TPPで変わる世界
TPP(環太平洋経済連携協定)が大筋妥結した。今後、細かい詰をして参加国は来年早々にも国内承認プロセスを経て春頃には発効するスケジュール感となっている。もともとシンガポールなど4カ国で既に発効した取り決めにアメリカが便乗、更に日本を含む国々が参加表明し、実に5年半もの年月をかけてようやくこぎつけた経済協定である。そのTPPの世界を少し、角度を変えて覗いてみよう。

TPPで何が変わるのか、といえば一般的には消費者が購入するモノが安くなると考えられている。だが、実際にはその効果を過剰期待しない方がよい。TPP発効時に関税が減るアイテムは多いが、多くは長い時間をかけて関税をゼロにしていく方式を取っている為だ。アメリカ向け完成車の関税に於いては実に25年目にしてようやくゼロになる。
多くの農産物も6〜10数年といった長い時間をかけて徐々にその関税を下げていくようになっている。その結果、どうなるかといえばインフレなどと相殺され、国民が値下がりの実感をすることはほとんどないかもしれない。
また、企業はこのわずかな仕入れコストの引き下げ分を販売価格にどれだけ反映するか実に懐疑的である。企業はインフレ時にはすぐさま値上げで対応するが、値下がりの際には「いざという時の為」に石橋を三度叩いてようやく値下げするコンサバさが普通だ。よって、TPPで国民の消費生活に圧倒的な影響があるとは思えない。むしろ、TPPが生み出すチカラとは違うところに起きる。
それは世界地図が変わるということだ。トロント在住の方はトロントが「センター・オブ・ユニバース」としてのプライドを持っている。同じことはニューヨークにも言える。何故かといえば経済と政治は大西洋をはさんで決まっていたからだ。これは長い歴史を振り返ると分かるが、それまでの主要通貨であったイギリスのポンドから第一次大戦後にドル主導に移り変わる過程に於いて経済は大西洋をまたいで取引されるようになった。それ故、北米東海岸は強いプライドと保守性を持って経済を支えていると自負してきたわけだ。
ところが、西海岸に新しい自由でオープンな文化が次々生まれ、シアトル発のマイクロソフトやシリコンバレーが育った。自動車のテスラもシリコンバレーだがこれは経済沈下が激しいデトロイトからすれば驚愕であろう。シアトルのスターバックスやアマゾン、コストコはほとんどの北米の人たちにとって欠かせないものとなっているはずだ。
それは北米が東西であまりにも環境が違い、まるで別の国であるかのような地域特性に理由を求めることが出来る。そしてカラッとした気候の西海岸には新しいスタイルを求める柔らかい頭脳がゴールドラッシュのごとく集まってくるのだ。
TPPとは太平洋を取り巻く国々の協定であり、カナダ、アメリカもその一環であるが、北米に於いては西海岸にその注目が集まりやすくなる。これはトロントやニューヨークの人達がどれだけ反論しても時代の趨勢であるゆえに変えることは出来ない。
私は不動産を生業としているが、かなり高い確率で言い切れることがある。それは「街は西に動く」である。世界の文明がギリシャからローマ、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカへと移り変わるその姿は正に西への移動である。あるいは皆さんの街でも西に発展していることが多いはずだ。東京はその好例で上野から東京、今は品川へと確実に西に向かっている。バンクーバーも西に向かったが海ぎわまで来たために東に跳ね返っている状態である。
この論理が正しいとすればTPPが作り出す「環太平洋」とは世界地図がそれまでの大西洋中心主義から太平洋中心主義に代わると言ってよい。事実、多くの政治家、専門家はアジアの時代が来るとずいぶん前から予言していたがTPPは正にその王道を行く協定なのである。
これは我々に大きな期待を抱かせる。何故かといえば日本が世界地図のど真ん中に来るからだ。つまり、TPPに加盟しない中国、韓国との関係を含めた日本の存在は世界のカギとも言えなくはない。
最後にTPPで国境の壁が少し下がる点を挙げておこう。TPPが主導するのは自由貿易の名の下の物品やサービスの動きだけではなく、人の動きも緩和することを目指している。よって、例えばカナダへの査証も今より緩和される可能性は高い。例えばビジタービザが今より二倍長くなればカナダにセカンドハウスを持ち、投資しようとする機会も増えてくるかもしれない。
それは人の動きがダイナミックになり、グローバル化がより進むということに他ならない。他方、人材のグローバル化が遅れる日本にとってはマイナス点であろう。江戸時代末期、日本が開国を迫られたがそれに近い衝撃がこれを機に日本に将来、起きないとは言い切れない。
また、日本の若者はもっと外に出て、指導的立場を取らないと世界の中で後れをとることになるだろう。正に「世界の中のニッポン」が問われることになる。TPPがもたらす影響は関税を通じた物品の価格に目線が行きがちであるが、実はもっと本質的な部分で強烈な風が吹くことになりそうだ。
了
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。



