vol.2|壮大な学園物語『バベル』|翻訳の窓から – 書評で読む世界

中国系アメリカ人、R.F.クァンが書いた『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』は、ハリー・ポッターのダーク版とでも言いましょうか。覇権国家の横暴、権威主義、移民、AIが引き起こす危機と現代と重ね合わせながら、ぐいぐいと読ませます。翻訳は古沢嘉通、出版社は東京創元社です。
舞台は19世紀イギリスのオックスフォード大学。そこで世界中から集められた優秀な学生が「銀工術」なる魔術を研究している。それは、言葉が刻まれた銀の棒に、「適合対」と呼ばれる外国語を掛け合わせると魔力が解き放たれる仕組みです。つまり、学生は語学に長けた翻訳家で、様々な言葉の語源を掘り下げて稀有な適合対を探しているのです。この銀の棒はイギリス社会根幹の随所に使われ、これがなければイギリスは崩壊するというのですから、翻訳家の責務は重い。
この頃イギリスは、国内で産業革命が頂点に達し、覇権国として植民地主義を極め、銀の独占を目論み、中国を攻める機会をうかがっていました。ところが、国内には中国語のエキスパートが少ない。そこで広東で11歳にして母を失った主人公ロビンがイギリスに連れてこられ、語学の英才教育を受けます。
オックスフォードに進学したロビンは母国から引き離された孤独を抱えながらも、インド出身のラミー、ハイチ出身のヴィクトワール、イギリスの特権階級の生まれでも女性であるために虐げられてきたレティの3人の同級生と友情を育みます。4人は自分たちを蔑むイギリス社会に強い矛盾を感じ、やがて、打倒植民地主義を目指す地下組織に入り、革命を企てます。
この翻訳家集団は機械に仕事を奪われた労働者集団と結託し、言論でイギリス軍と持久戦を展開。親友だったはずの4人には転機が訪れ、信頼関係がゆらぎはじめます。そのショックは強烈。言葉を尽くして書かれた彼らの秘史は壮絶で、母国を離れて異文化の中で暮らす人は、翻訳家たちの苦悩に深く共鳴することでしょう。

評者=新田享子
書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。国際政治、文芸理論、歴史衣装など縦横無尽にさまざまな分野の書籍を訳す英日翻訳者。kyokonitta.com





