カナダのシリコンバレー・ウォータールー市で「みずほ 自動車産業セミナー」を開催
ドライバーレスカー時代に突入するにあたって自動車産業がこの先進むべき道と、11月に開催された、アメリカの中間選挙を踏まえ、2020年の大統領選までの米国の政治・経済予測などが語られた。
11月16日、ウォータールー市内のデルタホテルにてみずほ銀行カナダ支店主催の「自動車産業セミナー」が開催された。日本の基幹産業である自動車産業だが、北米各国間の通商交渉における従来の貿易関係の見直しや、自動運転などの技術進歩とそれに伴う産業境界の再定義など、大きな変革期を向かえている。これらを踏まえ、北米での自動車産業の関係者も、今まで以上に業界を俯瞰する視点が必要となってきている。
みずほ銀行では、このような環境変化の中で自動車産業として今後キーとなってくる技術動向およびその商業化についての現状を、産業調査部の自動車産業担当チームが独自の視点から分析を行い、カナダでも昨年より講演会を開催し、今年も北米での自動車産業に大きな影響を及ぼすと見られる米国との通商交渉に関する最新情報とともに二部構成でセミナーが催された。
ウォータールー大学からトロント大学を結ぶ地域は「北のシリコンバレー」と呼ばれ、先進的な環境に拠点を置く自動車産業の技術的進歩はこれからますます目が離せない
はじめに挨拶したのは伊藤恭子総領事。自動車産業において百年に一度と言われる大変革期が訪れる時にこのようなセミナーが行われるのはとても有意義であると述べた。電動化・自動化・コネクテッド化の三つをキーワードにこれから多くの産業のビジネスモデルが変化を遂げるとした上で、これらの変化は我々の予想を上回るスピードで訪れると強調。自動車産業に関しては、自動運転をはじめとした先進的な科学技術を駆使した車がいつ実用化されるのかがこれからの大きな課題となると指摘した。これらの変化は今後の自動車のあり方はもちろん、我々の生活にもどのような影響を与えるのかがこれから注目していきたい点だと述べた。
伊藤総領事はさらに日本の自動車産業にとってカナダがいかに重要であるかを指摘。オンタリオ州は北米における自動車製造の中心拠点の一つであると述べ、中でも日系の自動車関連企業は重要な地位にあると加えた。さらに、オンタリオ州は世界有数のAI集積地でもあり、ウォータールー大学からトロント大学を結ぶ地域は「北のシリコンバレー」と呼ばれるほどで、そのような先進的な環境に拠点を置く自動車産業の技術的進歩からはこれからますます目が離せないと述べた。
さらに、みずほ銀行に対しては金融だけでなくインテリジェンス情報の提供においてもカナダに多大な貢献をしていると感謝の意を表した。このようなセミナーは我々にとって必要かつ有益な情報が多く含まれているに違いないと期待を寄せていた。
ドライバーレスカー時代の自動車産業
電動化・情報化・知能化・MaaSの四つの変化を総合した「モビリティ革命」は2030年代半ばに訪れる
登壇したみずほ銀行産業調査部の安藤裕之調査役は、はじめにドライバーレスカーを取り巻くこれからの時代と環境について説明をした。ドライバーレスカーは現代で言う一般的な自動車に電動化・情報化・知能化などといった技術的な変化に加えたものである。その影響は技術だけではなく、「MaaS(Mobility as a Serviceの略)」という新たな事業を通して社会全体にも変化を及ぼすと指摘。これから訪れるといわれる「モビリティ革命」は電動化・情報化・知能化・MaaSの四つの変化を総合したものだと述べた。
また、それぞれは現在異なる時間軸で変化を遂げているものの、お互いに関連・加速し合いながら最終的には一体化して「モビリティ革命」と言う大きな変化へとつながるそうだ。驚くことに、この変化は今から二十年後の2030年代半ばごろに訪れると言われている。ドライバーレスカーが街を走る時代はそう遠くないのだ。
続いて安藤氏は現時点での自動運転技術の進歩を説明。自動運転は運転者が全てをコントロールするレベル0から自動車が全てをコントロールするレベル5まであり、現時点で市販化・実用化されているのは駐車・渋滞支援などを行うレベル2の自動車までだそうだ。しかし、多くの企業は次のレベルへと足を踏み入れている。実際、「Audi」は今年の夏、高速道路等で自動運転が可能になるレベル3の自動車を商品化したばかりだ。しかし、法規制などにより消費者が機能を十分に使いこなせていないのが現状だという。
ドライバーレスカーと呼ばれるものは「限られた領域の中でシステムが全ての運転タスクを実施する」レベル4以降を指す
レベル4の領域は人間がシステムに介入しなくてよいため、「運転」という動作から人間が解放されるということだという。実際、レベル4の自動運転車を作るための技術は着々と進歩を遂げている。海外のメーカーももちろんだが、日本でもトヨタ自動車が年始に「e-Palette Concept」というモビリティサービス専用のコンセプトカーを発表したばかりだ。この車からも見えるように、レベル4の自動運転車になると車の形状も大きく変わってくる。つまり、レベル3からレベル4への変化は大きな一歩となる、と安藤氏は指摘した。
では自動運転車が実用化された場合、どのような変化が起きるのか。安藤氏は三つの大きな変化を提示した。一つ目は、これまで人間のドライバーが行ってきた「認知・判断・操作」という三つのタスクを機械が代わりに行うということだ。それに伴い、新たに「自動運転システム」という頭脳のようなものが車に加わる。一方で、「認知」や「操作」の補助に必要だったミラーやハンドル、ペダルなどの部品が減ると指摘。そんな劇的な変化を遂げる自動車にこれから必要とされてくるのは車体が「頭脳」に適合するということだ。
キーワードは新たな事業領域「協調制御」と「便利で快適な移動手段」という価値
そこで安藤氏が提示したのが「協調制御」という新たな事業領域。「認知」の段階で必要とされるセンサー類だけでも大きな競争が現在繰り広げられていると指摘した。車外部の情報、さらには位置情報や地図情報を探知し、それを元にAIが予想を立て、制御の指示を出すというシステムだ。ただ、現在は非常に高価なので、これから先は低コスト化・低電力化・高速化を巡った開発競争がさらに激化するのではないかと指摘した。
二つ目は、人間が運転しなくなることで「便利で快適な移動手段」という新たな価値が車に求められるということだ。先述にもある通り、自動運転になることで人間が「運転」という動作をする必要がなくなる。これに伴い、自動車の差別化要素も「運転者へのやさしさ」を意味するドライバビリティから「車の中で何をするのか」が問われるUXへとシフトすると安藤氏は述べた。
これは総合的にHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)と呼ばれる。そして、今まであまり考慮されなかった防音性や防振性などといった新たな発想も求められると加えた。一方で、運転者が存在していることを前提として装備されていたダッシュボードやセンターコンソールなどの重要性が低下するとも指摘。代わりに、運転支援や自動運転のシステムなどのソフトな部分と車体などのハードな部分の連携が今まで以上に求められると述べた。
三つ目の大きな変化は自動車を使ったサービスだ。自動運転車が増えることにより、車の共用化・共有化が加速し、それと共に自動車そのものと自動車で使用される部品が汎用化・標準化されていくのではないかと安藤氏は指摘。そのような中でサプライヤーは個々の部品の競争力を磨くことが必要になる。先述にもある通り、車の「頭脳」とリンクするものを製造することがこれからより求められていくのではないかと結んだ。
著しい成長を遂げているライドシェア事業
現時点でもすでに「Uber」や「Lyft」を始めとしたライドシェア・カーシェア・デリバリなどといった様々なモビリティを取り扱う事業者が増えているが、中でも著しい成長を遂げているのはライドシェア事業だ。手軽・快適・安価な移動をユーザーへ提供しながら隙間時間の活用や柔軟な働き方などの利点をドライバーへ提供するモデルはすでに世界各地で強い影響力を持っていると指摘した。この影響力は物流・配送・デリバリーなどを含めた「移動」にまつわる全てに及んでいる。しかし、UberやLyftなどといった企業は似た事業を展開しているため、複数のサービスを兼用するユーザーが増えていることを指摘。そして差別化を図るべく「Uber」がドライバーレスカーの導入を開始していることを例に挙げ「VOLVO」や「DAIMLER」といったメーカーとの連携にも踏み切っていることなどを説明した。
「MaaS」により自動車の使われ方がどのように変化していくのか
また、他の産業が手がける「MaaS」の事業についても言及した。「DAIMLER」と「BMW」は共同でモビリティサービス事業を展開すると発表。カーシェアはもちろん、駐車や充電も含めた統合型のモビリティソリューションを提供する予定だと安藤氏は述べた。
一方でフィンテックの企業である「GrabPay」はライドシェア用の決済から小売店での決済まで、あらゆる場所で使えるキャッシュレス決済を広めている。ただ、注目すべき点はキャッシュレス決済ではなく決済するごとに収集される交通移動や位置情報などのデータを活用したフィンテックのサービスを開発しているということだ。これを踏まえ、データの活用もモビリティの中での新たな領域になるのではないかと指摘した。
中間選挙後の米国政策に対する留意事項
世界のビジネスと政治の中心ワシントンDC
続いて登壇したのはみずほ銀行ワシントンDC駐在員事務所の石原亮所長。石原氏はまず、昨年自身が立ち上げたみずほ銀行のワシントンDC駐在員事務所に駐在し始めてからの経験について語った。事務所が設立される以前は出張でワシントンを訪れていた石原氏。その当時は世界にある様々な都市のうちの一つでしかなかったのが現在ではその全てと言っても過言ではないと説明。ワシントンという都市に注ぐ体力と気力が明らかに違うと述べ、毎週のように現地の人と会うことによって表面だけではなく、雰囲気やバックグランドなど今までわからなかったことが駐在して初めて分かったと加えた。しかし、石原氏はここで満足してはいけないと指摘し、駐在しながら吸収したものをどのように生かすかが重要だと述べた。
「US First」から「Me First」へのシフト
石原氏は、米国の中間選挙戦を振り返り、中でも特に注目したのが下院の当選者たちだと述べた。今回は特に「個人の魅力」で選ばれた候補者が多かったと指摘。中でも女性や新人、さらにはマイノリティの議員が多いことに米国の変化が見えると解説。
実際、現在米国では白人の人口が減少傾向にあり、アジア系を始めとした移民が増えている。つまり、彼らの声を聞いた政策を作らないと選挙に選ばれなくなってきたと石原氏は説明した。この新たな人口形成を表した結果が今回の中間選挙に見られたということだ。これから先、米国の人口の形成がさらに変化していくにつれて政策も大きく変わっていくと石原氏は加えた。
そんな中、2020年の大統領選に向けて大きな変化として現れるのが「US First」から「Me First」へのシフトだ。この先二年間、「あなたのための政治」という名の下、どのような実績を残せるかが焦点だと石原氏は強調した。
2020年大統領選挙の争点となる産業
中でも重要視されているのはインフラであり、特に重要なのは情報インフラだという。現在、情報インフラにおいては中国の後ろを走る米国。これから先、米国が競争率を高めるために必要なのは情報インフラ産業を強めることではないかと指摘した。さらには環境やエネルギーもこれから先注目される分野であり、米国が特に力を入れていかなければならない分野であると述べた。これらに加え、外交関係を保たなければ2020年の大統領選挙の勝利は見えてこないと結んだ。
米国は、18年11月よりCFIUS Pilot Programを導入。指定された27業種に投資する場合、事前審査が必要にてカナダに投資する方が簡単かも
最後に石原氏は新たに日系企業が米国に投資をする際に留意すべき点に言及。2018年11月10日より指定された27業種に外国人が投資、提携する場合、事前にCFIUS委員会の承認が必要となり時間と否認されるリスクが懸念される。カナダも同様にThe Investment Canada Act(ICA)に規定されており、昨今の国際情勢を踏まえ両国とも試行錯誤が続く。日本から北米への迅速な投資を実現するには、カナダの外国からの投資に対する寛容度やインセンティブを鑑みたカナダへの投資や、土地勘を鑑みカナダ企業と共同し米国企業に投資をすることも選択肢になるのではと述べた。
みずほ銀行カナダ支店 飯島圭一郎 支店長
トロントへ赴任する前はアジア・欧州で海外業務に携わってきましたが、これら地域と比べるとカナダは日本企業にとってビジネスチャンスにあふれていると実感しています。自動車業界中心とした厚みのある製造業、世界有数の豊富な天然資源、AIなどの学術的先進性、依然拡大しつつある大都市圏の消費者マーケットなど、様々な面でこの国は他の先進国では見られない多くの魅力を有しており、これらを原動力として日系企業が米国ではなく今後はここカナダを起点に北米ビジネスを開拓していくことも十分可能です。そのためにも今回のようなセミナー の場を定期的に設け最新情報の発信に注力していくとともに、近年強化してきたカナダドルの提供力や当店開業来約40年の歴史の中で築いてきた各種現地ネットワークも駆使することにより、 日系企業の皆様のカナダ発の「チャレンジ」に一緒に取り組んでいきたいと考えています。
安藤裕之 調査役
北米にいながらカナダというポジションをどのように捉え、それを踏まえて今後どのようにビジネスを展開していけばよいのかを考える機会になったのであれば幸いです。ドライバーレスカーの時代に進んでいくにあたり、これらの新しい変化が自動車産業にとってポジティブなのかさえまだ不透明な中で、実現していく過程で乗り越えなければいけないハードルも多いと考えます。しかしながら、日系の自動車産業がその変化に向かってポジティブに動き始めていることは確かであり、今はそれを一生懸命サポートしていきたいと思っています。
在トロント日本国領事館 伊藤恭子 総領事
時宜を得たトピック扱っていただき大変勉強になりました。自動運転車がもたらす変化は世界においても最新の関心事項であり、みずほ銀行が提供した情報や分析はとても参考になると思いますし、どのように企業が考えどのように行動をとっているのかがよくわかる内容の濃いセミナーでした。日系企業の関係者だけでなく、非日系企業の関係者も呼びたいほどの有意義な機会だったと思います。
丸紅カナダ 石井能成 社長
特に関心を持っていた自動運転車やそれを取り巻く変化・環境について学習出来たことが非常に有意義でした。中でも、部品のサプライヤー側から始まる一通りのバリューチェーンについて学べたことについてとても参考になりました。
当社にとってもモビリティ革命は重要で、様々なアセットを持ちながらそれぞれにどのような付加価値をつけて連携させていくかがこれからの大きな焦点となるという点で自動車産業と類似点があります。また、自動車産業の変化はインフラ・都市開発・交通整備など様々な点と密接に関わってくるのでこれからも注目していきたいです。
F&P Manufacturing Inc. 堀内 潔氏
ドライバーレスカーというものがもたらす変化は、車を製造する自動車産業にとっては大きな変化であるものの、実際に利用するユーザーに対する影響を考えた時には、電車やバスなど自身で運転しない交通手段はすでに存在しているのでそれほど大きな違いはないのではないかと思います。ただ、自動運転化が進むことにより運転する楽しみがなくなるのは残念だと思いますし、これから先ドライバーレスカーが我々に感情的な影響をももたらすのではないでしょうか。