度も獲得した名優ピーター・ユスティノフが、「トロントはスイス人が経営するニューヨーク」と言ったそうですが、言い得て妙ですね。さてこの新装なったフォー・シーズン・ホテルにあるカジュアルレストランは、流石に客筋が良いですね。私のレストラン訪問の最大の着眼点は実はお客様です。この日はお洒落なお昼のメニューを楽しみました。よくあるファースト・コースから一品。セカンド・コースから一品というシンプル・イズ・ビューティフル・スタイル。メニュー選びを悩む方もおいでかと思いますが、一方ウェイターとのやり取りを楽しむ瞬間でもありますね。始めのコースからそれぞれBerry Parfait とシェフお薦めのCharcuterie & Cheese Board 次のコースでは、Oeufs Meurette とSteak and Eggs をオーダーしました。ダニエル・ブリュはニューヨークの大好きなレストラン、ル・サーク出身で、言わずと知れた名店ダニエルのオーナーシェフ。今後も大いにトロントに刺激を与えて欲しいと願っています。我々のテーブルの隣に老齢のご夫婦が食事をしていました。食事後奥様が近づいてきて、パートナーのファッションを褒めてくれました。私もニューヨークのレストランで何度も体験していることですが、食事に来たのに、人の服装を褒める余裕があるとは、素晴らしいことですね。我々の出身地などを興味深く尋ねたり、暫くお話しましたが、逆にどちらの方かお聞きすると・・・ニューヨークからヴァカンスでとのこと。やっぱりニューヨーク!
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。