『レロレロレロ〜』|頑張りましょうその日までー時代をこえたチャレンジ:子供の言語教育石原牧子ー
産後の自分の生活を振り返ると戸惑うことが多かった。お産の一週間前までフルタイムで仕事をしていたのに、子供が生まれた途端、ホームバウンドの生活を強いられ、ハードルの高いママ壁に突き当たった。でも自分のことなど気にしてはいられない。相手は生身の人間、全てを誰かに頼らなければ生きていけないひ弱な存在。そして日々の“衣食住”以外にカナダでどう育てるのかという課題に直面する。
ママ業開始の話の前に私があるカナダの家庭で体験したことをお話ししよう。日本からトロントまでの直行便のない時代に留学生としてやってきた私は知人の紹介でバンクーバーの日本人のご家庭に数日お世話になったことがある。カナダ生まれの二人の十代のお嬢さんとご両親の四人家族。彼女たちは日本から来た私を珍しがって喜んで迎えてくれた。ご夫婦もお寿司を作って私を大歓待。全て順調だった…がすぐに気がついた。娘たちはご両親と日本語で会話ができない。お母さんも英語で娘たちが何を喋っているのかわからない。えっ、こんな家族ってあり?20代の私には信じられない衝撃的な家族だった。結局娘たちに頼まれて私が通訳係に。この時の記憶は私の妊娠中にメラメラとよみがえってきた。そうだ、私の母国語で私と会話できる子に育てなければ。これは自分のためでもあり、娘のためでもあると確信し、子育ての目標になったのだった。
さて、娘の環境づくりは病院の分娩室の音楽に始まった。出産の時、音楽をかけるといい、産前ワークショップで聞いた私と旦那はカセットテープを用意することに。ところがウンウン分娩室で唸っている私のそばで『Blondes Have More Fun』というガチャガチャした曲が出てきた。旦那は間違いに気づき、医者に白い目でみられながらオロオロと慌てふためく。持ってきたはずのテープが見つからない。昔のテープが入ったまま。そうこうするうちに、「オギャー」。赤ん坊の髪の毛はどう見てもブロンドではない。
ミルクを飲んで排泄して寝るだけの乳児の生活にどれだけ音楽が影響するのかはわからないが、音楽を聴きながらお腹をさすってもらい夢路に着くなんて何という幸せ者。クラシック音楽から「子供のための日本語の歌」、英語の「ナーサリーライムの歌」、などいつも何か流していたように思う。歌詞の意味よりも、異なった歯切れの良い音、音質、リズム感や心地よさを私も赤ん坊と一緒に楽しんでいた。英語のナーサリーライムは事実かなり難しい単語を使っているがライムのリズムが楽しい。日本語の歌は発声の仕方も英語からかなりかけ離れているがそれもいずれ幼児の脳に吸収されていく。
娘が這うようになり、ウォーカーに乗って動き回るようになると、音楽と一緒に体を動かしたり、ある時はおもちゃを舐めながらただジーっと聞き入っている。音楽が止まると自分の舌や唇を使って自作の音を出し、楽しんでいた。「アーアーアー、ブーブーブー、ヒューウ、ヴーヴー」ピッチもバラエティーに富む。機嫌が悪かったり寝つきが悪かったりした時は音楽を流すとス〜ッと魔法のように収まる。
一番楽しそうにしていたのは舌を丸めて上顎に跳ね返して出す音、「レロレロレロ」。歌っているつもりなのか、一人会話をしているのか分からない。舌の動きに集中しているため音は単調だがとめどなく続く。自分が作り出せる音に快感を感じているのだと思う。幼児の「口遊び」は自分で口の仕組みを発見するプロセス、音の不思議に対する好奇心の表れだと思う。この頃から私は娘の発声する音を録音し始めた。






