Exclusive interview不屈のファイター篠原有司男 早く、美しく、リズミカルに!
去るトロントのHOTDOCS国際ドキュメンタリー映画祭出品作品「キューティーとボクサー」の「Subject」である篠原有司男、乃り子夫妻が舞台挨拶などのためにトロントにお越しになっていた。アーティスト夫婦二人三脚がカナダの観衆にも感動を呼んだのだった。篠原有司男さんは通称「ギュウちゃん」。「早く、美しく、リズミカルに」をモットーに60年代より第一線で活躍を続けるアーティストにお話を伺った。
活動について
だいくん(以下D): トロントでは、結構たくさん歩きましたね。。。街にはどのような印象をもたれましたか。
ギュウちゃん(以下G):AGOのフランク・ゲリーの建築が良かったね。あの木の感じといい。ヘンリー・ムーアは石膏だね、あれは。ゲリーはいいけど、ムーアはね。実は、美術館の中で、俺だったら、どういった作品をどう展示するかとか、じゃあ、こんな作品を置いてみようとか、いろいろと考えるのが、一番楽しかったね。インスピレーションがあったね。フランク・ゲリーはいいよ、うん。エネルギーもらった。
D:さすが、アーティストですね。新しい街に行っても、まずアートなんですね。有司男さん(とてもギューちゃんとは呼べない。。><。。)は、輝かしい経歴をお持ちですが、簡単にお話いただけますか。
G:日本では、東京芸大を中退してから、まず60年代にジャンクアートをやっていたね。それで、赤瀬川原平たちと「ネオダダ」のグループを作ったんだよ。当時からオノヨーコやら、いいアーティストはたくさんいたんだけど、前衛的な、反社会的な非常識な事を最初からやっていたね。それから、やっぱりいつも一匹オオカミだったね、うん。
D:髪型もモヒカンだったんですよね。当時、かなりの衝撃だったとどこかで読みました。
G:それから、69年にロックフェラー財団の奨学金でニューヨークに行ったんだよ。それからずっとニューヨーク。
D:ニューヨークに行かれたことは、やはり大きな転機となったんですか。
G:やっぱり、街のエネルギーに圧倒されたね。ニューヨークには、パリや東京にない、、、なんて言うのかな、エスニックの元気があるね。
D:そういった意味ではトロントにもエスニックのパワーはありますよ!
G:それでも、トロントからニューヨークに戻って、やっぱりニューヨークだって感じたね。。。
D:そうなんですね。トロントはこれからすごい事になりますから!
G:作品でも、映画「イージーライダー」に影響されて、彫刻作品を制作したね(現在も継続中)。それから、日本の良き姿を海外に出て感じたね。京都、平安文化、金閣、銀閣、鳥獣戯画ね。そこから「花魁シリーズ」が始まる訳よ。
D:ニューヨーク生活で大変なところはありましたか?
G:ニューヨークは、全てにおいて厳しいところだね。でも、生活を楽しんで、全てをアートにつぎこんだね。最初は友達もいなかったし、収入も0だったね。でも、そこでバイト等をせずに、どんなに苦しくてもアート1本でやって行くって決めていたね。当時日本は貸し画廊が流通していたけど、ニューヨークにはなかったから、まず、発表の機会がなかった。でも、80年代には日本の経済が活性化して、どんどん日本から声がかかるようになったね。
D:そうですね、日本国内のありとあらゆる美術館で展覧会をされていますよね。
「早く、美しく、リズミカルに」とは?
D:「早く、美しく、リズミカルに」とよくおっしゃっていますが、これは、作品についてでしょうか?
G:それは、僕の生き方。 僕はシティーボーイだから(東京育ち)、、、 端的に言うとせっかちなんだよ(笑)。リズミカルとは、つまり、ダンスなんだね。55年頃に流行ったキューバのペレス・プラードのマンボにに影響されてるんだ。制作中には気が散るからBGMは無いんだけど、体に染み付いてるんだね。
D:なるほど。ボクシングペインティングは、まさにリズミカルそのものに見えます。
奥様の乃り子さんについて
D:今回、いろいろとご一緒してお二人のおしどり夫婦ぶりに好感を持ちましたが、乃り子さんの存在は、どのように作品に影響しているのでしょうか。
G: 乃り子とは、同じロフトで制作しているね。影響受けてるのかな、あっちは(笑)。彼女は根性があるね。
最近の活動について
D:日本のネオダダは近年世界的に高い評価を受けるようになりましたが、最近の活動に影響は出て来ていますか?
G:そうだね。映画の方が、ニューヨークのトライベッカ映画祭で盛況だったし、スイスのバーゼルのアートフェアに招待されたりで、ますます忙しくなるね。秋頃には渋谷パルコでの上映も決まってるんだよね。
D:ザック監督の映画「キューティーとボクサー」今後の展開が楽しみです。
元気の源は?
D:普段は外食はしないで、家でご飯を食べているそうですね。
G:ニューヨークは外食高いから(笑)。いつも共同で自炊しているよ。
D:好きな食べ物、嫌いな食べ物を教えてください。
G:好きなのは、トンカツ定食。日本に行ったらまず食べるね。嫌いな食べ物は、ないね。
D:やっぱり、元気の秘訣はそこですか?
G:そうだね。それと自己管理を徹底してやっているね。今では酒もやらないし。健康そのものだね。
トロントの皆さんへ
D:これから海外進出を考えている人たちに一言お願いします!
G: アーティストには、休みも、ボーナスも、年末年始も、定年もない。毎日闘っている。 頭で考えたアートは人に感動を与える事はできない。ぼくは、ヒューマニスティックな姿勢を貫いて社会に示している。みんな前向きに生きて「世界を吸収しろ!」。
D: これからもお元気で世間を湧かせる作品を楽しみにしています! ぜひ、トロントでもいつか派手に花火をあげてください!! 僕たちも世界を吸収してがんばります!今日はありがとうございました。
篠原有司男略歴
1932年東京に生まれる。東京芸術大学中退。読売アンデパンダン展などに出品。1960年、赤瀬川原平らとネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ(ネオダダ)を結成。幕末期の浮世絵版画を元にした「花魁シリーズ」、「イミテーションアート」、「オートバイ彫刻」、パフォーマンスでもある「ボクシングペンティング」など、反芸術志向と表現主義的なスタイルとが結合した作風は強烈で、モヒカンヘアーも合わせて社会に衝撃を与えた。69年にロックフェラー財団基金の奨学金で渡米し、以来、NYを拠点に活動。07年には第48回毎日芸術賞を受賞。展覧会に、「篠原有司男個展(NYジャパンソサエティー、82年)」、「アクション~行為がアートになる時1949-1979(ロサンゼルス現代美術館などを巡回、89年−99年)」、「篠原有司男 ボクシングペインティングとオートバイ彫刻展(05年、神奈川県立美術館)」、「TOKYO 1955-1970: 新しい前衛展(ニューヨーク近代美術館、12−13年)」など多数。ニューヨーク近代美術館などの海外コレクションをはじめ、京都国立近代美術館、国立国際美術館、東京都現代美術館など日本国内主要美術館に多数作品が所蔵されている。





