福井県ってどんなとこ?(4)越前海岸をドライブ|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第63回
北前(きたまえ)船主右近家と海上保険
旅の終盤を海岸沿いで過ごすことにした。国道305号線で北に走ると海に向いて立つ北前船主の館がある。黒塗りの館は外から見るよりも中の方が重厚感あふれる。船の高さだろうか、玄関にそびえる太い柱が危険な航海を終えた船頭たちを出迎える。「ご苦労だったな」と声をかける船主、右近権左衛門の声が響くようだ。当時を思わせる船の〝のぼり〟も誇らしく柱と共に立つ。近江商人(滋賀県)の運送船として蝦夷(北海道)と敦賀湾を往復していた海運王は破船で船を何隻も失い大損しながらも徐々に船数を増やし、幕末から明治時代にかけて右近家の名を日本海に轟かせた。館内に飾ってあったアイヌの民族衣装からもその遠征距離がうかがえる。タンスの町(2月号)で聞いた話を思い出した。船に乗せる家具は難破して海に放り出されても浮かぶように細工されているという。展示されている漆塗りの赤茶色のタンスがそれだ。印象的だったのは海上火災保険会社(現在、東京海上日動)の創始者が10代目右近権左衛門だったことだ。
露天風呂「漁火」と越前ガニの話
沈む太陽と競うようにして到着。宿泊設備はなく、「漁火」は温泉とアクティビティーセンターを兼ねた地元の人気スポットのようだ。この日客は少なく、ゆっくりお湯と日本海を堪能する。夜に漁をする漁船が放つ雄々しくもあり寂しくもある光を見ながら湯に浸かる、なんと贅沢な時間なのだろう。越前ガニが食べられればなおよかったのだが、漁には一週間ほど早すぎた。夕食にカニを注文したが捕獲地をはっきりいわなかった。あとでカナダの友人にその話をしたら彼らが越前で食べたのはカナダ産だったとか。越前ガニは11月6日に解禁、それを知らず食べそびれた無念の我ら旅人二人。越前ガニはズワイガニの最高級品といわれ全国でも唯一の皇室献上蟹だそうだ。取り寄せると一匹2~7万円プラスと値が張る。面白いことに〝カナダ産〟の冷凍ガニも越前の水産会社から取り寄せることができる、とは物好きの食べ比べか、それともオフシーズンの代用品か。
ダイビング基地に泊まる
東京から予約して行ったのがダイバー向け宿、丸太屋だった。ダイビングシーズンではないので素泊まりだったが、写真で見る料理は豪勢。〝越前ガニでないカニ〟を食べてきた私たちは窓越しの黒い海にできた月道を見ながら夢の世界へと沈んでいく。朝起きると、目の前にダイバーが潜る岩場があり、「ここより日本海のふところへ」、とでもいっているような誘惑を感じさせる。必要な装備は丸太屋でレンタルできる。建物が県内では見かけない造りなので首都圏の若い人が趣味で始めた宿かと思ったら地元の方だった。全て彼がデザインして造ったとか。福井県の「伝統」イメージが「型破り」な新風も生み出していた。
越前海岸国定公園
日本水仙の3大群生地の1つがある国定公園。越前岬を中心に越前ガニのシーズンに合わせて観光客でにぎわう場所だ。私たちは水仙も早すぎてスルー。展望台から見えたのは三方五胡を眺めた山頂公園(12月号)とは違って唯々見えない中国大陸へのびる日本海の存在だ。水仙ランドの建物を眼下にマイナスイオンをいっぱい吸いまた始まる都会生活へ向けリセットだ。305号線のトンネルをいくつか過ぎると海と一体になった玉川洞窟観音が見える。洞窟には海上安全の守護仏として船乗りに崇拝されている38体の小さな観音様が祀ってあった。突き出た鳥糞岩(とりくそいわ)―実際、鳥の糞で一部白くなった岩―をくりぬいたトンネルを通ると若者たちが海浜を歩き回る光景が目に入る。聞けばアジア系の留学生グループがボランティアでゴミ拾いにきている、とのこと。頭が下がった。
具だくさんの福井県は3泊4日ではとてもまわりきれないが伝統を守り抜く意気込みと新しいものを生み出す力に元気をもらった。きっとまたいつか会おうぞ、福井君。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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