トロントに誕生するのか? 最先端技術を盛り込んだスマートシティ Sidewalk Toronto|特集「カナダの“なぜ”に迫る」
Sidewalk Toronto(サイドウォーク・トロント)」と名付けられたトロントのウォーターフロントの再開発に挑むビッグプロジェクト。オンタリオ州とトロント市の両政府はグーグルの親会社のAlphabet(アルファベット)と提携し、最先端のテクノロジーを取り入れたまちづくり、つまりスマートシティを計画中だ。しかし、このプロジェクトの詳しい内容を知らない方も多いのではないだろうか。そこで今回、5W1H(WHO・WHERE・WHAT・WHEN・WHY・HOW)をもとにこのプロジェクトの深掘りをしていきたい。
[WHY]トロントが抱える問題に立ち向かうべく誕生するスマートシティ
このプロジェクトが行われることになったきっかけは劇的な進化を遂げるトロントが直面する問題に立ち向かうべく最新テクノロジーを用いた画期的な街づくりをするということだ。これをベースに、このプロジェクトには大きく四つの目的がある。Sidewalk Torontoのホームページによると、一つ目は「多様なバックグランドから来た住民・労働者・観光客全員の生活の質を向上させるコミュニティ」を作ること、二つ目は「人々・スタートアップを含めた企業・地域団体が資源活用・不動産価格・交通などの都市の問題に立ち向かうための解決策を作成・実行する場所」を作ること、三つ目は「トロントを都市改革の中心地に」すること、そして四つ目は「トロント、カナダ、そして世界中の街がサステナブルな街を作るためのよい例となる街」を作ることだ。これらの目的を中心として再開発が行われる。
[WHO]市民の声も取り入れたスマートシティ
このプロジェクトの始まりは2017年3月。トロントのウォーターフロント地域の活性化を主導するWaterfront Torontoが地域の再開発に共に挑む団体を募集するところから始まった。
Waterfront Torontoはカナダ政府、オンタリオ州政府そしてトロント市政府が合同で設立した組織。それに応じ、協力団体として選ばれたのがグーグルの親会社としても有名なアルファベット。その一部であり都市開発を専門とするグループ、Sidewalk Labsが今回このプロジェクトをWaterfront Torontoとともに主導する。名前はSidewalk Torontoだ。
このプロジェクトはカナダはもちろん、世界的にも有名なアルファベットが手がけるということもあり世界各国から多くの注目を浴びている。マサチューセッツ工科大学(MIT)が管理しているテクノロジー関係の情報誌にも関連記事が掲載されたほどだ。
また、このプロジェクトの目的の一つとしてアルファベットはグーグルのカナダ本社をウォーターフロントに移転すると発表。これから先、この地が技術的進歩の中心地となるに違いない。
さらに、トロント市民もこのプロジェクトで大きな役目を担っている。まちづくりにおいて実際に生活をする市民の声は欠かせないと考えたSidewalk Labsは、2018年の3月から四度にわたり市民参加型の意見交換会を開催し、計画にも実際の市民の声を取り入れた。最初のイベントには800人以上が参加。ライブストリームを通しては3千人以上が参加するなど、初めからその関心の高さが伺えた。さらにはSidewalk Labsのトロントでの活動拠点である「307」と呼ばれる施設を市民に開放。まちづくりの計画や模型などが見られると子供達からも人気を集めている。
[WHERE]トロントはベストスポット?
今回、そんな画期的なスマートシティが誕生する舞台として選ばれたのがトロントのウォーターフロント地域。合計300ヘクタール(=300万平米)という広大な土地が再開発の対象となる。その中でもパイロットプロジェクトとして最初に再開発が行われるのはQuaysideと呼ばれる一角。ユニオン駅を少し東に行ったところで、Parliament Stの最南端にあたる4.9ヘクタール(=4.9万平米)の地域だ。
そんな一大プロジェクトの舞台にトロントが選ばれた理由をSidewalk Labsの責任者のダニエル・ドクトロフ氏がThe Globe and Mailにてコメント。彼によると、市の多民族性や技術的進歩への寛容さがトロントを再開発にふさわしい舞台にしているという。さらに、トロントが常にテクノロジーの最先端を走っていることもこの最新のまちづくりをするふさわしい場所にしていると加えた。実際、トロント大学とウォータールー大学を結ぶ地域は技術的進歩がとても盛んであり、「北のシリコンバレー」と呼ばれるほどだ。このプロジェクトが街のさらなる技術的進歩に貢献することになるのか注目だ。
一方で、ドクトロフ氏はトロントが抱える問題点も指摘。中でも、多国籍な都市だからこそ起こる、全住民に適した環境を作る難しさを強調した。トロントではここ数年、不動産の価格が急上昇。さらには物価も上昇し、全住民にとって住みやすい環境とは言えない状況になってきている。また、住みやすい都市を作りながら環境にも優しい街を作るのも大きな課題の一つだ。今回のプロジェクトにはこれらの問題に立ち向かう意義もあるとドクトロフ氏は強調。これらの特徴と課題を持ち合わせたトロントは確かに新たなまちづくりにうってつけの場所とも言える。
[WHAT]環境にも優しい最先端の街
プロジェクトの概要がわかったところで、この街づくりが目標とする大きな点をいくつか詳しく見ていきたい。中心となる一番大きな目標は「トロントが直面する課題を都市設計とテクノロジーの組み合わせにより解決する」ということ。その中でも特に注目されているのが環境問題だ。このプロジェクトによりいかに環境に配慮した街が作られるかが大きな焦点となっている。Sidewalk Torontoでは二酸化炭素の排出量を75%から85%削減を目標に掲げ、「新たな環境水準」への挑戦を目標にしている。
さらには、「人」を中心とした街づくりもこのプロジェクトの核にある。使いやすさを追求した建造物や道路を作るのはもちろんのこと、雇用の増加も重要な目標の一つである。計画によると、全体に先駆けて街づくりが行われるQuaysideの地域のみでも建設の段階で9千以上の直接・間接雇用が生まれると言われ、完成後にはさらに3千9百ほどの長期雇用が生まれるそうだ。
最新技術を語る上で欠かせない「データ」もこの街づくりの大きな一部を担っている。交通状況・騒音・空気の質・天気など生活にまつわる様々なデータの収集、管理、そして活用がこのプロジェクトにおいて不可欠だ。しかし、このデータを活用するにあたりプライバシーの問題が浮上しているのも事実だ。しかしながら、プロジェクトが始動した2017年当時、トルドー首相は Sidewalk Torontoについて「これらの技術は、今までよりスマートで、より環境に配慮し、さらにはより多くの人々を受け入れるまちづくりに貢献することだろう」とし、この動きがカナダ国内のみならず世界中の都市でも広まることに期待を寄せていた。これから先、プライバシーの問題も含め、どのように人々の信頼を獲得していくのかも注目したいところだ。
[WHEN]プライバシー問題も浮上、不透明のまま
このプロジェクトの概要が決まったのはおよそ一年前の2017年10月。だが、先述にもある通り、Waterfront Toronto が共にプロジェクトを主導する団体を募集し始めたのが2017年の3月なので、すでに二年近くもの時間が経過しているということになる。当初、再開発の詳しい計画などが明らかになる「マスター・プラン」と呼ばれるものが2018年末までに明らかになるとされていたが、WHATの部分にもある通り、データやプライバシーに関する問題が浮上したため、いまだにその全貌は明らかになっていない。詳しい情報がわかるのは今年になるそうだ。
[HOW]いたるところに最新技術が
今回、Quaysideで新たに開発される街は歩行者や交通の利便性を中心に計画されているという。さらに、次世代の都市開発の一環として注目されているのが自動運転車に適した道作りだ。最近の技術的進歩が特に著しい自動運転車。このエリアの主な交通手段も自動運転車を用いた「タクシー・ボット」と呼ばれるものになるそうだ。いずれは無人運転のバスも導入されるという。さらに、East Bayfront LRTと呼ばれるストリートカーの新路線の開通も予定されている。Quaysideの地域とユニオン駅をつなぐ路線となり、周辺の利便性が高まりそうだ。これらの交通網のデータは常に収集・管理される。
このプロジェクトが始動されるきっかけとなったトロントが抱える大きな問題の一つでもある不動産価格の高騰。これを解決するべく、今回Quaysideに建設される住宅のうちの二割が低所得者向けの低価格住宅だという。これにより、より多くの住民が住む場所を安心して手に入れることが可能になることを期待したい。
さらに、「ロフト(Loft)」と呼ばれる内部が細かく分割された建造物のスタイルを用いることで、「内部の継続的かつ頻繁な変化」に対応出来る構造になるという。これにより、必要に応じて建物の使い方を常に変えることが可能になるというから驚きだ。
環境への配慮はSidewalk Torontoが掲げる大きな目標の一つだ。その実現へのステップとして太陽光発電や地熱発電といった再生可能エネルギーを主なエネルギー源とする。さらに、温室効果ガスも75%から85%削減と大幅な削減目標を発表。水やゴミ処理においてもセンサーを用いて管理を強化するなど、ここにも最新のテクノロジーが使われることが予想される。
天気ももちろん、次世代のスマートシティが管理するデータの大きな一部だ。しかしながら、注目していただきたいのは天気・気温の緩和に用いられる技術だ。トロントの気候の厳しさには多くの人が頭を悩ませているに違いない。そんな問題を解決すべく、今回の計画には強風を遮断する技術や冬に道路を温めて雪を溶かす技術も盛り込まれている。これらの技術により真冬の時期でも人々が外出する機会が増えることを期待したい。
[PROBLEM]画期的だが不透明なプロジェクト
順調に進んでいるように思えるスマートシティ計画だが、このプロジェクトはつい最近、再び注目を浴びることになった。その理由は12月6日、このプロジェクトを統括していた三人の理事がオンタリオ州政府により外されたからだ。その三人の理事というのは朝市でも有名なエバーグリーン・ブリックワークスの理事会の一員でもあるヘレン・バースティン氏、オンタリオ州公務員年金基金の元マイケル・ノブレガ氏、そしてトロント大学の学長も務めるメリック・ガートラー氏。
監査の調査によると、プロジェクトを遂行するにあたり、先述にもあったデータ管理を含むデータインフラの計画に十分な考慮がされていないとの指摘があった。さらには、このプロジェクトを遂行するにあたり予算を大きく上回る概算も多く見られたという。
果たしてこのスマートシティが誕生する日は訪れるのか、これからも注目していきたい。