アマゾン第二本社候補地に選ばれたトロント。AI+IoT・教育・環境…成長期待都市が創造する社会価値に迫る|特集「 カナダって実にいいところ」
アマゾン第二本社候補地選定に、アメリカ以外の都市では、カナダ・トロントのみが選ばれた!なぜだ!?
今年アマゾンが第二本社を決めるHQ2プロジェクトの候補地として238もの候補都市の中から唯一米国以外の都市でトロントが選ばれたのは記憶に新しいが、その判断にはどんな背景があるのだろうか? 大手IT企業アマゾンをも惹きつけたカナダ、トロントの魅力を徹底分析していこう。
アマゾン第二本社候補地の最終候補にトロントが選ばれる
昨年9月初旬、世界最大のインターネット小売業者Amazon.comは、現在アメリカのシアトルに構える本拠地の他に新たに第二の本社を建設することを発表した。シアトルの本拠地と同等の役割を果たすことになるHQ2を決めるにあたって、アマゾンは世界各都市から候補都市を募った。アマゾンが候補地に求める必要条件は、ビジネスフレンドリーで百万人を超す有能な労働力を保持し、一流の大学が揃った高い質の生活が送ることができる都市部であるという2点だ。その引き換えにアマゾンは、最終決定した都市に50億ドルの投資と約5万人の雇用を約束した。
結果として同年10月、北南米から238都市(合わせて54の州、地域、領土)にも及ぶ数の誘致があったことを発表。カナダ内からは全部で12の地域が誘致を提出した。その中には、人工知能(AI)に携わる大規模な研究ラボが位置するエドモントンやモントリオール、アマゾンの高いスキルを伴ったエンジニアリングチームが揃うバンクーバー、トロント、さらにアマゾンが開発したボイスコントロールシステムAlexaの開発センターがあるオタワ(ガティノー)、他にもカルガリー、ウィニペグ、ハリファックスなどのカナダの主要都市が含まれている。カナダのトルドー首相は、2ページに渡る手紙を通じてアマゾンに対してカナダの都市を第二本社の地とするようカナダの魅力をプレゼンした。
そして今年1月、候補地を238都市から20都市に絞ったショートリストが発表された。ボストンやオースティン、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ワシントンDCなどを含んだ米国19の都市、そしてカナダからトロントが唯一米国外の都市としてリストに残る結果となった。
なぜトロントが選ばれているか
シアトルとも遜色ない高い生活の質
トロントはその周辺地域も合わせて780万人にも及ぶ人口を誇り北米で4番目に大きい都市である。また、ヘルスケア・教育・インフラ・社会的安定性・文化/環境の5つのカテゴリーを元に評価される「The Economist Intelligence Unit」によるとその住みやすさにおいてトロントは昨年4位にランクインしている。加えてアマゾンは犯罪率・医療サービス・経済環境・教育システムを基準に世界各地の生活の質を独自に評価し、トロントは16位にランクイン。HQ2ショートリストに残っているボストンは35位、ニューヨークは44位などと他の大都市と比べてもトロントは比較的高いランキングに位置している。
ショートリストの結果を受けてジョン・トーリー トロント市長は、「北米にトロントと同じ程の才能・高スキルに富んだ人材、同等の生活の質、活気、経済力を誇る都市は他にない」と語った。続けて「トロントは、人々が住みたいと思う場所だ」と述べ、これからもその生活の質をさらに良くしていくよう専念することを約束。都市として交通機関の拡大・修復に数百万ドルを投資し公園や手頃な価格の住宅も建設していく計画を挙げ、「トロントが活気的で誰もが成功できる都市としての名声を向上していくことを目指す」と語っている。確かに、近年トロントの住宅価格は国内2位を位置する程上がり続けており、アパートの賃貸価格に関してはカナダで最も高い。一方、ライバル都市のボストンは、アマゾンの被雇用者らに安価な住宅を提供するため7千5百万ドルのオファーを提示している。
トロントの誘致には税制優遇措置が含まれていないが、カナダドルと米ドルの相場の違いを利用することによって他の都市に比べて企業側は経費の削減が可能になる。2013年2月から1カナダドルは1米ドルを下回っており現在は約80米セントに値する。そのため特に人件費に関して、同じポジションに高いスキルを備えた人材を雇う際ニューヨークやボストンと比べてトロントでは優秀な人材を獲得しながら、米国に比べて人件費を抑えることも期待できると言われている。
米国企業にとって有利なカナダドル
今年2月トルドー首相は、シリコンバレーにある大手コンピューターやIT企業へ向けて営業に出向いた。その際トルドー氏がカナダの強みとしてアピールした点が多様性と多文化主義、国際的な貿易政策、そして前向きで包括的かつオープンでフレンドリーなコミュニティーと移民政策である。トランプ大統領によって、アメリカの貿易政策や移民政策は大きく変化し続けており、特に中東の国々からの移民に厳しい制限をかける動きなどを含めた閉鎖的な移民政策に比べ、トルドー首相は、カナダではどんな宗教でも人種でも全てのバックグラウンドの人々を歓迎すると強く主張した。
トロントのトーリー市長は、「我々は世界中のベストで最も有望な技術者達を集めることができる」と語る。労働者の場所・職移転の際に家族含めてサポートを提供する機関「the Canadian Employee Relocation Council」のCEO、スティーブン・クライン氏によると、トランプ大統領はこのようなビザに消極的な姿勢であるが、アマゾンなどのIT企業にとって各国から高い技術を持つ人材を集めることは最優先のことだという。企業が一番避けたい点はその場所の政策によってベストな人材を逃すことである。
トロントのHQ2誘致に携わり、昨年9月末に引退した前トロントチーフプランナーのジェニファー・キースマート氏も、米国内のテクノロジー企業が世界中の豊富な人材集めに苦労していることはナンセンスであり、カナダは、「移民にオープンであるから、豊富な人材も獲得が容易である」と述べた。さらにこのような姿勢は、住みやすいコミュニティーを築くことができるため、世界からやって来る労働者には魅力的である。
多様性とオープンな移民政策
具体的に、Global Skills Strategy Visaと名付けられた世界中の一定の技術者らに労働ビザを2週間内という短い時間で毎年制限なく発行することができるカナダの新しい移民プログラムは、アマゾンHQ2としてトロントが非常に優位になる点である。アメリカの年間ビザ発行数制限がある複雑なシステムに比べるとこの移民手続きはすぐにビザが下りることが特徴だ。このプログラムによって多くの企業が高いスキルを備えた人材を必要とする時のアクセスが可能になる。既にマイクロソフトなどの大手企業はカナダへの投資を通して各国から優秀な人材を集めている。
質の高い技術者を獲得しやすい移民プログラムの実施
オンタリオ州知事のキャサリン・ウィン氏は、HQ2ショートリストにあるどの米国都市もトロントほどの技術に富んだ人材を提供することにはまだ近づいておらず、カナダが労働者と雇用者両方をサポートしていることを強調した。国内の他の都市と比べてもトロントのその類を見ない多様性がさらに両者のサポートの強い味方となることは間違いない。
ウィン氏と経済発展・成長大臣のスティーブン・D・ドューカ氏によると「オンタリオの最大の強みはその人々にある。そしてまさにそれがアマゾンCEO ジェフ・ベゾス氏に私たちが直接伝えたことである。多様的で革新的かつ磨かれた、そんな人材がアマゾンなどのIT企業が最先端であり続け成功していくために最も求められている」という。
多くの米国都市が税制優遇措置や報奨金などのプランを含めておりトロントはそのような優遇はオファーしていないのに対しトルドー首相は、「企業は優遇ではなくカナダの他に類の見ない国際的な労働力に惹きつけられてカナダに来るはずだ」と述べた。クライン氏によると米国都市をHQ2として選ぶのは政治面において短期的な利点となり得るが、アマゾンが長期的な利点を求めるならば移民にやさしい多文化都市トロントが適しているという。〝多様性が強み〟はカナダ、トロントの特徴的なスローガンでもあるが、その多様性が企業だけでなくその労働者にも国全体にとってもプラスになることは確かである。
多様性あるトロントの最大の強みは人材
トロントのコンピューター・エンジニアリング・サイエンス機関/企業で働く人口は、米ワシントンDCやサンフランシスコなどHQ2ショートリスト内のほとんどの都市に比べて上回っている。
その理由の一つとして、大学やカレッジの存在がある。例えばオンタリオ州ウォータールー大学は、北米でトップに入るテクノロジー教育が進んだ学校であり、トロント大学は、AIの主要な国内のリサーチセンターである。
もともとカナダでは1983年にジェフリー・ヒントン氏を中心とした「The Canadian Institute for Advanced Research(CIFAR)がArtificial Intelligence, Robotics and Society」というリサーチグループを発足。ヒントン氏は現在トロント大学教授兼Googleトロントオフィスで働く他Vector Instituteの科学アドバイザーチーフも務めているAI界でのロックスターとも言えるコンピューターサイエンティストである。
AIの先端を走るトロント
当時AI分野のリサーチには障害が多かったがヒントン氏を始めとするエンジニアたちの力によって、AI分野において理論的基盤が築かれた。その後コンピューターの進化と共にAI/コンピューター理論が学問や市場へと進出していき、今日のAIテクノロジーがある。
また、現在では当たり前になっているiPhoneのSiriはモントリオールで研究がすすめられた機械学習システムを搭載しており、この技術は簡単に真似ができるものではないそうだ。このシステムの研究開発にも携わったヨシュア・ベンジオ氏は、カナダはAIやコンピューターにおいて高い技術を持っているため、今後も科学的・産業的にこの分野で世界を牽引していく必要があると述べた。
北米1のSTEM分野の人材を輩出。IT企業にとっては魅力的な都市への変貌
昨年オンタリオ州知事ウィン氏は、オンタリオ州全体的な大学のAIプログラムなどにかける資金を24万ドルから30万ドルまで増やすことでこの5年の間に毎年千人のAI修士号卒業生を排出することを目標とすることを発表した。
それと同時にこの5年間でSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathmatics)の分野の卒業生数を毎年25%ずつ増やすことも目標としており当分野からの卒業生は現在の約4万人から5万人近くまで増える見込みである。
これによってオンタリオ州の大学からSTEM分野の卒業生数は北米ナンバーワンとなる。このようなオンタリオ州全体のAIやSTEM教育プログラムへの投資はアマゾンのHQ2に向けて大きな売りの一つとなった。
しかしオンタリオ州経済発展大臣ブラッド・デグッド氏によると、今回のアマゾンHQ2の結果がどうであれ、このような投資で当分野の教育機関とビジネスコミュニティー両者からの協力を通じて世界のどこにも劣らない優秀な人材を排出していくことは州全体の目標であり、それはオンタリオ州のIT企業をサポートすることにつながり、カナダにとって大きなプラスになると述べている。
また、DMZ常務取締役兼ライアソン大学テクノロジー出資者アブダラ・スノバー氏は、「州内で育て上げた優秀な人材がアマゾンに流れてしまうことは避けなければならない」とHQ2とローカルへの投資バランスの重大さを語った。
カナダは、トロントを中心に、AI・IoT分野のリーダー的存在へ
実際すでに多くの国際的なIT大手企業がトロントも含めカナダへ進出を果たしている。CBREの調べによると特にトロントはITマーケットで北米最速の成長を記録しており、トロントと周辺地域における進歩は非常に著しい。トロントには環境の良さ、教育システム、国際的な貿易政策、企業にも労働者にもやさしい多様性によって米国IT大手Googleの子会社Alphabet Inc.やFacebook Inc.、 Microsoftなどカナダ本社が揃っている。
昨年9月にはFacebookは、モントリオール、マギル大学教授ジョエル・ピノー氏率いるAIリサーチラボをモントリオールに設置することを発表。Google社はアルバータ州エドモントンのアルバータ大学にDeepMind AI施設を建設した。さらに米ニューヨークに拠点を置く大手情報企業トムソン・ロイターは、長期的な施設として100万ドル以上の投資をトロントのトムソン・ロイターテクノロジーセンターにすることを発表した。
グローバルIT企業が続々とカナダに集結し、投資を拡大
トルドー首相のサンフランシスコ訪問の際、企業向けのカスタマーサービスソフトウェアを提供するSalesforce.com会長兼CEOのマーク・ベニオフ氏は、AirbnbやPayPal、Google、Pinterestなどの大手企業シニア幹部らを招いての会議を開催した。ベニオフ氏は、トルドー首相に向けて特にカナダの多様性とオープンで国際的な貿易政策、前向きな政策について「その姿勢と価値観に親しみを感じる。カナダのようにサンフランシスコは多様性、平等、そして技術革新を非常に尊重する場所である。
そのためカナダはこの都市に多くの友人を持っている」と語った。そんなベニオフ氏は同社ががこの先5年間で20億米ドルを企業運営やオフィス拡大などの他、現在の1300余りの労働力に加えてさらに何千もの仕事をもたらす形でカナダに投資することを約束した。さらにトルドー首相はサンフランシスコに拠点を置くecommerce などオンラインベース経営のプラットフォームを提供するAppDirect の共同CEOダニエル・サックス氏とも面会。サックス氏は今後5年間で300人分の人材をカナダ内で雇うことを発表した。
トルドー首相は「これによって国内の経済も強まる上に、カナダがIT分野をリードしていく存在になるだろう」と述べた。また、カナダ政府は昨年「Pan-Canadian Artificial Intelligence Strategy」というプロジェクトを開始、MILAを含めた国内3つのAI研究機関を通して125万ドルをそのリサーチや科学者の採用、生徒の育成、AI製品などの開発などに向けて投資した。このように大手企業も政府もカナダにそのさらなるAI・IoT研究のために多額の投資をしている。ここからも今後のトロントを中心としたカナダのAI・IoT分野でのさらなる活躍が期待される。
次世代につながる成長期待都市
アマゾンは年内に第二本社を決定する予定でいる。トロントは誘致時、ダウンタウンから郊外までいくつかの場所をオファーした。中にはトロントの隣、ミシサガも含まれている。また、トロントダウンタウンエリアでは、その東に位置する新しく建設計画中のコミュニティーGoogle Sidewalk Labの近くに位置する、東京ドーム8・5個分の「East Harbour」地域を提供することを計画に含めている。
トルドー首相は、HQ2とシリコンバレー訪問を通じて「我々の目的は、来週の経済を良くすることではない。この経済を今から10年後、次のジェネレーションのためにどう良くし続けていけるかを確実にすることである」と述べている。
カナダ全体の移民政策や多様的なコミュニティー、そしてAI・IoT分野において秀でているという点は紛れもない事実であり、次世代につながる社会価値の創造に期待できる国、それがカナダだろう。